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2)小

ドキュメント内 1  条坊 遺構 と地 割 (ページ 46-49)

'II 

浩『 日本貨幣図史 10』 1965。

′∂び

3)赤

坂一郎「富木 鋳造 時代 のナ ゾ」『絵銭』 3,

1986。

4)今

井風 山軒『風 山軒泉話 』1889。

図譜類 にみえる宮本銭

昭和絵銭図討 昭和絵銭図譜        4

平城京出土宮本銭

右京八条―坊十四坪出土       東三坊大路東狽じ濤出土

Fig。

92 

富本銭各種 (実)

古本卜

和 同銭 卜無ニ ノ看 ア リ

,(中

略)或ハ富本 ノ字義ハ,和同銭司 ノ 開鑢祝賀 ノ銭 ナル 乎」

1)       2)

とした今井風山軒の説は,祝賀銭の当否は ともか く卓見 といえる。

今回の「富本」の発見は,従来の貨幣史研究に一石を投 じるものであ り,奈良時代に通貨以 外の銭が鋳造 された歴史的背景の解男が今後に残 された課題 となっている。わが国の貨幣制度

1)前

頁註

4)に

同じ。

2)富

本の字義については

,今

の所

,そ

の出典

,意

味を朔 らかにしがたい。晉の魚褒 の『銭神論』を 要約 した小葉 田淳氏は「富がすべての本源であ り,

貨幣が富の本体であるとい う所に

,銭

神論の核心 があるように解せ られる。」 と述べてお り (小葉 田淳「我邦貨幣 と厭勝的使用 との関係に就いての

考察」『 日本 貨幣 流通史』1943)富 本の意味を考 える上できわめて示唆的である。 また大 と十の合 字である「本」は

,奈

良時代には広 く本の異体字 として使用 されているが

,元

来は十人がけで進む ことの早 さを表わ してお り

,富

本は富の蓄積がは や く進む ことを祈願す る語句 とも考えられる。

′∂7

導入の模範 となった中国には

,す

でに漢代か ら厭勝銭 (えん しょうせん・ ようしょうせん

)と

よばれる通貨以外の銭が存在する。厭勝銭 とは災禍を鎮め

,福

をもた らすためにつ くられたま じない用の銭で,銭文には吉祥句や呪句

,霊

獣や神仙,星斗など特殊な字句や図柄を配 してお り

,先

述 したわが国の絵銭 と一脈通 じた性格をもつ。古泉界には「富本」を中国の厭勝銭 とみ る説 もあるが,中国か らの発見がない ところか ら

,わ

が国独 自の銭 とみて よいだろ う。 また中 国の唐代には

,誕

生を祝 して「洗児金銀銭」 とい う記念銭を私鋳す る慣行 もみ られぢ。中国の こうした厭勝銭や「洗児金銀銭」の慣行が

,貨

幣制度の導入 と同時にわが国に将来 された こと は

,唐

文化の模倣・ 導入を至上 とした当時の情勢か らみて

,充

分予測 し うる。現に「洗児金銀 銭」に類するものは

,平

安後期か ら中世の史料に散見される。 さらに貨幣の呪術的使用は,本

遺跡出土の胞衣重

SX1400や

地鎮め遺構

SX1535に

代表 されるように平城京内に広 く認め られ るところである。 また

天平宝字

4(760)年

に萬年通賓 とともに鋳銭 された金銭開基勝賓や 銀銭太平元質を,通貨 として流通 した形跡のないことか ら

,厭

勝銭 とみる説 もあ り

,昭

12年

(1937)に 開基勝賓とともに出上した賣行銀銭を含め ,  奈良時代の貨幣の厭勝的使用を再検討

す る必要性があろ う。

1)『資治通鑑』唐紀

 

天宝十載正月条。

2)『 山椀記』『 源平盛衰記』治承 2年 ■月12日条 の 中宮御産事や,『花園院御記』文保3年 4月21日 条の皇女御出産の記事などに

,金

銭九十九文の使

Zど

用がみえる。

3)原  

三正「銭貨学史序説(八)」『吉泉』26,1974。

4)末

永雅雄他「 開基勝費等出土地」『奈良市史 考 古編』1968。

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A

出土史料の性格

ドキュメント内 1  条坊 遺構 と地 割 (ページ 46-49)

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