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ドキュメント内 教 〕歴史的町鴨方の変貌 (ページ 136-157)

郎右エ門 45.503̲00 1.901.00 0.35 2.0 0 29.517̲I 1. 2.

長 兵 柵 1.00 1.00 1.0

14.50 1.20 2.4 0 38.1 6. 0 2.0 1. 0 千 治

4,60 1.60 1n3.3 3̲ 1 3̲ 7

尽 吉 16.40 76▲0 0. 7

級 ‑ 10.5 I. 0

友 十 郎 0.30 ー3.5 1. 0

岩 平 2.30 54̲I 1ー 2.

書 16.10 q̲2 I.0

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照 五鮎 4.50 12n̲7 3̲ 2

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介子怨古 ‑ 20.9 4, 7

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) 「新 川 破 in/J、人 用 類 帯

板 」

「新 川 倣 81夫 役 類等 帳」 (文政9年 12月 )(拓戸家 文i77, 岡 tM t 総合文 化 セ ンター所 蔵 )よ り。

明治

5

年.再び ロ杯村 に よる天草 触池水 の掻 水 ・楯 水 が訴訟 に及んだ

。8

月の 「浅口部鴨 方村 天 質 池用水之義同郡 口林村右両村 ru衡 訴訟車 中上 侯 一件済 口御願 下昏 」⑬ に よると, 以下の よ うに内済

してい るE, 史料

4

奉 差上済 口御 願野付 (前 略 )

‑\ 鴨方 村用水 溜字天 草他,傍 口林村地所 両村之 内,小作人等 ハ両便 之作揚 用水法則際 立侯 而 ハ 都而後害 を康候条 難斗 ,依 之 平韓積水塘水之義双 方遷 存之 簾 一洗 ,以後餌差 時両村為 筋取 斗可 申事D

̲

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J̲魅 模様 有之年柄,減 水本 植蜂之千三本 目穴取侯 ハハ横水増水不 相成, 乍 去 口林地内之 田方 天水 一 処 も不見 面凡四反歩 有之 二付, 両村役人中懇談 中上 . 乍恐王政 一休 之大 義を差 合立 毛確 立侯様分水取斗可申申 o

(後 略 )

この 「天草 地用 水作 配分差綻 fjl件 」の内済 後,聖 6年 には早魅 のTこめ,横水 を差留 めたい鴨方 村 と,本 樋蜂 の子三本 目が干 上が って も分水 を続 けては しいとい う口林村 の問で熟談 内済 して以 下の ように確認 してい る.

史料

5

(前 略 )

‑、 口林村田方天 水 処四反歩 之分 ハ,本 楯蜂之子三本 目早 場 リ候後 二而 も,去壬 甲 (明治5)壁 済 口規定之通 申分無之 .分水取 斗可 申中 O

‑\ 口杯村畑方木綿仕付之場所凡 弐町弐反歩天草池 蜂之子三 本 目早 揚 院後増 水駁 之 義,更 二改 理工 己後底水迄無指 障増水取 斗可 申 ,別間池 水闇入費秋 と し而, 当発酉 /j永 々米一石宛毎 年 口林村

ru相弁 可申歩 。

‑、 口林 村山王 池八幡前池鳥越 池夜中池掛 り手末之方夫草 地添之場所 凡 一町歩 有Z,前条之 通購 致出釆候 上ハ,己後底水 迄浅水取 斗可申 ,尤 本掛 り鴨方村 田地用水抜 下ケ不 申相打 留中 ハ掻水 不相成 野。

‑、 向後天革地内堀本堤上 匿等 二而 潮水 潤 沢二相威儀普請 二付 口林村 田畑 地上等ハ,同村 占指故 障之間軌 尤 他瞥鞘入費 ハ鴨方村拙 ひ 口杯村 におゐ てハ関 係無之

以上の ように, 口杯村 の主張が はば通 り, 用水配水 を得 るか わ りに毎 年 1石 ずつの弁純 が命 じ ら れ てい る。 天草池 の哲理鯵樺にあて られ た ものであろ うO

こ陥 り易 か っTこ鴨方地 方 では

,

地 も豊田 な水 星を持 つ天碍 他をめ ぐって, 鴨方村 と口杯 村 で 水 論が繰 り返 され Tこ. 毎年少 か らず暫 帝夫役 を 負担 してい る鴨方村か ら,用水 の専 有権 を主張 し続 けT二が

,

「濁水 可 」とい う他行が定着 し, 普南天役 員也 を条件 に. 口林村 の用 水権が 徐 々に認 め ら

れてい った と思 われ るo今回 は, 鴨方村 内 の曲糞生産性 と用水権 の関係 に つい て考 察 で きIj:か った のだが,沓帝夫役 負担 の実態 と含めて,今後 の研 究 に期待 しTこい ものであ るO

