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2013年サリナス・ケース連邦最高裁判決を巡る賛否

ドキュメント内 著者 梶 悠輝 (ページ 42-49)

第3章  2013年サリナス・ケース連邦最高裁判決

第4節  2013年サリナス・ケース連邦最高裁判決を巡る賛否

被疑者は、自身の保有するショットガンと犯行現場で発見された薬きょうに ついての弾道検査に関して質問が及んだ際に、沈黙し、床に目を落としたり、

足を動かし、下唇を噛むなどして、頑なな態度をとり始めたと認定されてい る。このような認定を踏まえて、「明確な行使」がなされなかったことを理 由に修正5条の適用を排斥した理由づけには反対しつつも、本判決の結論に は問題はなかったとする評価も見られる143)。このような評価の根拠として は、本件が、以上のような被疑者の態度を検察官が問題にしていれば、優に 有罪が認定できる事件であったことがあげられている。

2 2013年サリナス・ケース連邦最高裁判決に対する否定的な見解  本判決に対する肯定的な見解が少数にとどまったのに対して、学説の多数 は否定的な見解で占められている。以下では、この否定的な見解について詳 しく見ていく。

 ⑴「明確な行使」の要件  相対的多数意見が「明確な行使」の要件を要 求したことに対しては、学説において批判が加えられている。

 批判の1つは、非身柄拘束下での自己負罪拒否特権の行使において、「明 確な行使」の要件を求めなければ、2010年トンプキンズ・ケース連邦最高裁 判決144)と整合性をとるのが非常に困難になると述べて145)、同判決に大きく

chicagounbound.uchicago.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=2113&context=public_law_and_

legal_theory>.

143) Amanda Hornick, Salinas v. Texas: an Analysis of the Fifth Amendment’s Application in Non-Custodial Interrogations, 9 Liberty University Law Review 43, 61 (2014). See also, Karen Brindisi, Pre-Arrest Silence and Self-Incrimination Rights: Why States Should Adopt an Implied Invocation Standard under Their State Constitutions in the Wake of Salinas v.

Texas, 84 Mississippi Law Journal 431, 463-464 (2014). もっとも、本件被疑者の黙秘の証拠価 値に関する相対的多数意見の理解には批判もある。それは、黙秘の証拠としての価値が「絶対 的に曖昧」であることを理由に「明確な行使」を要求する(Salinas (n. 9), at 2182)ことは、

黙秘の証拠としての価値の曖昧さや有害さへの無理解の表れであるとの批判である。

Thompson Jr, Supra note 115, at 57.

144) Berghuis v. Thompkins, 560 U. S. 370 (2010). 145) Salinas (n. 9),at 2182.

依拠した146)ことに向けられている。トンプキンズ・ケース連邦最高裁判決 では、取調べにおいて、2時間以上にわたり沈黙し続けていた被疑者が、取 調官からの「少年に発砲したことについて神の許しを求めるか」との問いに 対して「はい」と答えたという事実関係を前提に、黙秘権の行使は「明確」

になされなければならず、2時間以上にわたる沈黙そのものは黙秘権の行使 とはみなされないと判示された。しかしながら、同判決は、黙秘の証拠能力 ではなく、自白の証拠能力を問題としており、本件とは議論の射程を異にす る147)ため、本判決でトンプキンズ・ケース連邦最高裁判決に依拠すること が妥当なのか疑問が投げかけられている148)。この点については、相対的多 数意見の中ですでに、次のように判示されていた。すなわち、「明確な行使」

が不要とされる前記の2つの類型に該当しない限り、沈黙そのものは修正5 条の保護に値しないため、トンプキンズ・ケース連邦最高裁判決の論理は、

自白と黙秘のいずれの証拠能力に対しても等しく適用される149)

 また、本判決の相対的多数意見が、非身柄拘束下での取調べの「強制的」

な性質を否定し、その取調べには、修正5条にいう「強要」が存在しないと しておきながら、同条の自己負罪拒否特権の適用を認め、その「明確な行使」

を要求することは矛盾であると指摘されている150)

 さらに、いかなる態様で特権を行使すれば、その特権を「明確」に行使し たと評価されるのかが明らかにされていないとして、「明確な行使」要件の 内容が曖昧であるとの批判も見られる151)

146) Green, Supra note 141, at 408.

147) Hornick, Supra note 143, at 62-63; Michael Brodlieb, Post-Miranda Selective Silence: a Constitutional Dilemma with an Evidentiary Answer, 79 Brooklyn Law Review. 1771, 1785

(2013).

