第 4 章 ダンゴムシの行動選択 49
4.5 この章のおわりに
本章では初めに,ダンゴムシが起伏のある地形でどのように行動するか,実験を通し てその傾向を調べた.実験はすり鉢上の円形容器とワッフル上の地形で行った.その結 果,ダンゴムシは勾配を下る方向に方向転換しやすいことがわかった.この勾配を下る 行動に対して,数理モデリングによって起伏のある地形での行動決定の方法を考察した.
数理モデリングではダンゴムシを二次元平面上の点であるとみなし,ダンゴムシが地形 の勾配を感知できることを仮定した.また,地形の勾配が方向転換に影響すると仮定し た.ワッフル上の地形において,構築した数理モデルを数値計算した結果,実験で得られ た行動の傾向を再現した.次にダンゴムシの交替性転向反応について,ロボットのアナ ログ制御に応用することを想定した数理モデルを提案した.ここではダンゴムシをカプ セル形状の二輪車とみなした.左右のタイヤの速度は可変抵抗,バネ,特殊な性質を持っ た電磁石,接触センサを含む電気回路によって制御した.数値計算の結果,連続するT 字路で交替性転向反応が発現すること,T字路の通路長が長くなると交替性転向反応の 発現頻度が減少すること,円形容器で容器の縁に沿って移動すること,という三つの特 徴を再現した.このモデルでは接触センサに接続した電磁石で回避行動,バネ部分で円 形容器の交替性転向反応,電磁石に与えた特殊な性質でT字路の交替性転向反応が表現 された.最後にダンゴムシの集団サイズと丸まり継続時間の関係について実験を行った.
実験の結果,ダンゴムシが個でいる場合は,集団でいる場合より丸まり継続時間が長い ことがわかった.
本章で提案した勾配に対する行動選択の数理モデルおよび交替性転向反応の数理モデ ルは,ダンゴムシの行動から連想できる行動制御のやり方であり,実際のダンゴムシが このような内部ダイナミクスを持っているかどうかは不明である.生物的な視点から提 案モデルを見直し,モデルの妥当性を検証する必要がある.
交替性転向反応の数理モデルに関しては,数理的な観点から見ると,バネ部分の方程
式(式 (4.4))は再検討する必要がある.上述の通り,バネ部分で円形容器での交替性転
向反応が表現され,それは二次式で記述された.しかし,円形容器に沿う行動を表現す るだけならば一次式で十分である.実際,我々はテトラヒメナの円形容器記憶ダイナミ クスを一次式で記述することで説明した[24].またゾウリムシの正多角形容器に対する記 憶ダイナミクスで述べたように,方向転換に二次式を用いることで様々なバリエーショ ンの記憶行動が記述できた.ダンゴムシの場合も同様に,方向転換を二次式で記述する ことは,交替性転向反応だけでなく様々なダンゴムシの行動を記述できる可能性がある.
第 5 章 おわりに
高性能な計算機を用いることで,ロボットはより複雑な処理が可能となる.同時に全 てを計算機のデジタルなやり方で制御することでデータの受け渡しが楽になり,プログ ラムの欠陥を発見しやすくなるといったメリットがある.一方で本論文で提案したよう な単純な制御及びアナログな方法での制御が役に立つ場面もある.例えば第1章で述べ たような受動歩行ロボットは駆動力が重力のみであり,バッテリー等の駆動力を必要と しない.またミウラ折り[56]と呼ばれる紙を折りたたむ方法は計算機による制御なしで,
その構造として容易な折りたたみ及び展開が実現できることが知られており,この構造 は宇宙空間で人工衛星の太陽光パネルを展開する方法として利用されている.このよう に,使用できる機械や環境,計算機等が著しく制限された環境においては,アナログな 方法での制御が強力な方法となる場合がある.
本論文では繊毛虫(テトラヒメナ,ゾウリムシ),アメーバ,ダンゴムシの行動に着目 し,特に繊毛虫では単純な仕組みを使った空間学習,ダンゴムシでは記憶現象をアナロ グな方法で記述した.ではアメーバの振動子モデルに基づいた学習や情報の振り分けは どのようなアナログ機構が見出せるだろうか.
振動状態を利用した周波数の識別として,例えば次のような仕組みが考えられる.ブ ランコのように吊るされた平らな板の下に様々な長さの振り子が付いているとする.周 期的な入力は台が周期的に揺らされることであるとする.例えば台の上にメトロノーム を置いて一定の周波数で台に入力を与えたとする.すると振り子はその長さごとに固有 の周波数を持っているため,入力の周波数と同程度の固有周波数の振り子だけが振れる
(図 5.1).このようにして入力周波数の分類は可能である.
図 5.1: 振り子による周波数検出の例.
人工知能は高性能な計算機を用いた情報処理であることが多いが,生物の情報処理は アナログな方法で行なわれている可能性は大いにあり得る.多方面から生物の行動を捉 え,理解することで実社会への適用の可能性も広がると期待している.
謝辞
本論文を提出するにあたり,主査を引き受けていただいた九州大学手老篤史准教授,副 査を引き受けていただいた株式会社システム・ジェイディー伊達博様,広島大学西森拓 教授,九州大学梶原健司教授には,研究内容から学位論文の構成に至るまで有益なご指 摘を数多くいただきました.心より感謝申し上げます.
本研究は九州大学大学院数理学府において,手老篤史准教授のご指導のもとで行われ ました.多方面にわたり丁寧に指導して下さった手老篤史准教授に深く感謝いたします.
共同研究者である,北海道大学電子科学研究所の中垣俊之教授,琉球大学の國田樹助 教には実験結果の提供と,研究内容における的確なご意見を頂きました.深く感謝して おります.
ロボットの実機実験,数理モデリング,生物実験においては同研究室の吉峰瑠星氏と矢 野陽大氏,及び福岡県立玄洋高等学校の宗昂志先生と科学部の皆さんの協力で行われま した.心から感謝しております.
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