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ドキュメント内 教 〕歴史的町鴨方の変貌 (ページ 89-100)

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O石

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石 13 5 i j ‑

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‑,立合式 日 御 小座 式 二 ノ闇

三 日 十三 日 二 十 日 但三 月者八 日 右列軽

御家老 御 中 老 御 小仕 m 御郡代 倒 判形 御 大 目付 御 厨 万 一,持 出式 日

毎 月八 日 御 勘 定所 二両 列座

倒家老 御 中老 御 中仕 匿 御郡 代 御 判形 大雅 日付 右式 日鮎 出候 音

鴨 方藩 の場 合,この評溝式 は, 立合式 が

,

「御座敷 こノ閲 」で行 なわれ てお り,指 出式 が勘 定所 で行 われ てい た様 であ るO岡山溝 な ど きちん とした城 .城 下町 を持 つ価 にお いては, これ らの式 は評定所 で 行 なわれ るのが通 例 なの で, そ うい った意 味 におい て.城 ・城 下町 を持 たず, しか も膚 主 が本 家池 田燕 の城郭円に住 んでいた鴨 方渚 は, 施設 やその他藩織 閑の盤 偏 が な され ていなか ったことは明 白であ ろ う.

ま た,鴨 方掛 こお い ては,この評議式 に,家老 ・中老等 の最重要家 臣 まで出席 してい る。谷 口澄夫氏 の研究(2)に よる と, 岡 山讃削 こお け る評定所 立合.括 出の 両式 の列座人 は小仕 閃以 下 であ り,年 寄 .中老 は含 まれ て いな い とい うことなの で, この点 も注 目に値 す る と言 え よ うO二 万 五千石 とい う小藩 で あ る の で,家 臣団の と りまとめ も容易 であ った とい うことであ ろ うか。

きて,鴨 方潜に は,評 定所 , その もの はお そ ら く撫か っ たであ ろ う串 は, す でに述べ たo しか し, 秤 議指 出式 を,毎 月八 日に勘定所 で行 ってい た ことか らも,勘定所 は,設 けてい た よ うであ るo 「御 格帳 」

‑71

の中で,助泣所 について記 してある部分があるので,少 し見てみ ることに しよう.

御物定所Tt指紙之中

一.新知御加増,御役軌 家督跡 目等之義右之列重キ苛 大略助家老,恨,江戸 二両者

f表庵依席之畳紙 二不及

‑,倒木出入 ,席出入,年延返上断所 道中割増,出立 日

石,御家老指紙之

伯,御家老之 弔者,衝

「 P

盲 ・曲小仕

i E/ i

‑,他 日見己下者,御判形 /j拍紙

伯,新 二増被下恢者御家老d掃紙之 ・瀕

‑,変名 ・死去 ・退去 ・帰老ほ ・参弟 日

石,御物鎖,朗分迄 ハ同席 /j届出,己下ハ頑 々,5届

‑,江戸詰用意次乳 出立 披仰付侠両,追 々出立届出侯者,奥 野卸 如乳 頭分者同侍るJ孔 己下

岸P I E 1 ‑ 々

ろ昂

‑,在汀戸之者,新知和加増,跡 目,何役啓等

右之 面々,江戸話御家老/j同所,御勘定所 当,指紙出 ス 僻家臣語 頓之年者,虚役 占差紙之

召i

右之通差紙出侯共,御国江相関次第乱 卸国 も一統之迎某紙出陳習

一般に,勘定所 とは,作廻 方,判形,勘定奉行等 が詰 め,溝財政を司 る役所 とされている。 (少 な く と も,岡山溝はそ うである。(3))しか し,前記の史料 よ り.鴨 方店 におい ては,執 こ,津別政 を司るの みな らず,家臣田の相続 ・役 軌 また, それに付馳 してこる家鰍鮮え, さ らには,家 臣B]の変名 ・死 去等 ,家臣岡統制全般 にわたっての霞要 な職務 も司っていたのではないか と考え られる。岡山柵の評定 所持出式に当たる ものが.鴨方伴 では. この勘定所 で行 なわれていたとい うの も,あるいはそ うい った 内部機関 との舶超が あっての ことなのか も知れない。

