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第3章 スーパーコンピュータとイノベーション

3.2 スーパーコンピュータ開発の歴史

3.2.1 スーパーコンピュータ開発の黎明期

20 世紀半ばに電子計算機が開発されて以来、より高性能なコンピュータが求め続 けられてきた。スーパーコンピュータはそのイノベーションを代表するものといえる。

スーパーコンピュータの定義は、必ずしも明確ではないが、その時代におけるハイエ ンドのコンピュータであって、主に第三の科学とも言われる、科学技術計算によるシ ミュレーションを行うことを目的とした計算機である。応用例としては、数値風洞の ような流体シミュレーション、地球シミュレータでの、気象や地震のシミュレーショ ン、自動車の衝突破壊試験シミュレーションや、ナノテクノロジ、バイオテクノロジ での物質材料系のシミュレーション等、様々な先端科学技術研究に利用されている。

ENIAC に代表される初期の電子計算機開発も弾道計算などの計算シミュレーショ

ンを目的として開発された。その後、商用計算機へと市場が拡大し汎用計算機として

は1964年にIBM System/360を代表とするアーキテクチャへと収斂されていった。

科学技術計算用の計算機としては、同時期に CDC 社が CDC6600 を開発し、

1MFLOPS(Mega Floating Operation per Second:1秒間に浮動小数点演算を106 回実行)を実現。1970年代前半には米イリノイ大のILLIAC Ⅳ等の新たなアーキテ クチャのシステムが開発された。その後、CDC 社で CDC6600 等の科学技術向け計 算機の開発を行っていたセイモア・クレイが CDC 社をスピンアウトして設立した CRAY 社が、1976 年に出荷したCRAY-1 がベクトル方式により従来計算機を大きく

凌駕する 160MFLOPS の性能を実現したことによって、本格的なスーパーコンピュ

ータ時代を迎えた。

3.2.2 日本のスーパーコンピュータ開発

このCRAY社の成功に刺激を受け、日本においても複数のメーカーでスーパーコン ピュータの開発がスタート。1981年から1989年までの間に、通産省(当時)の主導 で、スーパーコンピュータプロジェクト(大型工業技術研究開発プロジェクトとして

「科学技術用高速計算システムプロジェクト」が実施された。これと並行して 1980 年代には、富士通、日立、日本電気の各社がベクトル方式のスーパーコンピュータの 製造販売を開始。NEC が 1985 年に開発した SX-2 は 1.3GFLOPS(1.3×109)と

1GFLOPSの壁を打ち破った。その後、日本製スパコンは海外を含めたスーパーコン

ピュータ市場でのシェアを拡大していった。その後も国内では、世界最速を目指した、

国が関係するスパコンプロジェクトが実施され、航空宇宙研究所(現JAXA)におけ る数値風洞NWT(1993年、富士通製)、筑波大学によるCP-PACS(1996年、日立 製)2002 年の海洋研究開発機構による地球シミュレータ(2002年NEC製)が開発 され、Top500で1位を達成している。1990年代には、海外においても日本製スーパ ーコンピュータの評価は高く、欧州を中心に市場を拡大していた。これに対して米国 内で日本製スパコンへの警戒感が強まり、1996 年には日米貿易摩擦の結果、スーパ ー301 条を日本製スパコンに適用、事実上米国への日本製スパコンの輸入を禁じた。

21 世紀に入ってからは、日本製スパコンは市場シェアを落とし海外市場も大幅に縮 小した。

その後、2006年から文科省主導で、「次世代スーパーコンピュータ・システム」開 発プロジェクトが開始され、1章で述べたように 2011 年に「京」コンピュータとし て稼働を開始し、2011年6月より2回連続でTop500のNo.1を達成した。

3.2.3 米国のスーパーコンピュータ開発

米国は、スーパーコンピュータの開発の歴史のなかで常にリーダーシップを取って きた。CRAY-1の成功以降もハイエンドコンピューティング市場は拡大し、CRAY互 換機やミニスーパーコンピュータを作る企業も発生してきた。

1980 年代後半から RISC プロセッサの普及や分散並列処理と言った新たな技術イ ノベーションのトレンドから、超並列計算機のマシンの開発ブームとなり、新たなア ーキテクチャの高並列処理マシンの開発を行うベンチャー企業が多数起業した。しか し、並列プログラミングの難しさや多数のアーキテクチャの乱立により、アプリケー ションプログラムが追いつかずユーザーの心が離れた結果、1990 年代終わりには、

ほとんどの超並列計算機専門メーカーは市場から撤退している。

1980年代後半以降の急成長する日本製スパコンに対する危機感もあり、1991に連 邦政府において、ハイパーフォーマンスコンピューティングにおいて米国の優位製を 確保するため、高性能コンピューティング法(HPCC Act.)が成立した。 これによ り、省庁横断型で、産学官の各研究組織の連携を行い、ナショナルセキュリティおよ び、科学技術におけるリーダーシップを取るためのスパコン開発推進が決定された。

その後 2000 年に成立した NTRID 法(Network and Information Technology Research and Development Act.)によるNTRID Programに引き継がれている。こ れらのプログラムのもと、1995 年からに米国エネルギー省(DOE)が備蓄核兵器保 全管理のための評価を目的に実施された ASCI(Accelerated Strategic Computing

Initiative)プログラムでは、IBM、CRAY、SGI他が世界最速級のスパコン開発を行

っている。現在このプログラムはAdvanced Simulation and Computing(ASC)に 引き継がれている。この開発プログラム以外にも、NSF 配下の大学のスーパーコン ピュータセンターの増強や、軍の研究所のスパコンの更新プログラムなどが主要な調 達ユーザーとなって米国内のハイエンドコンピューティング市場を形成している。

また、2002 年に登場した日本の地球シミュレータは米国においてコンピュートニ クスショック(コンピュータにおけるスプトニクス的脅威)と呼ばれ大きく取り上げ られた。それ以降はハイエンド・コンピューティング領域に対してさらに国家予算の 増額等の強力な推進策がとられ、DoD/DOEをはじめとした国家機関の研究開発への 重点的な予算配分が実施され、その結果としてIBMのBlue Gene/L等の開発が推進 されている。