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SMFでは、以上のような欺瞞と共謀が、統合失調症者を持つ家族の中でいかに長期反復 的に、そして双方向的になされているかが事細かに描かれている。Laing & Estersonの家 族臨床研究における心的外傷性は、こうした欺瞞と共謀をめぐる長期反復的な発現によっ て示されているのである。以下ではSMFで紹介された11例の中から「ダンチグ家(the

Danzigs)」を取り上げ、その緻密な分析の道のりを再構成し、詳しく検討していく。その

際筆者は、SMFの中の該当箇所(SMF 109-30)だけでなく、序論でも紹介したEsterson の単著(LS)にも逐一目を向ける。LS の内容が本格的に重要となるのは次章においてで あるが、本章でも既に重要な役割を果たしているからである。

4-1. 臨床医学的見地からの経過報告

面接開始段階でのダンチグ家は、母親(50 歳)、父親(56歳)、長女のサラ(23歳)、

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長男のジョン(21歳)、そして次女のルース(15歳)で構成されていた。なお両親の希望 により、ルースは面接および分析対象から外された。Laingらはまず冒頭(SMF 109-10)

において、サラが「発病」し精神病棟へ「入院」するに至るまでの、「臨床医学的見地」か ら記述された経過報告について、以下のように記している。

まずサラの「発病」は 17 歳の時に緩やかに始まったと見られる。彼女は終日床に就い たままで、夜だけ起き、考え込んだり、くよくよしたり、聖書を読んだりして過ごすよう になった。次第に日常的な営みに興味を失い、宗教的な事柄に心を奪われていった。商科 大学への出席は途切れ、勉学をやり通すこともままならなくなり、その後の四年間はどん な仕事を選んでもうまくいかなかった。

21歳の時に「病気」は急激に悪化した。電話の向こうから声が聞こえる、人々がテレビ の中で自分のことを話しているのを見た、といった幻聴や幻視的な訴えがあり、それから 間もなくして他の成員たちに怒りを向けるようになった。観察病棟で二週間過ごし、再び 自宅へと戻ったものの、物憂げで(listless)、無関心で(apathetic)、物静かで(quiet)、 引っ込み思案になり(withdrawn)、集中力の欠如も示していた(lacking in concentration)。 その後仕事に復帰する状態にまでなり、父親の事務所に勤め始めたが、その 15 か月後に

「再発」した。事務所の人々が自らに対して陰謀を企んでいる、彼らが自分の手紙を盗み 引き裂いてしまった、などと訴えた。家の中でも、自分宛てに届いた手紙が盗まれてしま うと言い張った。こうして父親や秘書と喧嘩を繰り返し、ついに働きに行くことを拒み、

一日中ベッドに横になって夜だけ起き、じっと考え込み、聖書を読みふける状態が再び続 いた。サラは特に父親に対して攻撃的となり、怒りを爆発させた後に再度入院させられ、

現在に至る――。

Laing らはこの臨床医学的見地からの経過報告を踏まえつつ、サラが呈したとされる

種々の妄想や精神病性現象の意味を、(ルースを除く)家族成員どうしの双方向にまたがる 相 互 行 為 関 係 か ら 、 現 象 学 的 に 理 解 ― ―Laing 自 身 の 表 現 で 言 う と 「 可 知 化

(intellection)」―― しようと試みている。言い換えると、いかなる欺瞞や共謀と呼ば れるべきやり取りが長期反復的に発現されたのかという点から、外傷的な背景を明らかに しようとしている。以下ではその具体的な中身について、順を追って見ていきたい。

4-2. 「欺瞞的ラベリング」行為

ダンチグ家に限らず、Laing らが取り組んだ他の臨床例でもそうだが、成員間でなされ る欺瞞や共謀は、いわゆる最終的な「犠牲者」となってしまう子ども ――ダンチグ家で あればサラ―― にとって重大な外傷的作用をもたらし得るものに限ってみても、極めて 重層的な構造を帯びているように思われる。だがその中でも特に、Laingらが繰り返し強 調する欺瞞とは、子どもが示すあらゆる抗議的な振る舞いや訴えを、逐一、精神病性の「徴 候」ないし「本質的特徴」と見做そうとする、両親や他の成員たちの欺瞞的働きかけであ る。

例えば他の臨床例の一つである「アボット家(the Abbotts)」(SMF 31-50)を見ると、

最終的な犠牲者となってしまうマヤをめぐって、両親は、人間の「成長のごく普通の表現 のように思われる」(SMF 34)程度の、「マヤが両親から離れようとする努力や自らのイ ニシアティブで何かをしようと努力するときに必然的にそこに含まれる、マヤの側の発達

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していく自律性の表現すべて(all expressions of developing autonomy on Maya’s part necessarily involving efforts to separate herself from them and to do things on her own

initiative)」(SMF 34)を常に警戒的に受け取り、後から振り返ってそれらを「病気の徴

候」と見做していた。具体的には、勉強することを望むこと、父親と一緒に泳ぎに行った り散歩したりしなくなること、独りで聖書を読みたがること、父親が近くに座って愛情を 示すのを嫌がり、離れて座りたがること、そして極めつけは家の中で何でも自分一人でし.............

たがること.....