古島敏雄 『近世 日本曲革 の構造』東京大学 出版会

270

② 玉置哲 ・旗手恥 ・今村奈良 吉編 r水利 の社 会構造J 国際連 合大学

15

木村礎 r近世 の村j教 育社

152 頁

④ r浅 口郡誌

J 164‑ 5

前掲④ に同 じ

高戸 家 文昏 (岡 山県総 合文 化セ ンター所蔵 )

① 前掲(丑に同 じ

36 9

前掲①に同 じ 191

: i

⑨ 前掲② に同 じ

24貞

前掲

に同 じ

153 頁

⑪ 前掲① に同 じ 一件 倍額 の 口上宙の う らの一つであ るO

⑲ 前掲⑪ に同 じ

⑱ 前掲(6)に同 じ 「天草 地絵 図井水論済 口取 替打

」(明治5年 )の袋 に入 ってい る. 「口林村 之内 応岡分新 地願 上鴨方村 天草地内堀 池辺 り口林 村 田地 上大理之 場所 内堀土持上 地 上ケ仕 水溜 上 根 石垣脇付 捉新地敷地之分 ハ高岡分辻作地引討御 奉行 横付都 督朝願 上候 二付両村申談之覚 」(文

7年 10月 )

前掲

に 同 じ

( 画

藤 Lfl家文 杏 (岡 LLJ県 史偏 芽室所 蔵 フ ィルム )

⑲ 削掲

に同 じ 「天革池絵 地図井水輸 折 口香 か額 」の内の 一つ明治

6

8月 17

(丸 山千I

1丈)

(3) 頓 母 子粥の具体相

近 世 におけ る栃 母子 吉縄 ア 傾 母 子誹の概 略

頬 母 子誹 は,講 ELのあい だで組織 された相 互敵地 の仕組 み であ る。 その力法 は,罰親 (耕元 ), または発起 人 が

,

U数 と‑ 口当 りの金髄 を定 めて

山 を毒筆般 し. 月一 回 とか年一 回の よ うに.止 別 的 に講会 を捌いて‑ L:l、当りの定協 を掛 け金 として持 ち寄 り,初 回 には観 が,第二 回以後は入札 に よ って誹 中が.各 回の掛 け銀 を取得 す るとい うものであ る。 全 rjが掛 け銀 を牧村 した時 を もって枇会 と し, 鰍 ま解 散す る。 その過程 におい て,親 は所定 の金街 を, 誹Fllは落 札高 に よって許出 され た金 額 を, それ ぞれ取得棚の うちか ら末落 札者

割戻すのが時代 と供 に‑般 化 して くるO これが,す な わ ち利子 に和 当す る ものであ るO また親 お よび落札者 は担保 を提 出す ること もあ る。

以 上の よ うな仕組 みは, す でに

愈 時代 に頼 母

f(

感子 ・悠 母子 ・懸 支 ・租支 ・惣敷 )と称 して, 工 として貧困者 のあいだで,相互共済 の方法 としてひ ろ く行 なわれ た. 当初 は無 ,FIJ息 ・無私 保の も の がほ とん どであ ったが掛 け金 を怠 る ものがLlJて きたの で, しだいに利 了・や也 保 を敏す るよ うに な

った。 室町 時代 に入 ると,土合 ・質絹 が抱僻 を と り利 子 を徴 して, 同 じ仕組 み で金徹 を行 い, これ

無尽 と称 した ところか ら, 栃 母子 も無尽 と称 され るよ うにな り,頼母子 と撫足 は同一物 の名称 と な った。

頼母子 (撫尽 )が最 も盛 ん に行 なわれ たの は江戸時代 で,相 互 融通 の ためだけでな く, 寺社 が修 理貿 用 を調達す るため,商 工第着 が資金 を調速 す るためな ど,僅 々の 即 付の ため盛 んに頼 母子 が用 い られ たO また町人のなかI,こは無尽 の斡旋 や講 口の売 払 掛 け金 の取染 め,入札 その他 の事務の取 扱 いな どを糞 とす る もの も現 れ たO また取退邦宅尽 あ るいは隠拾無尽 といわれ るよ うな,取金後,掛

け金義務 を免れ る賭 博類似 の もの も行 なわれ たO

明治以後 ,銀行 をは じめ各 塩の近代 的 な金 融機仇 が発達 したが. これ らの金 敵機幽 を利 用 し得 な い小商工芸者,良家 ,下級 の俸給佳 活者の あい だで

,

邦モ尽 はひ き続 き盛 んに行 なわれ,庶民愈触機 関 の一 つ と して,今Ftに至 るまで広 く利用 されてい るO その うち皆業 として行 なわれ る無尽 につい ては.大正

4(19 15 )

年, 政府が地毛尽業 法 を制定 して これ を免uq:営巣 とし,昭和

26(1951)

年 , 同法

代 って相 互銀行法 が制定 せ られ,無尽会社 は それ ぞれ相互銀 行 として両発足 す る ことに な ったO (注 1 )

