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第5章 イノベーション発生状況分析

5.2 各社開発状況分析

5.2.2 CRAY

5.2.2.1 1993 年以前

前章で述べたようにCRAY社はスーパーコンピュータ・メーカーの老舗的な存在で

ある。1972年にCDC6600を開発した後CDCをスピンアウトしたセイモア・クレイ

氏によって創業されたCRAY Research Inc.(CRI)に始まる。1976年に販売を開始

したCRAY-1登場が、今日のスーパーコンピュータ・ビジネスの歴史の始まりと言っ

ても過言ではない。その円筒形の本体の周りに電源を配置したデザインから世界一高 価な椅子とも呼ばれた。今日においても、CRAYはスーパーコンピュータを代表する ブランドではあるが、その 40 年の歴史の間には、M&Aや1996 年に SGIによる吸 収合併、その後2000年のTera Computer Systemsへの売却など、平坦な道のりで は無かった。

1976 年に登場した CRAY-1 はベクトル演算型のスーパーコンピュータのお手本と なるものであり、その後の1980 年代に日本メーカー3社が開発したベクトル型スー

パーコンピュータもこのCRAY-1に大きな影響を受けている。

セイモア・クレイは 1985 年に CRAY-2 の開発後、CRI をスピンアウトし、Cray

Computer Corporation(CCC)を立ち上げ CRAY-3 の開発にあたったが開発は遅れ

1993年に完成したもの、結果的には1台出荷されただけに終わっている。その後CCC は1995年に倒産、セイモア・クレイ氏も1996年に自動車事故で他界している。

CRAY-2 と並行して CRI で開発された、ベクトル型スーパーコンピュータ X-MP

が1982年に出荷された、これは基本的構成としてはCRAY-1のプロセッサを複数並 列動作させるマルチプロセッサシステムであり、1988年からのY-MPシリーズ(1991 年:C90,1994年:T90)に引き継がれていく。

1980 年代は CRAYのベクトル型スパコンは HPC 市場でドミナントデザインとい える状況であり、1980 年代後半には、CRAY アーキテクチャ互換機メーカーを含む ミニスーパーコンピュータメーカーが出現してきた。CRI はこのうちの1社である Super Tek社を1990年に買収している。

ベクトル型スパコン市場の拡大と並行して、1980 年代後半から超並列計算機

(Massive Parallel Computer)のブームが起った。この動きに対して、CRAYは1991 年にはMPCメーカーであるFloating Point Systems社を買収している。(FPS社か らの事業は1996年にSunに売却されている)また、CRI社内においても1980年台 末にMPCの開発をスタートし、1993年にDEC社製のalphaプロセッサを使用した、

3Dトーラスネットワーク接続構成のMPC機であるT3Dをリリースした。これ以降、

CRAYは、ベクトル機とスカラ機の複数ラインの開発体制を最近まで続けて来た。

5.2.2.2 T3E

T3E は1995年にCRAYの超並列機T3Dの後継機として出荷された。その後1996 年に CRI はSGIに買収され、技術の一部は、SGIの Origin2000シーズへ引き継が れる。

T3DおよびT3Eの開発にあたってはDARPAの高並列コンピューティングに関す る研究プログラムに参加するなどして、国の政策を研究開発の推進に利用している。

T3E は Top500 上における評価でラディカル製品に定義され、1997 年から 2000

年にかけて合計性能でCRAY製品としてのトップを維持しているが、要因を分析する と以下のようなものが考えられる。 第一に、CRAYのMPC機として2世代目であ

り、利用環境が整って、そこそこ使えるようになってきたと考えられること。 第二 に、1996年以降SGIによる吸収合併後、ベクトル機の開発が停止されたことで、CRAY のベクトル機ユーザーがT3Eに流れたこと。 第三にSGIで開発したORIGINはミ ドル規模以下が中心でハイエンドはT3Eでカバーする必要があったこと。(システム 数としてはSGIのPowerChallengeやOrigin2000のほうが多いが合計性能では下回 る。) 第四として、他のMPCメーカーは1990年代後半にほとんど市場から撤退し ていること。 最後に、1996 年に日米貿易摩擦により、日本製スパコンの導入が事 実上不可能になったこと。以上のような状況から米国市場では他に選択肢が無いと言 ったどちらかと言えばネガティブな要因が、T3Eが市場シェアを押し上げたとも考え られるが、技術的非連続製品の2世代目で評価されたと見ることも出来る。