148) Thompson Jr, Supra note 115, at 37; Sangero and Merin, Supra note 112, at 87; Brindisi, Supra note 143, at 459; Strandberg, Supra note 108, at 624.

149) Salinas (n. 9), at 2182.

150) Tracey Maclin, The Right to Silence v. the Fifth Amendment,University of Chicago Legal Forum 255, 263-264、276 (2016); Ollivierre, Supra note 104, at 595-596.

151) Thompson Jr, Supra note 115, at 40-42; Garrett, Supra note 115, at 121; Kerr, Supra note 140.「明確な行使」の要件に対する内容面での批判としては、さらに、特権の行使に際しては

 ⑵ 非身柄拘束下での取調べの「任意」的性質と自己負罪拒否特権  相 対的多数意見は、修正5条の禁止する「強要」を身柄拘束の「強制的」な性 質と同視し、非身柄拘束下での取調べの「任意」的な性質を強調することで、

身柄拘束の前後で自己負罪拒否特権の保障態様に差異を設けた。すなわち、

身柄拘束後の被疑者の黙秘は、同人により特権が行使されたことを推認させ る事情として扱われ、他方で、身柄拘束前に黙秘した被疑者が、その黙秘が 実質証拠として利用されるのを回避するためには、先に自己負罪拒否特権を

「明確」に行使するよう求められる。また、本判決の結論同意意見や一部の 学説152)は、さらに進んで、非身柄拘束下での取調べに関しては、不利益推 認の禁止を含む修正5条の自己負罪条項の適用が一律に排斥されるべきであ ると主張するのである。しかし、身柄拘束の前後で自己負罪拒否特権の保障 態様に差異を設けたことに関しては、学説上、多くの異論が見られる。以下 では、この点について詳しく見ていく。

 (

a

) 非身柄拘束下での取調べに内在する「強制的」性質  まず、非身 柄拘束下での取調べ自体にすでに「強制的」性質が内在しているのではない かとの疑問が呈されている153)。その根拠として、①被疑者が自ら出頭して 行われる任意の取調べといっても、現実には同人がいつでも退去し帰宅でき る状況にはなく、本質的に、個人の意思に反し、自己負罪を招く「強制的」

な圧力が含まれている点154)や、②被疑者が、取調官の手元に自己に不利に

定型句(ritualistic formula)が要求されるわけではないとする連邦最高裁自身による先例(Quinn v United States, 349 U.S. 155, 164 (1955))との整合性がとれないとの批判もある。この批判 によると、特権の行使に定型句は不要であるとしておきながら、他方で「明確な行使」を要求 す る こ と は 矛 盾 で あ る と さ れ る。Sangero and Merin, Supra note 112, at 86-87; Brendan Villaneuva-Le, When Silence Requires Speech: Reviving the Right to Remain Silent in the Wake of Salinas v. Texas, 16 Scholar 835, 857 (2013).

152) Stewart, Supra note 122, at 205-207.

153) Hornick, Supra note 143, at 44; Sangero and Merin, Supra note 112, at 98; Maoz Aurora, Empty Promises: Miranda Warnings in Noncustodial Interrogations, Michigan Law Review 1309, 1320-1321 (2012). さらに、本章第2節の違法説も参照。

154) Brindisi, Supra note 143, at 455; Rinat Kitai-Sangero, Respecting the Privilege against Self-Incrimination: a Call for Providing Miranda Warnings in Non-Custodial Interrogations, 42 NewMexicoLawReview 203, 210 (2012). 加えて、Goldberg,Supranote

なる証拠がありうると認識している状況は、取調べを受けているという状況 そのものと相まって強力な圧力をもたらす点155)があげられている。

 (

b

) 非身柄拘束下での黙秘の実質証拠としての利用の「強要」該当性   次に、非身柄拘束下での取調べにおいてなされた黙秘を実質証拠として利 用することは、修正5条の禁止する「強要」に該当するとの指摘が見られ る156)。なぜなら、こうした黙秘の利用を許せば、被疑者による取調べの拒 否や取調べ室からの退去が黙秘として扱われ、任意であるはずの取調べが、

事実上、退去不可能なものとなり157)、被疑者は「過酷なトリレンマ158)」に 陥ってしまうと考えられるからである159)。さらに、捜査官は、あえて逮捕 を遅らせ、被疑者にとって不利となりうる証拠として、供述か黙秘かのどち らかを必ず獲得できる状況を作り出すことができるようになる。そのため、

非身柄拘束下での取調べが、ミランダ法則の保護の及ぶ身柄拘束中よりもは るかに強力な供述強制をもたらすものとなりかねないとも指摘されている160)

18, at 834-838では、非身柄拘束下での取調べの「強制的」な性質に関する実証研究が整理さ れている。

155) Id., at 838, 840.

