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ドキュメント内 教化研究 No.17 (ページ 124-140)

前生

の名

前に

研究ノート

(10

あなたは亡くなった後、あなたの霊は どこに往くと恩いますか。

と (11) 思

ま す か

あなたは︑葬儀式の以下のどの部分が

一番重要だ

﹁僧侶の引導・読経﹂が的%と多くな

って い

る︒

し か め

の し︑

﹁葬 儀で 一番重要

﹂であるのが︑故人との

別れのた

﹁出棺前の別れの花入れ﹂と回答している人が8%

いるということは︑多いとみるべきであり︑我々僧侶は 葬儀の意昧を伝える努力が必要である

1% 

僧侶 の引 導・ 読経 :・

j i ‑ ‑

:

2245

焼香

・・

・:

出棺 前の 別れ の花 入れ

・・ ::

・・

260

会葬者への挨拶

: : : : : j i ‑ ‑ 1 54

そ の 他 ・

・ ・ ・ ・

・ ・ ・ ・

・ ・ ・ :

••••••••••

・ ・

・ ・

103

複 回

A  N ‑

・ :

・ : ・ :

・ : :

・ : ・ ・ : ・ : :

・ ・ : ・ : ・

129

(11

あなたは、葬儀式の以下のどの部分が

一番重要だと思いますか。 ※

ハ︼

nh un

HV

僧侶の引導・

続 経 69% 

第一次集計分析

8% 

全教区葬祭アンケート 出棺前の別れの花入れ

1 2 3  

葬祭仏教

結論にかえて 回答者の年齢と性別を聞いた設問①と設問②から見ら れるように︑女性が喪主を務めたり︑市歳以上の高齢者 が喪主を務めるという数値が︑

かなりの高率を占めてい

ることが明らかになった︒乙れは︑伝統的な﹁家﹂制度

に縛られる意識が薄れていることを表していると考えら

れる

この傾向は︑設問④﹁いつ檀家になったか﹂とい

う設問に対する回答の

3

割が︑過去初年間の人口移動や

新たな分家化が進んだ時期からの新しい檀家であること

とも関連があると思われる︒

通夜・葬儀式の準備・運営には︑葬儀社が中心的な役 割を果たしていること︑また︑場所については︑自宅や

菩提寺から葬祭場へ変化していることが明らかになっ

た︒

これ

らは

ω

2

で分かるように︑﹁通夜葬儀が近

隣や親族を中心とする地域社会によって支えられるも

の﹂という通念に変化が生じていることを意味している

だろう︒

また︑通夜の参列者が﹁葬儀より多い﹂︑また

は﹁葬儀と同じ﹂場合が

5

割を超えており︑通夜の告別 式化傾向が顕著であることが分かった︒

自分の葬儀をどのような規模にしたいかについては︑

3

割が﹁家族・親族・友人﹂という範囲以内の︑

ゆる﹁家族葬﹂﹁身内葬﹂を望んでいる︒また︑自分の

葬儀

の意

味を

4

割が﹁家族・友人との別れ﹂と捉えて

いる

︒このように︑葬儀全体に宗教的な意義よりも︑故

人との別れのための儀式という個人的意義が強まってい

ることが伺える︒今後この傾向は︑さらに進行すると予

測される︒戒名についての問題も︑葬儀の持つ意義と関

連し考察することにより︑明らかになるだろう

1次集計分析から︑以上のように急激な社会の変化

のなかで︑伝統的な﹁家﹂制度を基盤とした葬儀が大き

く変容しつつあることが明らかになった︒今後︑各設問

についてクロス分析を進め︑詳細な分析を行う予定であ

共同執筆者主務/西城宗隆・大蔵建司

武田道生・名和清隆

研 究ノート

浄土三部経

仏説観無

量寿

中国南北朝時代の南朝の宋における元嘉年中︑重良耶舎が訳す

私︹

阿難

は︺

かつ て

︹釈尊から︺次のように聞いた

︹ことを︑そのまま釈尊の御前で多くの聴衆のためにあ

らためて再現したことがある︒︺

ある時︑釈尊が王舎城︹の東北に聾える︺者間帽山

の山中におられて︑総勢千二百五十人にもお

よぶきわめて優れた比丘たちと共にいらした︒

(霊

鷲山

)