5.2.2.3 SGI および Tera Compter による買収

1996年にSGIに吸収合併され、T3Eの後継機開発は、SGIブランドのOrigin2000 シリーズの開発に引き継がれる。この 1996 年から2000 年までの間、CRAY で開発 され、継続して販売されていたのは実質、T3Eのみであり、ベクトル機開発は、停止 している。SGI はその後、経営が悪化し、Origin2000 の後継機開発を自社に残した うえで、CRAYの事業を分離し、2000年にTera Computer Systemに売却した。Tera は、社名をCray Inc.に変更し、Crayブランドを復活させている。

Crayを買収したTera Computer社は、Multi-Threaded Architecture(MTA)と 呼ばれる、特殊なマルチスレッドアーキテクチャを持つ製品を開発しており、Cray ブランドの製品ラインとして統合されたが、ビジネス的にはあまり成功していない。

Cray部門の開発はSGI時代の開発停止の影響で、後継機種の開発が遅れた。特に、

市場から要求が強かったベクトル機の開発が遅れていたため、Cray 社は一時的に NECよりNECのベクトル機であるSX-6を2002年からOEM販売することにした。

NECはこれによって1996年に発動されたSuper301条による高率関税措置の解除を 得たが、北米で販売保守をCRAYに委譲する事になったため北米市場のコントロール 権を失った。その後北米市場にSX-6が出荷されたが、Crayのコントロールの元でビ ジネスにはならず、結果的には2003年のCrayのベクトル機X1の出荷までの時間つ なぎに利用されただけとなっている。

Crayはこれ以降の数年間は、ベクトル、スカラ並列、MTAの3つのアーキテクチ

ャをヘテロジニアスに統合する方針での開発を行っている。

5.2.2.4 XT シリーズ XT5

21世紀に入ってから、CRAYの新たなスカラ超並列機製品ラインとして、XTシリ ーズが開発され、AMD社のOpteronをCPUとし、専用の3次元メッシュネットワ ーク接続構成のXT3が2004年にリリースされる。XT3はASCIプログラムの“Red Storm”と呼ばれるシステムとしてサンディア国立研究所(SNL)に納入され、2005 年に完成している。

その後、AMD 製のプロセッサの高速化・マルチコア化と、専用ネットワークの強 化による新製品を投入、2006年にXT4、2007年にXT5と更新されている。

XTシリーズはオークリッジ国立研究所がリードユーザーとして2006年から”Jaguar”

という名でシステム構築が行われてきており、XT3 から現在のXT5 まで継続的に強 化され続けてきている。2009 年 11 月から 2010 年 6 月までの間 Top500 の

1.76PFLOPSで一位を獲得している。

XT5も新しい製品ラインから3代めでラディカル製品になった製品であり、機能や バランスが良くなって売れるシステムになるまでに時間がかかった製品といえる。

その後もベクトル後継機の開発も続けられ、X1 の後継機の X2 は、スカラ並列 XT5 とのハイブリッドシステムであるXT5hの一部として販売されたが、ビジネス的には あまり成功していない。

XT5 の後継機XT6 のネットワークの拡張性強化したXE6 による、1PFLOPS超の システムが、2010年にロスアラモス国立研究所に納入されている。

さらにXT6/XE6にGPGPUを付加したXK6シリーズは、IBMが開発に失敗した10

ペタフロップスを越えるイリノイ大のBlueWatersシステムとして納入される予定に なっている。

5.2.2.5 CRAY まとめ

CRAY は長年スーパーコンピュータ開発を行ってきている事業を母体としている が、専業メーカのため IBM のような重厚な技術基盤に支えられた総合技術力がある わけではない。社内に不足する技術や、新たな技術は社外から調達する必要がある。

そのため、M&Aによる企業の買収等が盛んに行われている。また自らが、他社(SGI、

Tera)に買収されなども経験している。HPC 市場は採算の確保が難しいうえ、製品 の変化も激しく変化への追従が遅れると事業継続が困難になる。この変化の激しい HPC産業界全体でCRAYというブランドを支えていると言っても過言ではない。

ただ、買収先の企業の都合で事業の再生が難航するSGI時代のような状況もある。

また、CRAY製品のリードユーザーには軍関連の研究所等も多く、巨額の国防費を持 つ安定した出資者の存在が事業継続のためのプラス要因になっている可能性がある。

図5-3 CRAYの開発状況分析