、などが挙げられた(SMF 34)。ダンチグ家の場合は、とりわけサラの「父親 に対して常時繰り返される、〔両親から見て〕何の理由も意味もない敵意(unreasoned, senseless, persistent hostility to her father)」(SMF 112)が、「病気」の一つの主要な特 徴だと見做されていた。このような、「父親に対してひどく生意気であること(terribly impudent to her father)、反抗的であること(rebellious)」(SMF 112)を筆頭に、他に は「怠惰であること(lazy)、頑固であること(stubborn)、ふしだらであること(sluttish)、

…〔中略〕… 猥褻であること(obscene)」(SMF 112)も「病気」と判断される根拠と して挙げられたのであった。

Laingらがしきりに、両親によるこれらの「欺瞞的ラベリング行為」に言及するのは、

単にそれらが子どもにとって外傷的効果をもたらすからというだけではない。それは、先 に紹介した臨床医学的見地からの経過報告の在り様を、真っ向から批判するためでもあっ た。

臨床医学的見地においては、サラが結果的に体験することとなった「知覚的および認知 的不調和(perceptual and cognitive dissonance)」(SMF 112)、そして「サラの振る舞い に関連する種々の妄想や精神病性現象」(SMF 111)の内容が、他の成員との相互行為関 係という文脈からではなく、ただひたすらサラ個人の「一人称的」な生活史とでもいうべ き観点から淡々と記述されているにすぎない。このように、サラの認知、知覚、行動をめ ぐる不調和を、「個人内的」かつ「自然発生的」に発症せざるを得なくなった「病気」であ ると明記することは、結果として、両親たちによる「欺瞞的ラベリング行為」の妥当性を 担保することとなってしまう。つまり両親たちからすると、公式な医学的診断こそが、自 らの下してきた“サラは「病気」である”という判断の妥当性を、「経過報告」という形で 過去にまで遡って証明してくれる切り札となるのだ。したがってここで第一の共謀関係を 見出すとすれば、このような形でお互いの判断および診断の妥当性を担保し合おうとする、

臨床医学的見地と両親たちとの間のそれということになろう。Estersonの表現を借りれば、

それは「臨床的共謀(clinical collusion)」(LS 74)と呼ぶにふさわしい関係である。

4-3. 「自己‐欺瞞」に対するさらなる欺瞞的隠蔽

Laingらの臨床医学的見地に対する批判に関しては後でも触れるが、サラ自身もまた、

この医学的診断に対して激しい抵抗感を抱いていた。それは収容先の病院に対する反発と いう形で示されていたが、しかしながらこの「反発」というサラの経験もまた、両親によ って欺瞞的に受け止められ歪曲的に解釈されてしまう。

それは、両親の次のような証言によって示されている(SMF 111)。

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(1) 病棟の看護士はサラが書いた手紙を渡してくれず、母親からの電話の伝言も伝え 損なっていた。サラは母親からの手紙が途中で止められているのを知っている。なぜ なら母親はサラに、一日おきに手紙を書いていたからである。というのもサラは母親 の子どもであり、母親はサラを愛しているから、母親がサラに一日おきに手紙を書い てくれていることを知っていたはずなのだ(She knew that her mother was writing to her every other day because she was her mother’s child and her mother loved her)。

(2) 病院は意地悪をしてサラが退院するのを先延ばししている。一方、両親はすぐに でもサラに家に帰ってほしがっている(while her parents wanted her home at once)。 (3) サラは病院に捨てられ、二度と家に帰れないことを恐れている(She was afraid of

being abandoned in hospital and never getting home again)。サラは誰に捨てられ るのかは言わなかったが、サラの恐怖の核心は、母親から引き離されることであった

(She did not say who would abandon her, but the heart of her fear was that she would be cut off from her mother)。

(4) 母親はサラが家を離れることを望まなかったから、サラの入院には単に同意した に過ぎない。母親は自らの子どもたちを離したがってはいなかった(Her mother did not want to lose her children)。サラは母親を責めていないと言っており、自分と母 親が愛し合っていることを強調した(She said that she did not blame her mother, and emphasized that she and her mother loved each other)。

両親は、サラの病院に対する反発や不信に加勢しつつも、それらを「二度と家に帰れな いことを恐れている」が故に経験されるものと解釈している。しかしながら、サラの両親 に対する抗議的な振る舞いを「病気」と見做したのは、当の両親であったはずだ。「サラの 入院には単に同意したにすぎない」とは言うものの、両親はかの欺瞞的ラベリング行為を していた事実を撤回することのないまま、「病院に対する反発」という一側面的経験のみを 承認することで、間接的でありながらやはりサラの抗議的振る舞い ――ないしその振る 舞いに示されるサラの「自律性」―― を決して承認しようとはしなかったのである。「二 度と家に帰れないことを恐れている」「母親から引き離されることを恐れている」という解 釈が、「自律性」に対する不承認を端的に表していると言えよう。

だが、「入院」をめぐるサラに対する両親の欺瞞を可知化するためには、さらに込み入っ た分析が必要である。すなわち、両親が“自らの”内的経験に対して欺瞞的であったかど うかについても、併せて考えなければならない。Laingが“MMC”の中で論じる「欺瞞」は、

専ら対人関係上の行為を意味するものであった。しかしながら、既に共謀概念の中で「自 分たち自身への欺き(deceive themselves)」という契機が考慮されていたように、自己の 内的経験に対するいわば「自己‐欺瞞(self-mystification)」と呼ぶべき契機にも、欺瞞概 念は敷衍されるべきではないかと筆者は考える。つまりそこから提示される問いとは、本. 当に両親は自分たちが言うようにサラを愛していたのか.........................

、サラに家に帰って欲しがってい..............

たのか...

、離したがってはいなかったのか..............

、というものである。

これは「入院」という出来事に留まらない、極めて本質的な問いであるが、さしあたり