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やや冗長な内容となってしまったが、以上が「宗教上の実践、とりわけユダヤ教の実践 において極度に欺瞞されていた(extremely mystified over the practice of religion in general, and Judaism in particular)」(LS 129)サラの境遇と、その一連の欺瞞の内実で ある。

①まず、父親が理想としていた自己抑制的生活は〈宗教的規律への厳格さ〉とも結びつい ており、それは「安息日」の過ごし方に最もよく表れていた。その父親たちから見て、13 歳頃から芽生え始めたサラの変化は、「安息日」に象徴される「時間の聖化をめざす時間の 宗教」たるユダヤ教において厳しく戒められるべき「怠惰」な振る舞いのように感じられ た。だが実のところそれは、人間的成熟、すなわち両親から離れ自らのイニシアティブで 物事を成し遂げようといった自律的態度の一つである〈宗教的敬虔さ・熱心さ〉によるも のであり、まして宗教上の規律違反に数えられるものではなかった。

②一方、他の成員たちは、父親も含め各々が「世論」とりわけ「ユダヤ的世論」に気づか れぬよう、かねてから密かに規律違反を繰り返していた。そこから見出されるのは、前世 代の歴史的経験と記憶をもとに近代的生活様式とその価値観への適合を目指しつつも、「世 論」を前にしては“儀礼的=外形的な”宗教的規律への遵守によって同胞民族としての文 化的共通性を最低限示そうとした、彼らの二律背反的な姿であった。いわばそれは、〈近代 的世俗意識〉と〈伝統的宗教観〉との間の葛藤を回避するための彼らなりの思索であり、

これによって彼らの中の権威の序列は、内面的な敬虔さの対象たる「神」よりも外的実在 たる「世論」のほうが上位に立つこととなった。

③だがそうした中でサラの〈宗教的敬虔さ・熱心さ〉は、確かに正統派ユダヤ家族として の評判を獲得するための重要な要素であったものの、一方で自分たちの密かな規律違反を

「世論」に暴露する危険性を孕んでいたため、慎重に対処すべきものと感じられた。よっ て彼らは、サラこそが「怠惰」という規律違反的振る舞いをとっていると繰り返し責め立 てることで、未成熟な幼児的本能の状態へと退行させるとともに、可能な限り「世論」か ら切り離された空間に押し留めようとしたのであった。〈幼児的純朴さ・愛らしさ〉への退 行を促そうとする両親たちの欺瞞的働きかけと、〈宗教的敬虔さ・熱心さ〉を伴うサラの人 間的成熟および自律性は、お互いがお互いを無限に駆り立てあう関係にあった。したがっ

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て、サラを「病気」とラベリングし「病院」へと送り込むことは、この対称性の分裂生成 関係が爆発するのを制止するための唯一の手段であり、また同時に、自分たちが引き受け るはずであった「罪」を一手に背負わせ放逐するための最終手段でもあった。かくしてサ ラは、「病気」と見做された上に、‘wickedness’な存在、すなわち宗教的共同体から追放さ れるべき邪悪な存在であると見做されたのであった。

7-1. 多世代に及ぶ長期反復性

既に前章において、Laing および Esterson の家族臨床研究が、直線的因果律に対する 内在批判性を有するものであることを筆者は明らかにした。だが本章で着目した「宗教」

という論点もまた、認識論的転換をめぐって重要な意義をもたらすものと筆者は考えてい る。

第一にそれは、サラが見せた自律的表現(ないし能動的態度)をめぐるより具体的な動 機を明らかにしてくれる。サラの自律性・能動性は、ダブル・バインド理論における「自 己‐確証」の過程と同様、外傷的相互関係の長期反復性を構成する一要素と考えられ、そ の意味で「〈処罰を与える側〉/〈与えられる側〉」といった単純な直線的因果二元論を回 避する役目を果たしている。「宗教」という論点は、この認識論的に見て重要な位置を占め る「犠牲者」の側の自律的=能動的働きかけをめぐって、その原動力の一つとなっていた 背景的な動機、すなわち〈宗教的敬虔さ・熱心さ〉という力が働いていたことを、明らか にしてくれるのである。

第二に、欺瞞を続けざるを得なかった側の社会的動機や背景にも、より鮮明な光を当て てくれる。ダンチグ家の外傷的相互関係が長期反復的にならざるを得なかったいま一つの 事情として、「家族の体面を維持しなければならない」という共同幻想的目標が掲げられて いたことが挙げられた。これによって我々は、かの単線的な決定論的因果律に陥るのを防 ぐことができた。「宗教」という論点は、家族の体面を維持する際に配慮しなければならな いとされる「世論」が、より具体的には「ユダヤ的世論」という形で同胞の文化的共同体 を指示するものであること、そしてその「ユダヤ的世論」なる存在は「神」よりも権威的 上位に位置するほど重要視されていたことを、それぞれ明らかにしてくれる。ここで重要 なのは、少なくとも前世代における社会的経験と記憶にまで遡らなければ、彼らがなぜあ れほどまでに「ユダヤ的世論」なるものを畏れていたのか、そしてその畏怖をいかなる形 で解消しようとしていたのかが、真に可知化されないという点である。その意味でダンチ グ家を通じて明かされる外傷的相互関係の「長期反復性」とは、単に“今ここで”外傷的 関係を構成している家族成員のみに留まらず、それ以前の世代の成員らも巻き込んだ、い わ ゆ る 「 多 世 代 間 の 相 互 関 係 の 復 元 (multigenerational reconstruction)」

