• 検索結果がありません。

黙秘権制限の動向

ドキュメント内 著者 梶 悠輝 (ページ 52-55)

第4章  若干の検討

第2節  黙秘権制限の動向

 では、「弾劾例外」が広く認められてきた点を除けば、2013年にサリナス・

ケース連邦最高裁判決が下されるまでの間、アメリカにおいては、イギリス で生じた黙秘権を制限する動きや、そのような動きを後押しした背景事情に 対応する状況は存在しなかったのであろうか。結論からいえばそうではない。

本稿第3章第1節で見たように、これまで連邦最高裁は、ミランダ法則の効 力に対する「切り崩し」とも評される、ミランダ法則の例外を設けることで 黙秘権・自己負罪拒否特権の保障範囲を狭める判断を相次いで示してき

171) この点に関しては、石田倫識「被告人の主張明示義務に関する批判的考察」九大法学91号

(2005)1頁以下を参照。また、中野目・前掲注(94)125頁は、被告人が、当然の権利を主張 した事実を、その法廷での態度と一致しないものであるとして、そこに虚偽の翳りがあると見 るのは妥当でないと指摘する。

172) 本稿第2章第3節を参照。また、萩原・前掲注(94)によれば、ジェンキンス・ケース連 邦最高裁判決は、比較衡量により、実質証拠としての利用は許容されない証拠であっても、弾 劾証拠としては許容される余地があるとしたうえで、ミランダ告知に先立つ黙秘の弾劾利用を 認めたものであるとされる。加えて、山田・前掲注(113)181頁も、黙秘の実質証拠としての 利用が許されない理由を比較衡量に求めている。

173)。また、同節で確認したように、警察官に対して、非身柄拘束下での 取調べを積極的に活用するよう促す動きが生じていることも指摘されてお り、そのような動向を、前記の「切り崩し」の一環として捉える見方もある。

こうした見方においては、非身柄拘束下での取調べの積極的な活用は、「弾 劾例外」を前提に、取調官が、ミランダ告知を遅らせることで被疑者の供述 か黙秘かいずれかの証拠を獲得することを可能にする一方で、自白強要の防 止と時期に適った権利告知の保障というミランダ法則の目的を骨抜きするも のとして受け止められることとなる。

 以上のような、サリナス・ケース連邦最高裁判決に至るまでの黙秘権制限 に向けた動きの背景には、本稿第3章第1節で見たように、ミランダ法則に よる自白率の低下が証拠収集の困難を招き、刑事司法の実効性を損なわせて いることが危惧されてきたという事情があった。しかし、ミランダ法則が刑 事司法の実効性に対して現実に悪影響を与えたかどうかについては必ずしも 実証されておらず、むしろ、ミランダ法則が確立された前後で警察実務には 変化がなかったとする見解が有力に主張されてきた。そのため、「犯罪統制」

政策や、刑事司法に関する保守主義的なイデオロギーに向けられた連邦最高 裁の傾倒を指摘する声も見られた。たしかに、本判決における相対的多数意 見、結論同意意見に賛同する裁判官は、浮動票的な立場と目されているケネ ディ裁判官を除き、全員が保守主義的な傾向のある裁判官であった。もっと も、ミランダ法則が確立されて以降、アメリカでは、1960年から1981年をピ ークに、深刻な治安悪化が生じており、裁判所としても、こうした実情を無 視することができなかったとの側面も否定はできない174)。そうすると、理

173) 川端和治「ミランダ・ルールの例外」ジュリスト856号(1986)120頁以下、121頁では、連 邦最高裁が、ミランダ法則を正面から変更するのではなく、その効力の例外を設けることで同 法則に制限を加えることを試みるようになった理由として、同法則が、ルールとしてわかりや すく、その遵守が容易である点、および実務において確立したルールとして定着している点が あげられている。現に、連邦最高裁長官であったバーガー裁判官も、ミランダ法則の意味内容 が明確化し、実務にも浸透したため、同法則を覆す必要はないと発言している。Rhode Island v. Innis, 446 U.S. 291 (1980)(Burger, C.J., concurring), at 304.

174) ただし、連邦捜査局(FBI)が発行する「統一犯罪報告書(UCR)」のデータ版 <https://

想的にも見えうる厳格な人権保障の水準を示したミランダ法則に対して、連 邦最高裁が、その適用の場面で多くの例外を設けることにより、現実との折 衝を図ってきたと見る余地もあろう175)。いずれの見方を採るにしても、ア メリカにおける刑務所の過剰拘禁の問題に関する文脈ではあるが、かつての 刑務所の収容人員の変化は、有罪を言い渡された者に対する量刑や処遇方法 の変化によるものであり、「検察官や裁判官がより多くの人々に有罪宣告を していると結論すべき理由も、ほとんど存在しない」ことが指摘されてい た176)。言い換えれば、そこで志向された厳罰化は、あくまでも有罪判決後 の量刑や処遇に関する厳格化にとどまるものであるとされていたのである。

しかし、非身柄拘束下での黙秘の実質証拠としての利用を許容した連邦最高 裁の姿勢は、その当否は別として、量刑や処遇を超えて、安易な無罪評決を 許さないという意味での有罪評決の確保を追求するものになったといえよ う。こうした見方は、バーガー・レンキスト・ロバーツ各首席裁判官の時代 の連邦最高裁の法廷の特徴として、捜査に対する手続的制約よりも適切な証 拠評価による事実認定を志向する傾向が指摘されている177)こととも符合す る。

ucr.fbi.gov/ucr-publications> によれば、1991年以降、暴力犯罪・財産犯罪ともに、その犯罪率 は2013年に至るまで減少傾向にある。もっとも、暴力犯罪については、2013年においても、深 刻な治安悪化が叫ばれた1970年代と同程度の数値を示しているため、アメリカの治安は依然と して深刻な状況にあるともいえよう。なお、1991年から2012年までのアメリカにおける犯罪減 少要因について分析した邦語文献として、藤田周良「アメリカにおける犯罪減少の要因」犯罪 と非行177号(2014)177頁148頁以下。なお、1970年代の犯罪率に関するデータは、原典を参 照することができなかったので、同論文の149頁に掲載されている図表を参照した。

175) バーガー・コート以降の裁判所が示した被告人の権利拡大に対する抑制的な姿勢について、

個別事件における諸権利の保護の現実的なあり方を問題にしたものであるとの評価を加えるも のとして、久岡康成「刑事訴訟における適正手続とフェア・トライアル」立命館法学231・232 号(1993)216頁以下、1141-1142頁。

176) Reiss, Albert J. Jr.(宮澤節生訳)「アメリカ合衆国における刑務所過剰拘禁」ジュリスト 863号(1986)62頁以下、63頁。

177) 洲見光男「ミランダ判決の45年」『三井誠先生古稀祝賀論文集』(有斐閣、2012)751頁以下、

754-755頁。

第3節 2013年サリナス・ケース連邦最高裁判決から得られる示唆

ドキュメント内 著者 梶 悠輝 (ページ 52-55)