第3章 2013年サリナス・ケース連邦最高裁判決
第3節 2013年サリナス・ケース連邦最高裁判決の概要
次に、2013年サリナス・ケース連邦最高裁判決の事件の概要と、相対的多 数意見が示した判断の内容を見ていく。
1 事件の概要
本件被告人は、非身柄拘束下でのミランダ告知前の取調べにおいて、取調 官からの謀殺に関するいくつかの質問に任意に返答していたが、同人保有の ショットガンと犯行現場で発見された薬きょうについての弾道検査に関して 質問が及んだ際には、沈黙し、床に目を落としたり、足を動かし、下唇を噛 むなどして、頑なな態度をとり始めた。少しの間をおいて、取調官が質問を 変えると、被告人は再び返答するようになった。被告人は、未執行の交通令 状(
outstanding traffic warrants
)に基づき逮捕されたが、検察官が、謀殺 罪で起訴するには証拠不十分であると判断したため、すぐに釈放された。そ128) 学説では、多様な理由で行われる黙秘の例として、取調べに応じるに値しないと考えた被 疑者が、抗議の意を示すために行う黙秘(Sangero and Merin, Supra note 112, at 98-99)に 加え、取調べに伴う恐怖心から思わずしてしまう黙秘や、第三者をかばうため、または自身が 当然に有していると信じる黙秘権を行使するために行う黙秘(Berger, Supra note 125, at 1039; Pettit, Supra note 78, at 219-220)があげられている。See also, Thompson, Supra note 98. また、黙秘の証拠としての性質の曖昧さに関連して、そのような性質をもつ公判前の黙秘 を証拠として利用することは不公正であり、かつそのような性質の黙秘を証拠として利用する ことが許されれば、自己負罪拒否特権の趣旨が許容できないほどに損なわれるため、非身柄拘 束下での取調べにおける黙秘を含む公判前の実質証拠としての黙秘の証拠利用は、修正5条の 自己負罪禁止条項、および修正14条のデュー・プロセス条項の両方に違反するとの見解も示さ れている。 Strauss, Supra note 70, 144, 154-155, 161-162.
129) Notz,Supranote 77,at 1034.Seealso,Pettit,Supranote 78.
の後、警察が、被告人による謀殺の自供を聞いた旨の、ある男からの供述を 得たことを受け、検察は、被告人を起訴することを決断したが、被告人は行 方をくらました。その14年後、被告人は、ヒューストンにおいて偽名で生活 しているところを発見され、起訴された。公判において、検察官は、同人の 有罪を示す証拠として、被告人が取調べの際に沈黙した事実に言及した。陪 審が有罪評決に達したことを受けて、被告人は、検察官が当該黙秘を被告人 の有罪を示す証拠として利用したことは、修正5条の自己負罪拒否特権に違 反するとして上訴した。テキサス州控訴裁判所、同州刑事上訴裁判所がとも に上訴を棄却したため、被告人は連邦最高裁に上訴した。
2 相対的多数意見の判断内容
連邦最高裁は、相対的多数意見130)の中で、「被告人は、(自己負罪拒否)
特権の恩恵を得るためにそれを行使することが要求され」、特権が行使され たと認められるための要件として、その行使が事前に「明確」になされてい なければならないと判示した131)。そのうえで、本件において、被告人は取 調べの際に、その特権を「明確」に行使しなかったとして、被告人の主張を 斥けた132)。
以上の結論を導くにあたり、相対的多数意見は、まず、捜査当局が、必要 な証人によるあらゆる証言を利用できる権利を有することが原則であるとす
130) 相対的多数意見は、アリトー裁判官が執筆し、ロバーツ首席裁判官とケネディ裁判官が賛 同した。藤倉皓一郎=小杉丈夫「アメリカ連邦最高裁判所の衆議のかたち」藤倉皓一郎=小杉 丈夫編『衆議のかたち2』(羽鳥書店、2017)1頁以下、7-11頁によれば、アリトー裁判官と ロバーツ首席裁判官は、ともに保守主義的な傾向のある裁判官と目されており、ケネディ裁判 官は、いずれにも与しない浮動票的な立場にあると目されている。また、任意取調べに対する 修正5条の適用を一律に否定し、そこでの黙秘の実質証拠としての利用を認めることを主張す る結論同意意見を執筆したトーマス裁判官と、それに賛同したスカリア裁判官も、ともに保守 主義的な傾向のある裁判官に分類されている。他方、これらに反対し、任意取調べにおける木 の実質証拠としての利用を許容すべきでないと説く反対意見に与した残りの裁判官は全員、リ ベラルな傾向のある裁判官と見られている。なお、スカリア裁判官に関しては、本稿第2章第 1節の1(3)も参照。
131) Salinas (n. 9), at 2179.
132) Id.
る先例133)に依拠しつつ、個人による自己負罪拒否特権の行使をその例外と 位置づけた134)。そのうえで、特権の行使にあたり自己負罪拒否特権が「明確」
に行使されなければならないのは、特権が行使されていることが取調官に明 確に伝えられることが要求されるからであるとした135)。こうした要求は、
①被質問者が返答を拒絶した事項が自己負罪的かどうかを評価できるように しなければならないとの要請、②返答を拒絶した被疑者に対する刑事免責等 の措置の利用の要否を検討できるようにしなければならないとの要請に基づ くものであり、この2つの要請が満たされることで、必要なあらゆる証言を 獲得できるという捜査当局に与えられた権利が確実なものとなるとされ た136)。
もっとも、相対的多数意見は、自己負罪拒否特権が「明確」に行使されず とも、その適用が認められる2つの類型があるとした137)。第1の類型は、
1965年グリフィン・ケース連邦最高裁判決で扱われた、被告人が公判で黙秘 する場合である。なぜなら、公判では、刑事被告人には「証言をしなくても よい絶対的な権利」が認められているからである。第2の類型は、1966年ミ ランダ・ケース連邦最高裁判決で扱われた、身柄拘束下での取調べにおいて、
適切な権利告知を受けていない被疑者が黙秘する場合である。なぜなら、身 柄拘束下での取調べには「特異な強制的性質138)」が認められるからである。
このことから、本件のような非身柄拘束下での取調べは、公判ではないた め第1の類型に該当しないのはもちろん、その性質が任意であり、「強制的」
ではないため、第2の類型にも該当しないことになる139)。
133) Garner v. United States, 424 U. S. 648 (1976); Minnesota v. Murphy, 465 U. S. 420, 425, 427
(1984).
134) Salinas (n. 9), at 2179.
135) Id.
136) Id.
137) Id., at 2179-2180.
138) Miranda (n. 52), at 467-468, and n. 37.
139) Salinas (n. 9),at 2180.