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2013年サリナス・ケース連邦最高裁判決から得られる示唆  以上のような背景の下で登場したサリナス・ケース連邦最高裁判決から、

ドキュメント内 著者 梶 悠輝 (ページ 55-59)

第4章  若干の検討

第3節  2013年サリナス・ケース連邦最高裁判決から得られる示唆  以上のような背景の下で登場したサリナス・ケース連邦最高裁判決から、

第3節 2013年サリナス・ケース連邦最高裁判決から得られる示唆

の例外に位置づけられた。いうまでもなく、証人が自己負罪拒否特権を行使 する場合には、その理由を疎明することが求められる。そして、公判廷や、

身柄拘束下での取調べに内在する「強制的」な雰囲気のもとでは、訴追対象 者に包括的な黙秘権が与えられ、これらの場面で訴追対象者が黙秘した場合、

その黙秘は特権の行使とみなされることも確認された。以上の相対的多数意 見の見解を踏まえると、包括的な黙秘権を有しない当該被疑者にも、個々の 質問との関係では、証人に認められる証言拒絶権と同程度の供述拒否権が認 められるべきであるということになる。そうすると、自己負罪拒否特権の行 使にあたっては、少なくとも、その権利を行使することを「明確」に主張す ることが要求されることになるため、「明確な行使」を要求した本判決の論 理は、理論的に一貫したものであるようにも見える。しかし、そもそも、身 柄を拘束されていない被疑者とはいえ、これを一般的な証言義務を負う証人 と同列に論じることは許されるのか。

 そこで、次に問題となるのは、非身柄拘束下で取調べを受けている被疑者 にも、ミランダ告知後や起訴後の訴追対象者と同程度の自己負罪拒否特権、

すなわち包括的な黙秘権が保障されなければならない、あるいは少なくとも、

その黙秘の実質証拠としての利用の禁止が適用されなければならないといえ る場合があるのかどうか、という点であろう。この点に関し、非身柄拘束下 の被疑者に包括的な黙秘権を保障することを求める立場は、自己負罪拒否特 権により禁止される「強要」の存在が、身柄拘束自体ではなく、捜査当局の

「敵対者」として、当局による刑事訴追に直面しているという状況から生じ るとの理解を前提に、非身柄拘束下での取調べによってもそのような対立状 況が生じると主張する。したがって、この主張によれば、身柄を拘束されて いない被疑者にも、ミランダ法則に準ずる保護が与えられるべきこととなる。

 また、刑事訴追に直面している被疑者にとって、不利益推認は、被疑者を

「進退両難」に陥れることで、同人自身に不利益な供述を強いるものとなる と考えられており、同様のことは、非身柄拘束下においても妥当すると主張 されている。この主張によれば、任意であるはずの非身柄拘束下での取調べ

は、事実上、退去不可能なものとなる。しかも、連邦の刑事手続を念頭に置 けば、当該取調べにおける虚偽供述は、刑事制裁の対象となる。したがって、

逮捕に先立ち任意取調べを受ける被疑者は、その取調べが行われている場所 から退去すれば、そこから同人の有罪に直結する不利益推認が導かれる脅威 にさらされ、それを回避するために虚偽供述を行えば、刑事制裁の脅威にさ らされることとなるのである。そうすると、被疑者に残されるのは、供述す るという選択肢のみとなる。こうした状況は、伝統的に自己負罪拒否特権を 通じて忌避されてきた「進退両難」の状況に他ならない178)

 もちろん、本判決の射程は、被疑者がその自己負罪拒否特権を「明確」に 行使した場合には及ばず、この場合には不利益推認が回避されると見る余地 はある。しかし、そこで求められる特権の「明確な行使」は、被疑者に投げ かけられている質問の内容が、まさに自己の負罪に関わるものであることを 自認するよう求めるものであるといえる。そのため、法律上の問題は別とし ても、そのような特権の「明確な行使」は、事実上、被疑者による自白に等 しいものと受け止められてしまいかねない。したがって、結局のところ、前 記のような「進退両難」の状況は回避され得ないのである。