156) 本章第2節の違法説も参照。また、非身柄拘束下における任意取調べでの黙秘が後に自己 に不利に扱われうることを被疑者が認識する場合、同人は、捜査機関側からの積極的な働きか けがなくとも、憲法上の保護を放棄して供述するよう強いられていると感じる一方で、黙秘が 不利益に扱われうることを被疑者が認識していなかったとしても、そのような被疑者がした黙 秘を公判で不利益に扱うことは、前記のグリフィン・ケース連邦最高裁判決で禁止された黙秘 に対する制裁に該当するため、不利益推認が導かれうることを被疑者が実際に認識していたか どうかは問題がないとされる。Rucci Mark, State v. Lovejoy: Should Pre-Arrest, Pre-Miranda Silence Be Admissible during the State’s Case-in-Chief as Substantive Evidence of Guilt, 67 Maine Law Review 396, 407 (2014). See also, Notz, Supra note 77, at 1020.

157) Thompson Jr, Supra note 115, at 39-40; Donovan, Supra note 108, at 215.

158) 本章第2節の違法説を参照。

159) Totten, Supra note 115, at 1512; Brindisi, Supra note 143, at 433, 46 8; Kirk Ogrosky, Murad Hussain and Charles Weinograd, Silence As Evidence: U.S. Supreme Court Holds that the Fifth Amendment Does Not Bar Using a Suspect’s Silence as Evidence of Guilt, <https://

www.lexology.com/library/detail.aspx?g=61f0c293-44b7-4614-9437-98574bb319c3>. な お、 捜 査官に対する虚偽供述は、テキサス州法(CODE ANN. §37.08 (West 2011))・連邦法(federal law, 18 U.S.C. § 1001 (2012))の双方において刑事罰の対象とされている。

160) Berger, Supra note 125, at 1043.

 (

c

) 非身柄拘束下の被疑者に対する包括的な黙秘権の保障  以上の批 判を前提に、本判決に対しては、身柄拘束の前後で自己負罪拒否特権の具体 的な保障態様に差異を設けるべきでない以上、非身柄拘束下の被疑者にも、

ミランダ法則により身柄拘束後に認められるものと同程度の包括的黙秘権が 与えられるべきであるとの異議が加えられている。そのような異議の積極的 な理由づけとしては、次のような説明が試みられている。

 まず、被疑者は、非身柄拘束下での取調べにおいても、返答すること、あ るいは返答しないことの理由についての疎明を通じて、自己の負罪を招いて しまうかもしれないとの「合理的なおそれ」を抱く可能性があるため、包括 的な黙秘権の保障が必要である161)

 また、非身柄拘束下で取調べを受けることで刑事訴追に直面する被疑者に は、当局の「敵対者(

adversary

)」として、その地位に認められる特別な保護、

つまり包括的な黙秘権が保障されるべきである162)。すなわち、捜査当局に より嫌疑をかけられ、その取調べを受ける被疑者は、捜査当局との間で対立 状況(

situation of conflict

)におかれることになる163)。ここで被疑者が置か れる「敵対者」としての地位により、被疑者に特別な保護が付与されること で、当局は、当局自身を支援させるためにその「敵対者」、すなわち、捜査 当局により嫌疑をかけられ、その取調べを受けている「刑事訴追に直面する 者」を利用することが禁止され、「敵対者」は、自己を訴追する当局との接 触を適法に拒むことができるようになる。その際、自己負罪拒否特権の行使 は、「刑事訴追に直面する者」という地位そのものから暗示されるため、黙 秘を選択したことに関する説明や特権の「明確な行使」を同人に要求すべき

161) Cameron Oakley, You Might Have the Right to Remain Silent: An Erosion of the Fifth Amendment with the Use of Pre-Arrest Silence, 49 Creighton Law Review 589, 616, 621

(2015).

162) Sangero and Merin, Supra note 112, at 79; Sangero, Supra note 154, at 225; Michael Green, The Privilege’s Last Sound: the Privilege against Self-Incrimination and the Right to Rebel against the State, 65 Brooklyn Law Review 627, 706-707 (1999).

163) SangeroandMerin,Supranote 112,at 79.

ドキュメント内 著者 梶 悠輝 (ページ 42-49)