︹ ま

た ︑

そこ

には

三万二千人にもおよぶ菩薩たちもいて︑

の中でも︺文殊菩薩がリーダー的な存在であった︒

︹ こ

の ︺

王舎

城の都に一

人の

王子

がい た

その名を阿闇世という︒

︹王

は︺悪友の提婆達多から

(王

位を

奪う

よう

︺そ

その

かさ

れて

︑︹

つい

に彼

の悪

企み

さて

その

頃︑

に︺心がなびいてしまった︒

︹そ

して

血迷

った

王子

は︺

父である国王・頻

婆裟 羅を 拘束 して 監禁 し︑

︹宮 殿内 の︺

七重にも壁を巡らせた室内に留置したのである︒

︹し

も︺大勢いる家臣たちを制止して︑

︹そ

こへ

は︺

一人

として近付かせなか

った

︹さ

て︺

その

国の

王妃の名を意提希

とい

った︒

︹王

意提希は

夫で

ある

︺国王を心から敬愛しており︑︹留置

︹心

身を

︺清

め︑

眠酔

された国王

の身 を案 じ︑

︺体 浴し て

蜜に小麦粉を混ぜ合わせたものを︹外から見えないよう

に体

に︺

︹さ らに はま た︺ 首飾 り︹ のど こか

塗り

つけ

に︹こっそりと︺ブドウの果汁エキスをしのばせて︑密

かに国

王の

もとを訪れたのである︒

その時︑国王

は小

麦粉

入り の廓 蜜を 口に し︑

︑ブ

ドウ

仏説観無量寿経 浄土三部経

1 2 5  

果汁エキスを飲み︹終えると︺︑水を求めて口の中をす

すいだのだ︒

︹そ

して

口をすすぎ終えると︑恭しく合

掌して香閤帽

山に体を向け︑遥かにまします釈尊に向か

って礼持し︑次のように申し上げた︒

﹁目 連は 私の 親友

であ

︒お

願い

︒どうか︹わが身︺を哀れみ︑︹目連

から︺私に八戒を授けさせて欲しい

︒﹂

すると︹時を経ずして︺目連はあたかも鷹や隼が飛ぶ

ようにして瞬く聞に国王のもとへと身を移したのであ

る︒

こうして国王は︹目連から︺日々︑八戒を授か

った︒

︹それに加えて︺釈尊はまた富棲那尊者を国王のもとへ 遣わして説法させたのである

こうしている聞に

三七 ︑

二十一日が過ぎていき︑国王

は酔蜜を摂り︑教えも聞くことができていたので︑顔色 はいたって和やかで喜びに満ちていた

︹投 獄し てか ら

三週間以上を過ぎたので︑︺阿闇世は

︹牢獄の︺門番に問いただしてみた

﹁︹

我が

︺父

であ

る 国王はまだ生きているのか﹂と

すると門番が

︹次 のよ うに

︺申 し上 げた

﹁偉

大な

王よ

︹実は︺王妃︹・章提希︺様がお体に小麦粉入り の廓蜜を塗りつけ︑首飾り︹のどこかに︺ブドウの果汁

エキスをしのばせて国王陛下に差し上げておられます︒

︹さらに霊験あらたかな︺修行者である目連や富棲那が 空から飛んできて︑陛下のために教えを説き聞かせてい

ます

︹門番ごときには︺とてもお止めする術もござい

ませ

︒﹂

門番の話を聞いたところで︑︹はじめて事の次第を知

った︺阿閤世は母に対して怒り狂い︑そして言い放った︒

﹁我 が母 とは いえ この 者は 反逆 者で ある

︹こ

の者

も︺

逆者にくみしたからである︒目連や富棲那にしても悪人

であ

︒怪しげな妖術を駆使して︑この悪しき王を何日

も死

なせ

ずに

いた

では

ない

か﹂

︹こ

のよ

うに

言う

やい

な や︺万を子に取り︑自らの母親を殺害しようとしたので 必 の ヲ

h v

その時︑︹その場に居合わせた︺月光という大変に智

慧深く経験豊かな大臣が︑書婆とともに︹阿閤世︺王に 礼拝して︹次のように︺申し上げた

研究ノート

﹁偉大なる王よ︒私どもがバラモンたちの言

い伝 えに

ついて聞き及んでいるところではこの世界が誕生して

以来︑これまで悪しき王︹と称された者︺は大勢おりま

して︑国王の位を欲して︹王である︺父を殺害した例は

数多とございます︒︹しかしながら︺未だかつて極悪非

道にも母親を殺めたという話は聞いたことがございませ

ん︒

︹も し今

︑大

︺王 がこ のよ うな

︹決 して 許さ れな い︺

大罪を犯したならば︑王家の名が汚れてしまいます︒

︹お 仕え する

︺私 ども には

︹そのような話は︺聞くに堪

えま せん

