以上筆者は、日本型AC問題と自国の「文化」との関わりについて、「役割(自我)」「甘 え」「世間」という三つのキータームから分析してきた。米国型ACとは対照的な、文化的 規範・価値観への「過剰適応」がなされていくプロセスが概ね明らかになったと思われる。
それは、自国文化との〈連続性〉ないし〈近接性〉を明らかにする試みであり、と同時に、
その内部に巧みに隠された〈不連続性〉を暴き出す試みでもあった。日本型ACたち、さ らには機能追求家族全体を覆う苦悩は、この〈連続性〉と〈不連続性〉とが織りなす断続 的な「歪み」によってもたらされたものだと改めて言えるだろう。
Batesonの議論に依拠すれば、文化的規範・価値観をめぐるこの〈連続性〉と〈不連続
性〉は、ちょうどダブル・バインド状況における〈言語的メッセージ〉と〈非言語的メタ・
メッセージ〉の関係性と同様、論理階梯上の等級を異にしながらも日本型ACたちに向か って交互に絶え間なく浴びせられるものである。その意味で日本型ACと文化との関わり は、ダブル・バインド理論が持っている外傷的構造と少なからぬ形式的類似性を有してい ると考えられるのではないか。ダブル・バインドの処罰性が〈言語的愛情〉と〈非言語的 敵意〉との差異を通じて“能動的に”感受せざるを得ない観念的なそれであったのと同様 に、文化との間の〈表面上の連続性〉と〈裏面にある非連続性〉とが織りなす歪みは、日 本型ACたちによって嫌でも“能動的に”引き受けざるを得ないような観念レベルでの歪 みであり、しかしそれ故に.......
、その観念レベルでの苦痛を歴とした「外傷体験」という形で 社会問題化、あるいは具現化することは極めて困難なのである。しばしばACから回復す るための第一歩として、“私はACである”という形で「自己認知」の作業を徹底し、その 自己認知の内容を外的社会に向けて明示すべきであると言われるのは、自身の内的な苦痛 を、何らかの明確かつ完成された概念でもって認識してもらえる可能性を彼らは本来的に 有しておらず、ただひたすら得体の知れない観念的苦痛として内的に押し留めておくこと しか許されてこなかったからに他ならない。その意味で、本章冒頭で述べたように“AC”
という概念自体が未だ発展途上であり、明確な疾病概念として用いられていないのは、上 記のような“問題を「問題化」することの難しさ................
”という性格を、この概念が本質的に含 み持っているからではないだろうか。観点を変えて言うと、その事実こそが“AC”という発 展途上な概念が持ちうる、「概念」としての魅力ではないかとも考えられよう。
第I・II章を振り返ればわかるように、「心的外傷」もまた、現在もなお発展途上の概念 であり続けている。ここに筆者は、概念としての“AC”との親和性を感じ取ってやまない。
前出の信田(1996: 140-4; 2001: 113-45)などは、AC、とりわけ日本型ACを「心的外 傷」という概念を通じて理解することに異を唱えている。「日本の場合のACの苦しみとい
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うのは、親の人生と子どもの人生が未分化で」(信田 2001: 132)あることに端を発してお り、「融合して自分の中に親が入りこんで寄生してくる」(信田 2001: 133)ことが問題と なる。したがって、「西欧的主観と客観の対立が基本にあ」(信田 1996: 142)り、「〈加害 者〉/〈被害者〉」という二分法によって「単純な因果論」(信田 2001: 115)に陥りがち な外傷概念では、4-3.とも関わるように、日本型 AC に見られる自他未分化な共生=融合 状態における相互関係をうまく説明することができないと信田は言う。さらにそうした単 線的な因果律は、外傷概念が持っている時間認識にも少なからず見られ、「過去に受けたシ ョックが、今でも生々しく浮かびあがってくる」(信田 2001: 126)という言い方は、〈過 去〉という一時点を明確に設定した上で、その〈過去〉に受けた「実体としての心の傷」
(信田 2001: 123)を起点に〈現在〉の症状を読み解くという因果論的発想に依拠してい る。だが信田からすると、そうして過去の体験を文字通り〈過去〉のものとして、〈現在〉
という地点から画然と相対化していくという発想は、“今現在も苦痛の只中にある”という 形での「現在の自己認知」(信田 2001: 121)を起点とし、そこから「さかのぼって親との 関係を語り、整理していくこと」(信田 2001: 121)が必要な日本型ACには10)、根本的 にそぐわないという。
これらの指摘は極めて重要である。しかしながら、信田が想定している「外傷」概念と は、信田自身も言うように「限局性一過性の心的外傷」(信田 2001: 127)を専ら指してお り、Freud 由来の古典的精神分析概念の段階をそもそも脱していない。既に我々は第 I・
II章において、心的外傷概念それ自体が、認識論的発展を不断に成し遂げようとしている ことを知った。その内容に鑑みれば、上記のような信田の批判も、おおむね外傷概念の範 疇で解消することが可能ではないかと考えられる。第一に、西欧的主観と客観の対立を基 本とする直線的因果律への批判については、「〈処罰を与える側〉/〈与えられる側〉」とい う二項対立図式をダブル・バインド理論が克服していた点に、そのまま適用することがで きよう。この点から筆者は「自己‐確証」および「抽象性」というキータームを通じて、
