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根本原理としての「不利益推認禁止」原則

ドキュメント内 著者 梶 悠輝 (ページ 59-64)

第4章  若干の検討

第4節  根本原理としての「不利益推認禁止」原則

識を敷衍すれば、身柄拘束の「強制的」な性質を修正5条の禁止する供述の

「強要」と同視してきたミランダ・ケース連邦最高裁判決以来の連邦最高裁 の一連の司法判断について、その再考の余地が見出されることになるものと 思われる。今後、連邦最高裁は、修正5条の適用の「引き金」を身柄拘束の もつ「強制的」な性格に求めてきた従来の枠組みを再考する方向に進むのか、

あるいはサリナス・ケース連邦最高裁判決の射程を拡大し、被疑者が特権を

「明確」に行使した場合にさえも、その特権を行使した事実を実質証拠とし て利用することを許容する方向に進むのか、その動向を注視する必要があろ う182)

検察官立証を追認するうえで、確認的に考慮されるものにすぎないと見る余 地があることも明らかとなった。したがって、このような見方を前提とする 限り、アメリカの刑事手続でも、「黙秘を有罪認定の指標とする不利益推認や、

黙秘が有罪認定の指標であるかのような心証を抱かせる説示」に対する禁止 という意味での「不利益推認禁止」原則が堅持されているといえる。一層の 検討を要するものの、このような意味での「不利益推認禁止」原則の存在が 確認できたことは、訴追対象者の沈黙自体が利益衡量によっては変更を加え ることの許されない根本原理として保護されているという意味で、証人の自 己負罪拒否特権としての証言拒絶権とも、立法政策上の要請としてその保障 が求められる法律上の黙秘権とも異なる、「憲法上の黙秘権」の概念が認め られるべきであることを示唆している。

 たしかに、「不利益推認条項」やサリナス・ケース連邦最高裁判決の登場で、

英米両国における黙秘権保障が危うくなった側面があることは否定できな い。とくに、イギリスにおいて、「不利益推認条項」が、当初、捜査当局に よって期待されたような、文理のみに従った適用、すなわち主として黙秘に 基づく有罪認定を可能にするような適用がなされるようになっていれば、同 国における黙秘権は、根本的に否定されることになっていたであろう。しか し、すでに見たように、同条項の適用は、裁判官による司法判断を通じて限 定がかけられている。これは、捜査当局が期待するような、条文の文理のみ に従った適用は許されないと考えた司法が、そのような適用に歯止めをかけ た結果であるといえよう。

 では、英米両国において、裁判官の間でも、不利益推認の容認を求める見 解が示されてきたのはなぜなのか。その理由は、次のように説明することが できように思われる。すなわち、陪審裁判を前提とする英米では、従前、一 方では、「裁判官がいかに黙秘権に配慮した説示を行ったとしても、陪審が 黙秘を考慮してしまうことが事実上黙認されてきた」との認識が、法曹関係 者の間でも共有されており、規範と実態との乖離が見られた。他方では、他 の証拠と照らして黙秘のもつ証拠としての意味内容が特定可能な場合もある

にもかかわらず、黙秘への言及が過度に禁止されることで、そのような黙秘 まで、まるでなかったものとして扱うような不合理な評議が行われかねない ことが懸念されていた。そのため、裁判官は、こうした懸念に配慮して、黙 秘に対する言及の過度な禁止を緩和し、事実認定プロセスを、陪審のもつ常 識的な感覚に近づけることで、その乖離を埋めたいと考えたのである。

 以上の英米の刑事手続に対して、日本の刑事手続は、裁判官裁判や裁判員 裁判を前提とする。そこでは、判決に理由を付すことが要求され、上訴審で の事後審査を通じた検証可能性も担保されている。刑事手続のあり方の違い を踏まえると、英米において、裁判官が、不利益推認の容認を求める動きに 与したことには、一定の理由があったということができるのではないか。そ して、そうであるからこそ、英米で不利益推認が許容されたからといって、

日本でもこれを容認すべきであるとの結論を導くことも、妥当ではない。む しろ、前記のような意味での根本原理としての「不利益推認禁止」原則が、

英米両国で維持されたと見うる点を重く受け止めるべきであろう。

むすびにかえて

 本稿では、アメリカにおける「黙秘からの不利益推認」を巡る議論を素材 に、同国における従前の「不利益推認禁止」原則とその例外や、サリナス・

ケース連邦最高裁判決で下された判断が、自己負罪拒否特権・黙秘権といか なる関係に立つのかについて、若干の検討を行った。そこでは、2013年サリ ナス・ケース連邦最高裁判決の登場を契機に、被疑者が、通常は弁護人のつ かない非身柄拘束下での取調べで、後に黙秘が実質証拠として利用されうる 状況のもと、供述するか、黙秘するかという、刑事事件の帰結にとって極め て重大な選択を求められるようになり、被疑者への黙秘権保障は極めて不安 定なものとなったことが確認できた。その一方で、本判決の射程が限定的で あるとの見方を前提とする限りにおいて、アメリカの刑事手続でも、今なお、