 しかし、はたして本判決は、非身柄拘束下での取調べに関して、そのよう な状況が一般化することを正当化するものなのであろうか。本件については、

被疑者が、保有するショットガンと犯行現場で発見された薬きょうに関する 弾道検査について質問が及んだ際に、不審な態度を示した事実と他の証拠関 係を踏まえれば、優に有罪が認定できる事件であったとの評価も示されてい る179)。本判決が、質問に答えていた被疑者の挙動が急に不審なものとなっ たことをあえて認定している点も、そうした評価の妥当性を裏づけているよ うに思われる。このような理解が正しいとすれば、本判決の射程は、当該被 疑者の沈黙が、同人が有罪であることとしか整合しないと認められるような 場合にしか及ばず、したがって極めて限定的なものにとどまると見る余地が

178) 本稿第3章第2節の違法説を参照。

179) Brindisi,Supranote 143,at 463-464.

残されよう。この場合、被疑者の黙秘は、すでに果たされた検察官立証を追 認するうえで、確認的に考慮されるにすぎないものとなる180)

 とはいえ、以上のように理解したとしても、本判決により、被疑者が、通 常は弁護人のつかない非身柄拘束下での取調べで、後に黙秘が自身の有罪を 示す証拠となりうるという状況で、供述するか、黙秘するかという、刑事事 件の帰結にとって極めて重大な選択を迫られるようになったことには変わり がない。このことは、アメリカの刑事手続における被疑者への黙秘権保障が、

著しく不安定になったことを示すものといえよう。仮に、本判決の射程が、

当該被疑者の沈黙が同人の有罪にしか結びつかない場合以外にも及ぶとすれ ば、本判決に対しては、非身柄拘束下で取調べを受ける被疑者の黙秘権をは く奪したものとの評価を加えざるを得ないであろう181)。その場合、アメリ カの刑事手続において、非身柄拘束下での取調べの比重がいっそう高まりつ つある中で、当該取調べにおける黙秘の実質証拠としての利用を許容した本 判決の影響力は、以下の理由から、計り知れないものとなることが予測され る。すなわち、黙秘の実質証拠としての利用が許されるということは、被告 人が黙秘したかどうかが同人に対する有罪認定を左右する、言い換えれば、

有罪の決め手となることが許されうることを意味する。そうすると、本稿第 1章で言及した自己負罪拒否特権の確立過程に関する革新的見解を説く論者 らが主張しているように、自己負罪拒否特権や黙秘権は、もはや行使困難な 権利となり、刑事手続が、再び、「被告人が話さなければならない」公判を 前提とするものへと逆戻りすることになるからである。

 なお、本判決の相対的多数意見・結論同意意見が、修正5条の自己負罪条 項の保障態様を身柄拘束の有無によって区別した点に批判的な学説の問題意

180) なお、山田峻悠「アメリカにおける自己負罪拒否特権の行使と不利益推認」比較法雑誌51 巻1号(2017)191頁以下は、「黙秘からの不利益推認」に関する連邦最高裁判決を分析し、被 告人が、訴追側の立証により証拠提出を行うように追い込まれたにもかかわらず、それを行わ なかったとの事実を、同人の有罪を示す1個の情況証拠として扱ったとしても、自己負罪拒否 特権には反しないとする。

181) 本稿第3章第4節の2(2)(c)を参照。

識を敷衍すれば、身柄拘束の「強制的」な性質を修正5条の禁止する供述の

「強要」と同視してきたミランダ・ケース連邦最高裁判決以来の連邦最高裁 の一連の司法判断について、その再考の余地が見出されることになるものと 思われる。今後、連邦最高裁は、修正5条の適用の「引き金」を身柄拘束の もつ「強制的」な性格に求めてきた従来の枠組みを再考する方向に進むのか、

あるいはサリナス・ケース連邦最高裁判決の射程を拡大し、被疑者が特権を

「明確」に行使した場合にさえも、その特権を行使した事実を実質証拠とし て利用することを許容する方向に進むのか、その動向を注視する必要があろ う182)

ドキュメント内 著者 梶 悠輝 (ページ 55-59)