︹こ

のよ

うな

所業

は︺

およそ人のすることで

はありません︒︹いくら大王とはいえ︑そのような人は

もはや君主とは仰げず︑これ以上︺この城にとどまって

いただくわけには参りません﹂と︒

この よう に

二人の大臣が言い終えると︑剣の柄に手を

かけ︑後ずさりしながら退出しようとした︒

︹こ れを 見た

︺阿 闇世 王は

︹思いがけない展開に︺驚

いて震え上がり︑書婆に対して

﹁汝

︹ま さか

︺余 を 見捨 てて

︹父 王に 寝返 る気 か︺

﹂と 訴え た

︹す ると

︺書 婆が

︹次 のよ うに

︺諌 言し た

﹁偉

大な

る王 よ

︒︹どうぞ︺怒りをお鎮めいただき︑お母上を殺

めではなりません︒﹂

王はこの言葉を聞いて

︹自 らの 所業 を︺ 繊悔 し︑

臣たちには自らを︺見捨てないよう求めるや︑剣を捨て

置いて母の殺害を思いとどめたのであった︒

︹こ

のよ

にして︑王は母の殺害を思いとどめはしたが︺王妃に仕

える者たちに命令して︑︹王妃を︺宮殿の奥深くに閉じ

込め

二度

︹部 屋か ら外 に︺ 出ら れな いよ うに して し

まったのである︒

このように王妃・章提希は幽閉されてしまったので︑

いたく心が傷つき︑身もやつれはててしまった︒

︹そ

仏説観無量寿経

て︺遠く書闇帽山にまします釈尊に礼拝し︑︹思わず︺

次の言葉を口にした︒

﹁︹ ああ

︺釈 尊よ

︒以前はなにかに

つけ阿難を私のもとにご機嫌伺いに遣わして下さいまし

浄土三部経

た︒私は今︑悲しみのあまり深く沈み込んでいます︒

︹誰 かに 話を 聞い ても らい たい ので すが

︑︺ 釈尊

︑あ なた

様ではあまりにも尊くお目にかかるには恐れおおいこと

1 2 7  

でございます︒どうかお願いですので︑目連尊者と阿難

尊者にお目にかかれるようにして下さい︒﹂このように

い終 える と︹ こら えき れず に︺ さめ ざめ と泣 きな がら

遥かにまします釈尊に向かって︹もう一度︺礼拝したの

であ る

︹すると︺釈尊は章提希が頭を上げるまえにもう︑書

閤幅山にありながら彼女の心のうちをお知りになり︑す

ぐさま目連尊者と︹私︺阿難にお命じになって

︹私

たち

二人

を︺ 宮殿

︹の 意提 希の もと

へと空を飛んで来させ

た︒

︹そ

一方で︺釈尊も︹また︺香闇堀山から姿を消

し︑宮殿︹の章提希のもと︺へとお姿を現したのである︒

そして章提希が礼し終えて頭を上げてみると︑釈尊のお

姿が眼に飛び込んできた︒︹釈尊は︺紫を帯びた金色に

光り輝き︑百種類もの宝玉でまばゆく彩られた蓮の花の

上にお座りになっ

てい た

︒︹そして︺目連を左側に︑阿

難を右側に従え︑︹また︺空上では帝釈天や荒天︑世を

護る

神々

(四天王)が天界に咲く花を満遍なく撒き降ら

して

︹釈

尊を

︺供

養し

てい

たの

であ

︒ 章提希は︹思いがけずも︺釈尊おおきを眼にして︹我を失い︺自ら首飾りを引きちぎり︑立ち上がったと思いきや地面に倒れ込んで号泣した︒

︹そ して

︺釈 尊に

︹思

いの

たけ

を︺

さら

け出

した

﹁釈

尊よ

︒私は前世に一

体どのような罪を犯したためにこのような悪人を産ん

でしまったのでしょうか︒︹いいえ︑それよりも︺釈尊

ょ︑あなたはまた一体どんな因縁があって︑︹あの憎む

べき︺提婆達多と従弟同士なのでしょうか︒﹂

︹意提希はさらに続けて言

った

︒︺

﹁釈尊よ︑どうかお願いでございます︒私のためにど

こでも結構ですので悩み苦しみがない世界を説き示しく

ださ いま せ

︒私は︹そこに︺往生いたします︒私たちが

住むこの汚れきった悪しき世界には︑︹もうこれ以上︺

いたくもありません︒この世界には地獄や餓鬼や畜生

︹の

苦し

みが

︺満

ち溢

れ︑

善からぬ輩が数多く住んでい

ます

︒お願いでございます︒私はこの先︑悪しき出来事

の話など聞きたくもありませんし︑悪業をなす人々もま

た見たくありません︒今︑釈尊の御前にて全身を地に投

ドキュメント内 教化研究 No.17 (ページ 124-140)

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