本節では、ここまでに見てきた判例を整理したうえで、不利益推認に関す る連邦最高裁判決の動向の全体像を描写し、一連の判例に対して寄せられて いる評価を整理する。
まず、ミランダ告知後の捜査段階での黙秘と公判段階での黙秘を実質証拠 として利用することは許されない。公判段階での黙秘の利用は、制裁理論、
すなわち裁判官や検察官が、公判で、被告人の黙秘に対して、同人に不利に 働くように言及することは、自己負罪拒否特権の行使に対する制裁にあたる とする理論により、修正5条の自己負罪条項に違反する(1965年グリフィン・
ケース連邦最高裁判決)。さらに、被告人には、不利益推認が許されない旨 の説示を裁判官に要求することができる権利が認められた(1981年カーター・
ケース連邦最高裁判決)。こうした判例によって確立された「不利益推認禁止」
原則は、アメリカの刑事裁判の特徴の1つとして、今日まで損なわれること なく維持されている106)。また、身柄拘束中の捜査段階での黙秘の利用は、
制裁理論が捜査段階にも及びうることから、修正5条の自己負罪条項違反と
103) Weir (n. 100), at 607. 本判決の意義として、禁反言理論が、ミランダ告知に先立つ身柄拘 束下の黙秘には及ばないことを確認した点をあげるものとして、Kerr, Supra note 62, at 499。
104) Larissa Ollivierre, Suspects Beware: Silence in Response to Police Questioning Could Prove as Fatal as a Confession, 65 Mercer Law Review 579, 580 and n. 11 (2013).
105) Salinas (n. 9).
106) Bellin,Supranote 59,at 248. 本稿第1章第2節の3も参照。
なる(1966年ミランダ・ケース連邦最高裁判決)。さらに、1976年ドイル・
ケース連邦最高裁判決で示された禁反言理論、すなわちミランダ告知には「黙 秘は制裁をもたらさない」という「暗黙の約束」が内在しているため、ミラ ンダ告知により誘発された黙秘を被告人に不利に扱うことはその約束に反す るとの理論により、修正14条のデュー・プロセス条項違反となる(1986年ウ ェインライト・ケース連邦最高裁判決)。
他方、被告人の公判での証言に関する弾劾証拠としての黙秘の利用は、一 定の場合に認められる。証言を行った被告人は黙秘権を放棄したと見なされ、
証言内容と関連性を有する限り反対尋問を受忍しなければならず(放棄理 論)、したがって、先行する公判での黙秘の弾劾利用は憲法に違反しない(1926 年ラッフェル・ケース連邦最高裁判決)。これを前提に、ミランダ告知前の 非身柄拘束下での黙秘(1980年ジェンキンス・ケース連邦最高裁判決)や、
ミランダ告知前の身柄拘束下での黙秘(1982年ウィアー・ケース連邦最高裁 判決)の弾劾利用も許容される。これらの一連の判例を踏まえ、裁判所が「弾 劾例外」を積極的に容認してきた理由は、一般に、以下の3点に求められる とされる107)。すなわち、①訴追対象者が証言を行う場合には、その偽証に 対応する必要が生じる点、②公判において自らの意思で自己負罪拒否特権を 放棄して証言を行った被告人は、もはや、その特権による保護を申し立てる 立場にはない点、③黙秘の実質証拠としての利用が認められれば、その黙秘 から生じる不利益な結果は、被告人の有罪に直結する取り返しのつかないも のであるのに対し、弾劾利用の限度であれば、証言を差し控えることで済む 点である。
以上のように「弾劾例外」が広く認められている中で、「弾劾例外」に対 する例外として、ミランダ告知後の黙秘の弾劾利用は、禁反言理論によりデ ュー・プロセス違反とされるのである(1976年ドイル・ケース連邦最高裁判 決)。
こうした判例の整理からは、黙秘の弾劾利用の可否が、ミランダ告知を基
107) See,Notz,Supranote 77,at 1023-1024.
点に判断されていることがわかる108)。すなわち、ミランダ告知後の黙秘は、
その証拠利用が一切許されないのに対し、ミランダ告知前の黙秘は、少なく ともその弾劾利用が、身柄拘束の有無にかかわらず許されるという状態が生 じたのである109)。そのため、ミランダ告知をいつ行うかについて裁量を委 ねられている警察官が、意図的に告知を遅らせることで、黙秘の証拠能力が 認められる期間を長引かせ、ミランダ法則による自白の証拠能力に対する規 律を先送りにすることが可能となった110)。以上の連邦最高裁判例の姿勢に 対しては、自白の獲得を容易にしつつ、黙秘権の具体的な保障態様を、その 告知をよく知る大多数のアメリカ国民には理解しづらいものにすることで、
自白強要の防止と時期に適った権利告知の保障というミランダ法則の目的を 損ねるとして、否定的な見方が少なくない111)。
108) Brian Donovan, Why Salinas v. Texas Blurs the Line Between Voluntary Interviews and Custodial Interrogations, 100 Cornell Law Review 213, 220 (2014); Bentz, Supra note 77, at 923; David Romantz, You Have the Right to Remain Silent: A Case for the Use of Silence as Substantive Proof of the Criminal Defendant’s Guilt, 38 Indiana Law Review 1, 27 (2005). See also, Anna Strandberg, Asking for It: Silence and Invoking the Fifth Amendment Privilege against Self-Incrimination after Salinas v. Texas, 8 Charleston Law Review 591, 609 (2013); Maoz, Supra note 53, at 1323; Hennes, Supra note 82, at 1025, 1029; Meaghan Ryan, Do You Have the Right to Remain Silent: The Substantive Use of Pre-Miranda Silence, 58 Alabama Law Review 903, 914 (2006).
109) 連邦最高裁がもたらした状況に対しては、愚鈍な警察官が律儀に取調べの際にミランダ告 知を行えば、黙秘の弾劾利用ができなくなるのに対し、ずる賢い警察官が告知を行わずに取調 べを行えば、黙秘の弾劾利用が可能となる事態をもたらしたとして、これを揶揄する見方が示 されている。James Duane, The Extraordinary Trajectory of Griffin v. California: The Aftermath of Playing Fifty Years of Scrabble with the Fifth Amendment, 3 Stanford Journal of Criminal Law and Policy 1, 11 (2015).
110) Donovan, Supra note 108, at 220. See also, Marty Skrapka, Silence Should Be Golden: a Case Against the Use of a Defendant’s Post-Arrest, Pre-Miranda Silence as Evidence of Guilt, 357 Oklahoma Law Review 59, 400-401 (2006).
111) Herrmann and Speer, Supra note 78, at 12; Hennes, Supra note 82 at 1015, 1037; Pettit, Supra note 78, at 216-217; Barbara Snyder, A Due Process Analysis of the Impeachment Use of Silence in Criminal Trials, 29 William and Mary Law Review 285, 337 (1987); David Melson, Fourteenth Amendment--Criminal Procedure: The Impeachment Use of Post-Arrest Silence Which Precedes the Receipt of Miranda Warnings, 73 Journal of Criminal Law and Criminology 1572, 1586-1587 (1982).