近他におけ る板母子許 の発 展

近 世社会経済 の特質

中世 と比峻 して近世の社会 経済

苗 は次の よ うな点 で異 ってい る。 まず は,村落 が単一領主 に よ り一円支配 され るよ うにな t),地城 におけ る連 続性 が強 まった こと. 次 に村落榊道 が,封飢的 であ った り, 自給 自足 を原則 とした曲民社 会 で,年頁 の村 荊制度 や五人組 に よる統 制な ど,共 llJl体村落 であ り, そのため共 同体維持 の ため,/1産 ・哨世何期 を行 ない,共済事業 に よ り脱 溶者 を防 LEす る

必要が増 した ことO 第三 に城 下町の成 TLに よ り交換経済が生 じ, さ らに それが発 展 し,商 品経済が 展開 した ことであ る。

この よ うに当初 は,本 百姓 を中心 とした 自給 自足的何輪矧 T']体 を堪盤 と して近世 社会は構成 され たo 農民 は村落Jt同体か ら統 一的制約 を受 け る とと もに,生 活 も共済的 に保教 きれ たo ところが封 建 社会の進展 に伴 って都市 が発達 し.商品経 済 が全 国的 に広 が るにつれて.地 方村落 兆同休 も商

生産 に対応 す るよ うにな り, 商工丑 資金 の耐歩 を増大 し金敵機鳩 を必要 とす るよ うに な るO 鞍財 政

も支出増大 に よる赤字 を郁 うために, また武 上階板 も禄 高 を械せ られ零 細化 し, と もに金融 磯幽 が 必要 とな る。宗 教的 に も.小規模 な村 落寺院経営 の ために.新 しい金融機 幽 を必要 として くるO

こ うい った封鎚社会の変矧 こ伴 い, 頬骨 千金 胞 も共済的 な ものか ら,生 産 資金 調達の手段 として 営 利的 な もの‑ と変 って くる。 (注

2)

近 世頼母 子金 融の変質

近 世初期 におけ る藩営 ・武士頼 侍If鰍 1.参勤交代 におけ る旅出の支弁 を目的 とした もの であ っ たが,貨幣軽所 の進展 に よ り財政 が傾 斜 して くる と, 資金調達 の ために柿母

f

を利 用 す るよ うにな る。

寺社 におい て も, 当初 は寺社の創設 ・捗理 に朝 母子 を利用 してい たが, やがて その射倖 性 を極度 に利用 し

,

富鞍 として行 な うようにな る。

村落共同体 で も, 当初相互扶助 ・共済 をR的 と して行 なわれ てい た栃母 子粥が, 商品生産 の普 及 と供 に変質 し,商工菜丘金 調達 を目的 として利用 され るよ うにな った。

商 人において も,商人 JlB]土の親和的 な轍 母子諦利 周が,資金調達の ために利用 され るよ うにな る。

この よ うに頼 母子誹の利 用 目的が変 化 す るに伴 ない,頼母 子誰の手法 も変 化 したo 相互扶助的金 融 として利 用 され てい た時 は, 渦中 は村民 を原則 と し,鞍取 に よ り取金 の頃 を決定 してい た。 また 取 金

掛金 ともに均等式 で,無利 子 ・撫担 保 であ ったO それが商工菓 資金調達 を目的 とす るよ うに な ると,講 巾は同‑村落 とは限 らな くな り, 耳金の完結 を一致 させ るために取金方法 を鞭 取式 で行 ない,入札 に J:って取金後の利 子の高い者か ら落札す るJ:うに した。 その ため掛金 は逓減,取 金は 退 場 し,金額 も著 しく詔妬 とな った。

また資金稲給 の不‑敦 を郁 うための新 しい手段 として.無尽売 Elや無尽也保金 融 が行 なわれ るよ うにな る

無尽売買 とは,資金招宴者 が他人の 当 り範 を もらい受 け ることで,代 りに その後 の掛金 義務 を負 うことにな る。 無尽担保金軌 は,末 当奴 の頼 母子 を担保 に してお金 をf?りることで, 晩年 にな ると,頼 母子 だけでは出 勝循 lこ足 らず,家 財道具 ・田畑 ・人 間 を も担保 にす る ものや,他人 の 頼母子 を担保 にす る ものが増加 したO ここで問屈 とな るの は,軸足 売 買の勘 合, 資金稲要者 ‑貧 困 者 が買手 と/cL・り掛 こ参加 し.売手 であ る‑E;i補晋 が謂か ら脱退す るの で,講 が弱体化 して しま うこと であ り,軸足担保金融 では.質屋 ・菜摘段 らに よ り諭が支配 され,庶民金勘 としての機関 が,高利 貸 資本家 に支配 され る傾 向 を生 じることにな る。 (注 3 )

ドキュメント内 教 〕歴史的町鴨方の変貌 (ページ 136-157)

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