〈ダブル・バインドにおいては「関係」こそが、子どもにとって外傷そのものである〉と 結論付けたが、この着想に依拠すれば、同じく(自他未分化という)「関係」それ自体が焦 点化される日本型ACを論じる際も、わざわざ外傷概念を捨て去る必要はなくなるだろう。
第二に時間認識をめぐる批判については、第II章の内容が適用される。筆者はDSM-5に 至るまでの概念史的追究を通じて、今や外傷研究は、〈外傷体験時〉と〈外傷体験後〉とい う二つの段階を厳密に分け隔てようといった「二極的発想」自体を、克服しようとしてい ると述べた。信田の批判的議論とパラレルであることは、もはや言を俟たないだろう。
さてそうなると、必然的に、信田の言う「現在の自己認知」を起点とした日本型ACた ちへの接近は、外傷体験者の“主観的”認識に対するのと同様に、現象学的立場からの接 近が求められるべきであろう。だがここで悩ましいのは、治療者として接近する際、かの
Herman が外傷体験を限られた一定区間内の出来事として最終的には位置付けたように、
AC 問題に関しても、あの〈二極的発想を“完全に”乗り越えることはそもそも可能なの か、あるいは望ましいのか〉といった問いに直面せざるを得ないという事実である。二極 的発想を乗り越えつつ、外傷概念の可能性を探っていくことは、〈現象学的接近を旨とする 分析者〉という立場から見て有意義であることは疑いえない。AC の文脈に乗せて言うと それは、得体の知れない観念的苦痛に悩まされ、“問題を「問題化」することの難しさ”の
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前に閉口し続けてきたACたちの主観的認識を、まさにそのままに追体験していくことを 意味する。しかし当然ながら、ACたちをそのまま閉口させ続けるわけにもいかない。「自 己認知」という作業は、何よりもまず、“自分はACである”という「言語」を獲得するこ とで、喪失ないし放棄していた「メタ認知」の可能性を取り戻すことに他ならない。そし てそれは、“自分は(かつて...
)AC..
であった....
”という形へと変換することで、〈過去〉との 決別と、新たな〈現在~未来〉に向けて歩み出すための第一歩でもあるのだ。つまりその 意味で、いずれはあの二極的発想へと辿り着かねばならないことも、念頭に置いておく必 要があるのである。
[第 V 章 注]
1) 例えば、後の 6.で詳しく取り上げる「世間」という概念は、阿部謹也(1995)らが言 うように、元々は仏教用語としての「世間」からきている。
2) 日本型ACについて分析する際、先に述べたように機能主義的観点からの接近は根本的 に拒否せざるを得ないが、「機能」という概念そのものまで葬り去る必要はなかろう。当の 家族にとって「機能」という概念は、現象学的に見て、まさしく“過剰”追求するほどに 必要不可欠なものと見做されているのである。もしくは、彼らこそが機能主義的発想に最 も取り込まれてしまっている、と考えるべきかもしれない。したがって、彼らが過剰追求 するところの「機能」の具体的な〈内容〉を明らかにすることは、彼らが取り込まれてい るところの機能主義的呪縛から彼ら自身を解放するための、必要不可欠な第一歩とも言え るのではないか。
3) ところでこの「役割」という概念は、この国の家族社会学などの分野においては、とり わけ日本型家父長主義的近代家族の規範たる「性別役割意識」に直結して扱われるように 思われる。本章でも後に(6-3.)、機能追求家族と性別役割意識との接点について少し言及 しているが、あくまで筆者が主題としたい「役割」概念は、先にも述べたように近代化な いし近代主義化“以前”にまで遡ることの可能な文化的規範・価値観としてのそれである。
こちらも後述するように(3-2.)、日本の役割社会的性格は、少なくとも近世江戸期から綿 密に形成されてきたと考えられる。それ故筆者からすれば、一見すると日本的近代家族に 固有のものと思われる「(性別)役割意識」は、単に「家族の近代化」という限定的なモメ ントの内部で新たに生成されていったものではなく、それよりずっと以前にまで根を張り、
なおかつ「家族」に限定されない種々の社会集団にまで敷衍可能なほどの形式的構造を兼 ね備えたものとして、捉え直さねばならないのである(観点を変えて言うならば、この形 式的構造が、「近代化」という理念的な時代区分のせいで覆い隠されてしまっているのだ)。 女子差別撤廃条約が1980 年代に批准されたにもかかわらず、相変わらずこの国では性別 役割意識が根強いのも、まさにこのためではないか。
4) 翻ってダンチグ家の場合も、ある種の「運命共同体」的な発想にまで行き着いていたよ うにも考えられる。「家族〔全体に向けた〕忠誠心(family loyalty)」(LS 63)という極 めて強烈な要求がサラになされていたこと、しかもその「忠誠心」は“今ここ”にいる家 族成員たちだけでなく、同じく「正統派ユダヤ」としての運命性・宿命性の中を生きてき た前世代の成員たちに対する、「見えざる忠誠(invisible loyalties)」(Boszormenyi-Nagy