に,践制に ついて触れたい と想 うが,残念 なが ら, 岡山池田洋の 「藷将交代 」(4)の様 な まとまった 史料が存在 しないので.恥方店の株制を明 らかにすることは,非常 に困錐 であると言 えよ うC しか し, どうい う役取 があ ったのか とい うことについては,不完全なが らも

,

「何格帳 」その他の史料か ら,め る程旺知ることがで きると思われ るので,ここではそれをあげてお く。

先に,評議式列座 の所 で登場 した,家老 (仕 払暁 を勤 めたと思 われ る ),中老 ,小仕FL・郡代 ・flJ形 大 目付 ・留方がある ことは, 言うまで もないが

.

「御格帳 」にその他の役鶴 を兄い出せ る記述があるの で,次に示 すことにす る。

大納戸 相働 方

小納戸 郷武具方

御 弓方 卿古物 方 御数寄屋 方 卸触万

御馬頭 御馬具

飾厳格 御世方

御進物 方 御内所附 御郡 目付 在 方織普請奉行

御銀 方 御勘定方

御徒 目付 御作田 方 御室所 方 町田授料方

坊主方 噛蝋燭 方

御様 方 御車梱 り小頭 右,手 々個人用前年分

J

Lr出可中

値,個人用無之分者炎段1.月・出二不及 詐取人 等奉行 壱人

割人 御勘定人 壱人

この史料は, そrLぞrtの諸役 ・諸方においての入用 を,月毎 に甘 さ出 させていたことを示 してい る。

そして同時に,少 な くと もこれだけの機関 .役帝が,鴨方慈円に存在 し,執務 していたことを物語 る も の である。 この史料は, さ らに,

地,江戸,月 々御入用勘定寄,寄奉行ru伸判形江差乱 御判形 Fc)御用 方一統江相過 し可申

ヨ 1

と続 く。つま り,月々の諸役,諸方の入TT]勘定1m ま,寄奉符(5)か ら判形 ・判形 か ら御用 方へ廻 ってい くのである。普通,寄奉行 と御 削形 の㈹にあ る馳定奉行が,ここには存在 していないので,鴨 方曲 では, 勘定奉行 とい う役職 は,存在 しなかったと思 われるのであるo もちろん,町奉行 に ついては,城下町 が 存在 しなか ったので, あ り得ないことは言 うまで もない。一風変 わ った役職 として目につ くのが,油蝉 燭方であるD当時,雌 鰍 ま,鴨方雅の産物(6)としてあげ られている・ものなので, この役職 は, その関係 の もの であろ うと.qJえ られる。