(Boszormenyi-Nagy, I. & Spark, G. M. 1973: 353)というべき緻密な作業を要するほど の、より一層の時間的‐空間的な通時性を帯びているのである。前世代の成員たちは“今 ここ”での外傷的関係を直接構成しているわけではないが、彼らが経験した社会経済的、

そして宗教文化的経験とその記憶は、次世代へと引き継がれることによって、間接的であ りながら“今ここ”での外傷状況に多大な影響を与えているのである。いわばサラは、ダ ンチグ家が安寧に生き延びるべく代々棚上げにし続けてきた「正統派ユダヤ一族」ならで はの葛藤を、「家族出納帳(family accounting)」(Boszormenyi-Nagy & Spark 1973: 280)

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の如く長い年月にわたって累積された負債を返済するかのように、一手に引き受けざるを 得なかったのである。しかもその負債額は、サラが正統派ユダヤ人であろうと努力すれば するほど、つまりその意味でダンチグ一族に対する「見えざる忠誠(invisible loyalties)」

(Boszormenyi-Nagy & Spark 1973)に真摯に向き合おうとすればするほど、逆説的に膨 らんでいくばかりなのであった。

7-2. 機能の「不全」ではなく「(過剰)追求」という発想へ

そしてもう一点、冒頭でも述べたように「宗教」という名の背景的力によって、ダンチ グ家全体が機能の「不全」よりもむしろ断続的な「追求」へと迫られていたことも、併せ て明らかになったと思われる。

そのことが最もわかりやすいのはサラであろう。彼女は、正統派ユダヤ一家としての〈宗 教的敬虔さ・熱心さ〉をほぼ一手に引き受けることで、ユダヤ的世論に向けた「敬虔な家 族」としての評判を獲得するとともに、正統派ユダヤ“一族”に対する見えざる忠誠にも 向き合い、代々棚上げにされてきた葛藤を返済するという機能をも十分に果たすよう迫ら れていた。両親の手によって、理想化された幼児的本能の世界へと押し戻されようとも、

宗教に対する敬虔さと熱心さを遂行するという機能は最後まで絶やされることはなかった。

では他の成員たちはどうか。彼らもまたある意味で、自らの機能の「追求」へと駆り立 てられていたと見るべきではないだろうか。繰り返すように彼らは、「家族の体面を維持せ ねばならない」という共同幻想的目標を掲げていた。あるいはそれに“囚われていた”と 言うべきだろうか。彼らはこの目標に向けて、あくまで儀礼的な形でありながらも、サラ と同様にユダヤ的世論に対する宗教上の配慮を常に心掛けていた。またその一方で、こち らもサラと同様に前世代における経験と記憶を引き継いだ上で、大規模産業資本主義シス テムに適合的な近代的生活様式を体現するという大々的な機能をも果たそうとしていた。

加えて彼らは、通常は相矛盾するこれら二つの機能をめぐって、さらに必死にその妥協点 を見出そうとしていたように見受けられる。儀礼的な遵守に留め勤しんだのも、ユダヤ的 世論の目の入り込まない私的空間において密かに規律違反を繰り返したのも、〈伝統的基 準〉と〈近代的生活基準〉という板挟みの中で、それでもなお円滑に「家族の体面を維持 する」という共同目標を満たすための、一つの切実な戦略として把握すべきではないかと 筆者は考えている。

他の成員たちとサラとの「対立」は、こうしてお互いが自らの機能を追求し続ける中で 必然的に生まれることとなる。それは、お互いがお互いの機能追求の過程に介入し、それ を制止しようとした結果、逆説的ながらもたらされる機能追求の“過剰な”駆り立て合い............................

となって現れる。とりわけそれは、他の成員たちからサラに対する働きかけにおいて顕著 である。すなわち、彼らが〈宗教的敬虔さ・熱心さ〉のみに従事しようとするサラを制止 しようとすればするほど、サラはより一層その機能に従事せざるを得なくなったのである。

というのも、その過剰な機能追求のみが、サラにとっては、彼らの度重なる欺瞞的働きか けに対抗するための唯一の手段だったからである。それはサラにとって、必ずしも真に望 ましいことでも、また自ら進んで望んだことでもなかったかもしれない。しかしながら、

理想化された幼児的本能の世界へと押し戻されないためには、宗教へと過剰に没頭するこ