と「人格形成途上での断続的失敗」
以上のような〈限局性外傷〉という立場が受け継がれてきた系譜に対し、〈長期反復性外 傷〉という新たな認識論的立場を提示することが、外傷研究史における大きな争点となっ た。この認識論的対立が本格化するのは、よく知られるように、米国を代表するフェミニ ズム系の外傷論研究者であるJ. L. Hermanや、ボストン・トラウマセンター創立者のB. A.
van der Kolkといった人物が登場して以降のことである。だが先述のように筆者は、彼女
らに先んじて登場したBatesonらの家族臨床研究を、概念史上重要な役割を果たすものと して再度位置付けるべきだと考えている。
2-1. ダブル・バインド理論が有する批判的契機と「人格」をめぐる議論
既に前章で述べたように、Batesonはまず、自らの理論の経験科学的妥当性を検証しよ うとした心理実験や実証研究の類に対し、ダブル・バインドという現象を「あたかも一つ、
二つと加算可能であるかのような」(Bateson [1969] 2000: 272)限局的‐量的な外傷体験 として、すなわち時間的にも空間的にも“ぶつ切り”にされた限定的な[局面]として把 握すべきではないと真っ向から批判した。ここで重要なのは、彼がその限局的‐量的認識 の元凶として、Freudを旗手とする伝統的な自然科学観に基づく分析態度を挙げた点であ る。彼によるとそれは、有機体同士の相互作用や有機体内部の心的葛藤を「エネルギー」
や「葛藤」などといった平板な「擬似物理学的原理 2)」に即した、ニュートン・パラダイ ム以来の伝統的自然科学モデルに根差す分析態度のことを指す3)(Bateson [1972a] 2000:
xxix)。つまり彼は、先の物理的=身体的損傷イメージに特徴的なこの「物象化(reification)
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4)」(Bateson [1969] 2000: 272)という問題を解消した先に、ダブル・バインド理論は位 置付けられるべきだと考えたのであった。ここに、Freudにおいて対人関係的文脈にまで 敷衍された〈限局性外傷〉に対する、Batesonの批判的契機の根幹を確認することができ よう。
その上で彼らは、ダブル・バインド理論の重点の一つとして、子どもが母親との「関係」
をどのように能動的に引き受けようとするのか、という点に着目したのであった。子ども は母親のパラドキシカルな振る舞いから、抑圧された敵意や拒絶性を自ら感受し、それら を母親との間で永続化しうる「抜き差しならない関係(intense relationship)」(TTS 208)
の本質として引き受けざるを得ない。母親の否定的振る舞いが無意識的=非言語的水準に おいて発せられる象徴的記号のようなものである以上、子どもはその記号が示す意味を自 ら能動的に解読せねばならないのであった。そして重要なのは、この“得体の知れない観 念的な苦痛”に満ちた内的作業が、英国対象関係論学派を代表するW. R. D. Faibairn(1952)
が論じた「スプリッティング(splitting)」、すなわち〈拒絶する悪い外的対象表象〉を取 り込み、自らの基底的な「人格(personality)」の本質に据えるといった一防衛機制の、
さらにその途上での断続的失敗..............
となるという点である。つまり、対象希求欲求を向けるに 値する〈愛情に満ちた対象表象〉を、スプリッティングによって確固たるものとして内的 に維持しておくことすら許されない.......
という、極めて本源的な苦痛と言うべきであろう 5)。 初発の外傷体験に類する外的相互行為状況を自ら魔術的に招き続けるという「自己‐確証」
の作業は、こうした、確固たる人格を規定する途上での「断続的失敗」に直面し続けざる を得ないのだ。こうしてBatesonらは、断続的ないし通時的な失敗の過程をも含みこんだ 時間的‐空間的シークェンスという観点を、「抽象性」という概念の下に、自身の外傷論的 臨床研究の認識論的核に据えたのであった。
2-2. Herman の長期反復性外傷論との共通項、および重要論点
〈限局性外傷〉に対するBatesonらの批判的契機を今一度明らかにした上で、次に進も う。
読者らは、次に続くHerman(1992a; 1992b)の〈長期反復性外傷〉に関する議論を、
上記のようなBatesonらの外傷論的臨床研究の延長線上に、すなわち概念史上の同一系譜 に位置付けることに対して、恐らく違和感を覚えることだろう。というのも彼女は、ダブ ル・バインドという一種独特の外傷的相互行為状況とは違い、より意識的=直接的な敵意 や攻撃性が前面に出るような児童虐待あるいはネグレクトを主題としていたため、これま
でBatesonらの研究を参照したこともなければ、言及したことすら一切なかったからであ
る。だが筆者は、そのような臨床的関心をめぐる根本的な相違を重々受け止めつつも、し かし敢えてHermanとの「共通項」を見出すことにより、〈限局性外傷〉の認識論的オル タナティヴとして登場した〈長期反復性外傷〉という立場を、概念史上Batesonらと連続 性を持ちうる議論として位置付け直したいと考える。それは、(次節以降で)もう一つの.....