それでは,次 に,鴨方鰍 こお ける家 臣団統制につい て,相続,役職任免 .改易 ・追放 ・郷暇等 を,具 体的にみてい くこ と忙しよ う。

まずは じめに相続についてであるO鴨方満の 「卿栖帳 」の相続 に関す る部分 を見 ると,次の ように記 載 されてい る。

‑,平士 を給 人格 こ被仰付,件御徒 二御地不被成侯

‑,御物頭己上限居 と被仰付侯笥 成分 己下者休恩 と被仰付候車

‑,父卿徒私 共嫡子‑士格,尤御知行.切米等被下肥,別 二御車公罷在 院内,右父yE去跡 目被仰付 候斬首,家続 と椴仰付候

御租之儀 も件之格を以中上侯fljt 御 綴目禄 こ父之名出 し不申

父家統被仰付候付候倒礎者 .相調可申TiI

‑,父隠居被仲村跡 目件 江被仰付幌節者,家督 と被仰付候 磐 伯,御家宅 より平士己下右同断

‑,父死 去之跡

節跡 目と被仰付候部

‑,嫡子別 二被月出御給米 父 より多 く被 下略分 も父 よ り上格之時者,父死去跡 目被仰付家続 と被仰付 候

9 1

但 ,父之御給米被召 L,倖 江被LF旺候 を被 下候故,家続 と被仰出候

様子ニrTJJて‑

江被下田候分 を被召上,父江被下院分 を被下候得者,家幣又者跡 目 と被仰付候 事

家続 と被仰出候乳 御礼,跡 目家督同様

‑,

峨 ろ御 中小姓二御取立之 者地役之儀 ‑御持物 二御定有之候事 二俣得共,父子共,格別,・B数 も無 之格別ハ良敵 も無之候 ,一通 り之者二俣得者,役 目之節御用役心村之郡

父御取立御中小姓 二被成,跡目御徒 二被仰付候可相勤,回人又御取 立.二n]御 中小姓 二被仰付候糾 者,此跡 目士枯 二居 り御中小姓 二被仰付侯ELj才

勿論父存命之 内郷犀 二両 も御中小姓二御犀複成侯f=):i

二代 目迄御中小姓二相成候得者.三代

/i,、士格屠 り二相成候事 尤‑代之内御 取立二両追 々頭分迄 二相成族得者 上略居 り候苛

以上の史料 よ り,鴨方体の相続形懐につい て,次の ような ことが言 えよ うO (1) 平士 を給人格 にした勘合, その息子は,徒 までは格 が落 ちることはない。

(2) 自主的に職 を退 く場合,物頭以上の者 は.頗居 と言い,頭分以下の者 は,休恩 と言 ったo (3)相続の原因が,父の障居 (休恩 も含む )の場 合は,家督 と称 したO

(4)相続の原因が,父の死去 である場合は,跡 目と称 した。

(5)嫡子が別に仕官 して格式 も給米 も,父 よ り上位の時 は家続 と称 LT=Q軌 この家続の時は,父の 給米は召 し上げ られて,嫡子 の給米 をその まま下 され た。

(6)軽班の者 で も二代 ・三代 に渡って,中小 姓 に取 り立て られれば.格か ,徒 ・平士 と上がっていくこと0

相続については,岡山潜の卓例で,谷 口氏が詳 しく研究 されてい るが,今 まで見 る限 りにおいては, 鴨方藩の相続形懐は

,

岡山池田雑の それに準ず る もの と思われ る。 ((3)〜(5)に ついては,谷 口氏 の見解 を参考に した )(7)

養子相続 については,鴨方背 の 「御格帳

には,

‑,実子,養子無之者死去仕候得者早速家屋輔差上侯綻 二候得共 ,末期笹子又者兼而内存 二存寄之者 斬上候者ハ右斬無之

却下矧無之 ハ共 二価足弱共家屋輔居中 fff

この ように しか記 されていないので,詳 しい ことはわか らないが, やは りこれ も岡山席の それ とほぼ 同 じである と考 えてまちがいないであろ う。