「黙秘を有罪認定の指標とする不利益推認や、黙秘が有罪認定の指標である

かのような心証を抱かせる説示」に対する禁止という意味での「不利益推認 禁止」原則が、利益衡量によっては変更を加えることの許されない根本原理 として堅持されているといえる。以上の検討結果は、自己負罪拒否特権によ り保護されるべき「不利益」な供述の内実について踏み込んだ検討を行う必 要性を一層裏づけるものであった。

 他方、このサリナス・ケース連邦最高裁判決の相対的多数意見・結論同意 意見に対しては、非身柄拘束下での取調べに「強要」が存在しないとして、

そこでなされた黙秘の実質証拠としての利用を許容した点に、とりわけ多く の批判が加えられている。また、仮に、非身柄拘束下で取調べを受ける被疑 者が、実際にその特権を「明確」に行使したうえで黙秘した場合に、その黙 秘は、証拠法上、いかなる意味をもつのかという課題が未解決のまま残され ている。今後、連邦最高裁は、修正5条の適用の「引き金」を身柄拘束のも つ「強制的」な雰囲気としての「強要」の存在に求めてきたミランダ・ケー ス連邦最高裁判決以来の枠組みを再考する方向に進むのか、あるいはサリナ ス・ケース連邦最高裁判決の射程を拡大し、被疑者が特権を「明確」に行使 した場合にさえも、その特権を行使した事実を同人の有罪を示す実質証拠と することを許容する方向に進むのか、その動向を注視しておくことは、日本 での任意取調べにおける黙秘権の保障を考えるうえでも重要であるように思 われる。すなわち、アメリカでは、ミランダ法則という高水準の権利保障が 確立した後に、裁判所がその法則の例外を相次いで認めてきた。それと呼応 して警察は、そのミランダ法則の適用を受ける身柄拘束下での取調べを避け、

非身柄拘束下での任意取調べを積極的に活用してきた。このような状況の中 でサリナス・ケース連邦最高裁判決が登場したという経緯に照らせば、日本 においても、先の刑事訴訟法の改正で、身柄拘束下での取調べに関する全過 程の録音・録画義務の設置や、被疑者国選弁護の対象の拡大など、身柄拘束 下の被疑者の権利保障が拡充されつつある中、任意取調べの活用が活性化す るとの事態が生じないとは言い切れないであろう。現に、日本でもすでに、

改正刑訴法が定める取調べの録音・録画義務に関して、その義務の対象とな

る範囲が逮捕・勾留中の取調べに限定されていることから、任意出頭中の取 調べに起因する冤罪の危険性が指摘されている184)。また、勾留中の被疑者 を対象とする被疑者国選弁護制度との関連で、その対象外である非身柄拘束 下での取調べでは、権利侵害が度々発生しているにもかかわらず、その段階 の被疑者に弁護人がつくことはまれであるため、身体拘束中の取調べ以上に 深刻な状況が生じているとの指摘もある185)。そして、日本で、仮に非身柄 拘束下での任意取調べをより活用しようという機運が高まった、あるいはす でに高まっているとして、そのような機運が、「新時代の刑事司法制度特別 部会」での検討過程で実際にあがっていたような、黙秘からの不利益推認に ついてのより積極的な検討を求める声186)と結びつくこともまた、あり得な いとは断言できない。

 このような、任意取調べの一層の活用を求める動きと不利益推認について の積極的な検討に向けた要請が結びつくという状況が現に生じた場合に備 え、アメリカにおける、非身柄拘束下での取調べでの黙秘の証拠法上の意義 に関する今後の議論の動向を注視しつつ、不利益推認の禁止や、それを根拠 づけている黙秘権・自己負罪拒否特権について、議論を深めておく必要があ ろう。

 以上の本稿での整理・検討を踏まえたうえで、まずは、「不利益推認禁止」

原則の根拠について、訴追対象者の自己負罪拒否特権、すなわち「憲法上の 黙秘権」の本質に立ち返った検討を行う必要があろう。また、黙秘の事実と 刑事手続の各段階における判断との関係を検討する必要がある。英米の動向

184) 稲田隆司「取調べ可視化論の過去と現在」法学セミナー750号(2018)18頁以下、21頁。

185) 白井諭「弁護人の援助を受けていない者に対する検察官の取調べ」岡山商科大学法学論叢 25号(2017)1頁以下、3頁。また、白井は、アメリカにおいて、非身柄拘束下で任意に取調 べを受けている被疑者には、連邦憲法修正5条、修正6条のいずれの弁護人選任権の保障も及 ばないことから、同人は、そこでなされる自白獲得に向けられる当局の画策を甘受せざるを得 ないという実情があることを指摘している。同20頁。

186) 法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会「第5回会議 議事録」3頁[大久保委員]

<http://www.moj.go.jp/content/000095262.pdf>、同「第18回会議 議事録」43頁[大野委員]

<http://www.moj.go.jp/content/000108753.pdf>。

ドキュメント内 著者 梶 悠輝 (ページ 59-64)