認 識論的転換について論じるための、必須の準備作業でもあるのだ。
Batesonらとの共通項の一つ目、それは、母親からの敵意や拒絶を感受しつつも「関係」
を維持することを決してやめてはならないという点である。Hermanにおいてそれは、「外
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傷的絆(traumatic bond)の維持」という論点に該当する。次いで、Batesonらにおいて は「抽象性」や「シークェンス」というやや曖昧な、あるいは若干深刻さのニュアンスに 欠ける表現で示された外傷状況の通時的性格については、「長期反復性(prolonged, repeated)外傷」および「慢性(chronic)外傷」といったより明晰な表現に該当するもの と考えられる。
ここで前者の「外傷的絆の維持」について詳しく見ていくと、それは、加害者以外の他 者や外部社会との紐帯が一切断絶(disconnection)され、被害者の孤立性が深刻となって いく中での「加害者への病理的愛着(a pathologic attachment to the perpetrator)」
(Herman 1992b: 383)のことであり、生物学的生存の維持に向けた絶望的な依存傾向を 指していることがわかる。そしてここで見逃せないのは、HermanもBatesonらと同様、
この著しく病理的な過程を「人格」規定の水準にまで影響を及ぼすものと捉えている点で ある。つまり彼女は、人生最初期に獲得されるべき「基本的信頼(basic trust)」、すなわ ち正常な人格形成の基盤となるべき安全な世界との統合感覚を、根本的に喪失してしまう 過程と捉えているのである(Herman 1992a: 51-2)。ここにBatesonとの第三の共通項が 見出されよう。そして先の「慢性..
(chronic)外傷」という表現には、外傷的出来事それ自 体の長期反復性を意味するのとは別に、症候群の発現や悪化に至るまでの長期的影響とい う意味も同時に含まれている。すなわち、後年に至るまでこの「人格」の形成途上におけ.....................
る腐食(=失敗)が.........
、以下に挙げるような実に多様な症候群の根本要因として長期的に作.....................
用し続ける.....
、といった極めて深刻な事実をも内包しているのである。
あくまで精神科医としての立場を貫く Herman は、認識論的議論に従事しがちな
Batesonとは少し違って、「外傷的絆の形成」以外にも多岐に及ぶ症状形態を見出す。彼女
は従来のPTSDが扱う症候群(侵入、回避、過覚醒)を超え、(1)自己非難や汚辱感を含 む否定的自己感覚、(2)外傷加害者以外の他者や外部世界への持続的不信、(3)自殺念慮 への没頭や自傷行為を含む感情の著しい変容、(4)離人症や現実感喪失を伴う解離性症状 など、27にも及ぶ項目を提案している(Herman 1992a: 121)。P. A. Resick et al. (2012)
が 整 理 す るよ う に 、これ ら は 従 来 の PTSD に加 え 、「 境 界 性人 格 障 害(Boderline Personality Disorder)」「大うつ病性障害(Major Depressive Disorder)」そして「解離性 同一性障害(Dissociative Identity Disorder)」ともオーバーラップしており6)、こうして 複数の障害間を複雑に行き交うスペクトラムとして把握すべく、Hermanは〈長期反復性 外傷〉とそれによる慢性症候群のことを「複雑性(complex)PTSD」と命名したのであ った。彼女は、DSM-IIIにおけるPTSDが〈限局性外傷〉のみに妥当する診断基準となっ ていること、そして疾患カテゴリ上の独自性を強調しすぎるきらいがあることを問題視し、
この「複雑性PTSD」という項目を新たに含むよう熱心に働きかけたのであった。彼女の 外傷論に対する評価の大半は、こうした症候学的関心をめぐるディメンジョナルな観点の 有効性に向けられてきたと言って良いだろう。
さて、以上のようにHerman の〈長期反復性外傷〉論をBateson らの系譜へと位置付 けた上で、いよいよ予告していたもう一つの認識論的議論へと迫りたい。それは、2013 年5月に刊行されたDSMの最新版・DSM-5におけるPTSDの診断項目の中で、密かに 提起されている議論である。やや先走って言うとそれは、“〈外傷体験時〉と〈外傷体験後〉...............