次に,役職任免に伴 って行われた と凪Lわれ る屋敷 替 えについて,鴨方蒲 の 「御格帳

に詳 し く織 って いるので, それをこで紹介 してお く

‑,家屋敷新 二被下 御家老被仰睦

‑,新屋敷 地被下家 作科被下候乱 御家老被仰渡

御乱 麻上下着,御家老,御中老′伸小仕 挺頭へ詞勤

‑,的確家屋敷有之在江戸又者,幼年様二両較家杯江有 居候而捕 上置,己後家虚数被 下朕 も御家老被 仰渡

御≠3,平服,働家老,御中老,御小 仕旺

江爾助

‑,家屋取入迫 り被仰付候 ハ御中仕 LuT移

‑,家屋敷御借上被成,追而被下僕酌御中仕 旺移 御租,平服 二両御小仕 置頭江廻軌

‑,卸借家者,御仕値移 御

右同断

‑.御長屋御 貸被下朕者御判形井小仕艦被申達 支配頭江働手紙 申逝侯

初而御貸被成侯者 ハ御題平服 こ而微小仕置御 判形頭江姻勤 己後者御判形頭江廻勘

但,御徒 目付以下‑初而御貸巌下脚 fl形頭江姻 軌 己後茂同断

‑,御家中役 替之gB'.共晶二私 屋敷入替 り,披抑付候

‑,家屋敷不被下供而不成者 ニ‑普 鞘被仰付祇下辰又者,屋敷地 二普荊科孫被下

これ らの史料 か ら,

(1) 役 替 えに伴 って屋敷入 れ替 えが行 われ る ことがあ った。

(2) 新 T二に屋敬 を建 てた り, 修理 す る必要 のあ る場 合,普請料 を藤が負担 す ることがあっ T=。

(3)新 たに土地 .屋敷 を もらっTこり,借 り上げ た りしT=時 は,必ず御礼勤 め を しなければな らなか っ f二。

但 し, その場 合, す ぐに もらえた り,借 りられ る場 合は. きちん と上下礼装 で廊礼勤 めを し,幼 少 ・江戸在任 中等 の都合 で,す ぐに もらえない,又 は借 りられない場 合 は平服 で御 礼勤 め をしなけ ればな らなか った。

(4

)

正賓 な役職任 命 は,家 老が行 い, しか も家屋敷 も,与 え られる ことが多か ったが ,軽 い役瑞lこつ いては,判形 ・小仕 位等 が行 い,家屋敷 も貸 し与 iLることが多か った。

以上の様 な ことが言 えるであろ うO具体的 に, どの役 嚇以上な らば家原敬 が与 え られ, どの役職 以 下 に なるとfWEtだけになるのかが分か らないのは残念 であ るが,史料 の制約 上止 むを柑 ないO この点に つl い ては,今後 の研究 に委ねる。

戚後に ,改毅 ・追 放 ・御暇についてふれてい くO 「鋸憾 帳 」において,次の ごと く示 されてい る。

‑,御勘定所 二而話部手合相済候上,不ぷ 二呼乳 頭分以上仲 間両三 人同道

御勝手 ロ二両 .脇指,御徒 目付御 法之断 申達 シ,痢取 ・御 小仕 荘出席 .大御 目付被仰渡,読疫 ス 仲fH]・壱人相添

平土者仲間 繭三人間道,倒小

FJq出席大 助 目付,読硬 ス,朗相請銃 剣右同断 相風 面 二御勝手 口 二両瑞他 こ乗せ,大 小憶中共 ,添紙 二包,徒 目付壱 人,仰徒 二人 ,足軽 二人,大小持御小人壱人 附添,米 門 r3出 シ御 国墳迄遵越 ,大小壊 中相渡引沸候申.

右引沸倣断,大御 目付 Fc'却家

fl速 ス,諸中大御 日付斗 シ邪

‑T 諸家 内引沸者頗分以上 ハ御 小仕

m

f'伸仙被 申移 ,州 別 hJ三 人参取斗候弔。

畔上 ‑疎 石仲間江申移 ,右同断

引沸相済候断,頭 rj御 中仕la1江相届俣野

‑.御 改易人跡之串 /、,親頼,綾頼 二両茂節 出候得者,御家老御 矧 乱 世話焼候可勝手次 蔚 江戸 二而 ハ,御屋敏 円類家 相之時 ‑仲 間内 出席

‑,御改鼻人臥 親類之内 二両茂引崩使願出候者,共 時之 御様 子

二I

rr了被仰付俣 野 も有之

‑,助追 放,右同断取斗

伯 ,御改易 と被仰出陳得者濁佃

御 追放 と被仰付侯得昔歩行 と相心得旨 ,事保三成 年 九月

様 二而 御本家被仲 此方様准右

ドキュメント内 教 〕歴史的町鴨方の変貌 (ページ 89-100)

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