2.1 がんの早期発見、診断技術(ライフサイエンス)
(1)事例分析に当たって
①対象とした技術の概要
本事例分析では、当該技術を以下のように捉え、調査・分析の対象とした。
・がんの早期発見に有効な診断技術(画像検査、生化学検査、病理検査、遺伝子検査)の中で、
日本においてがん死亡率1位かつ従来技術では早期発見の困難であった肺がんに対して効果 が大きいとされる画像検査技術
・画像検査技術としては、CT スキャン、ヘリカル CT 検査を主対象
②調査方法および対象
本事例分析のための調査は、当該技術に関する専門家等へのインタビュー調査を主とし、さらに 文献調査・統計データ分析を実施した。
インタビュー調査の対象
公的研究機関等(国立がんセンター)研究者2名、企業(CT メーカー)役員1名
(2)技術動向
がん早期発見には、1970 年代から開発が進む CT スキャンの高性能化の寄与が高く、CT 開発では日 本がリードしている。
1980 年代から民間企業を中心に開発されていたヘリカル CT により、早期がん段階の非常に小さな 腫瘍を発見できるようになった。
1990 年代に入り、民間企業がヘリカル CT をさらに高性能化したマルチスライス CT を開発し、厚 生省・文部省・科学技術庁の共同事業「がん克服新 10 ヵ年戦略」による実証・導入の支援がなされ、
肺がんの早期発見増加へ寄与した可能性が示唆される。
(3)公的研究開発・支援の位置付け
CT スキャン技術に対する主要な公的研究開発・支援は以下の2事業である。
・1994 年から 2004 年の期間に実施された、厚生省・文部省・科学技術庁の共同事業「がん克服 新 10 ヵ年戦略」は、ヘリカル CT を用いた肺がん検診内容の解析、ヘリカル CT の画像データ に対するコンピュータ自動診断システムを用いた専門医と初心者による診断内容の比較・検 討、マルチスライス CT の開発と臨床応用といった面で、民間企業が開発したヘリカル CT・マ ルチスライス CT の肺がん早期発見への適用性の実証・導入支援に寄与した。
・2002 年から 2006 年の期間で実施されている厚生労働省の「医療情報技師の育成」事業において は、システム・ネットワークを活用して、医療診断技術の高度化に対応できる人材を育成す ることで、画像診断の高度化に寄与している。
また、インパクトアンケート調査結果によると、当該技術に対する公的研究開発・支援の寄与度合 いが「大」もしくは「中」と回答した割合は約8割と高い。
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(4)技術の経済・社会・国民生活へのインパクト
CT スキャン導入による主なインパクトは、肺がんの早期発見である。胸部X線写真や喀痰細胞検 査では発見できなかった早期がんが発見できるようになった。
東京から肺がんをなくす会(ALCA)のデータによると、CT 導入前は人口 10 万人に対して 163 名の 発見率であったが、CT 導入後は人口 10 万人に対して 361 名と倍以上の発見率となっている。特に、
発見肺がんの内訳をみると、転移していない早期がんが全体の約半数から約8割と増加しており、こ れが生存率の向上へ大きく寄与しているとみられる(5年生存率でみて、早期Ⅰステージと次のⅡス テージでは約 25%の差がある。)。
また、治療による生存率向上が見込める早期のがんを発見できるようになる等、検査の信頼性が向 上するとともに、治療効果が期待できる適切な患者に医療行為を投入することが可能となった。一方 で、微小ながんが発見されることにより、それを切除するか否かについて、自己決定を迫られるとい う側面もある。
さらに、CT 装置の市場も拡大し、2001 年における日本の CT 装置の市場規模は 496 億円となってい る。ちなみに、シェアトップは東芝(47.3%)であり、ついで GE 横河メディカルシステムズ(32.5%)、
シーメンス旭メディテック(10.5%)となっている。
インパクトアンケート調査結果によると、インパクトが「大」もしくは「中」と回答した割合が、
経済的インパクト、社会的インパクト、国民生活へのインパクトともに 80%を超えており、特に国民 生活へのインパクトは 90%を超えるに至っている。
(5)まとめ(総括および課題等)
以上の総括および調査の過程であげられた課題等に関する意見を以下に示す。
①当該技術のインパクトと公的研究開発・支援の寄与(まとめ)
・国のこれまでのがん対策は主に、がん機構の解明・早期診断技術の開発・研究体制の確立の3つ を柱に行われてきた。そのなかで早期診断技術として開発されたヘリカル CT は日本企業が特許 を保有する技術として蓄積があり、世界をリードする水準である。
・公的研究開発・支援は、ヘリカル CT の実証研究を中心に寄与したとみられる。肺がんの早期発 見、診断技術としてヘリカル CT が使えるということを実証することで、当該分野でのヘリカル CT の販売拡大に寄与した。装置の販売拡大は、開発も促進した。
・コンピュータ支援自動診断システムなど、画像検査と関連したシステム・ネットワークの開発に も公的研究開発・支援は寄与している。
・当該技術は現在、特に肺がんを早期に発見する検査技術として社会(検査の信頼性向上等)およ び国民生活(検査時間の短縮やがん早期発見による治療効果向上等)に幅広いインパクトを有し ている。
②指摘された課題・今後の研究開発・支援のあり方等についての意見(参考)
○現状と課題
・製品市場の拡大が課題である。世界市場が拡大する中、日本製品のシェアは縮小傾向にある。こ
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の原因として、海外企業に比べて、開発コストが人件費を中心に割高であることと販売力が弱い ことが挙げられる。(企業・役員)
・医療現場の IT 化(CT の高速化・精密化に伴う画像データ量の増大に対応するシステムの確立)
が課題である。(公的研究機関・研究者)
・CT 以外の検査技術(MRI・PET・超音波・内視鏡など)の開発・実証試験では公的支援はなく、
これらの開発技術では欧米に先行されている。(公的研究機関・研究者)
○今後の研究開発・支援のあり方等についての意見
・戦略的支援が必要である。アメリカがん研究所は、ヘリカル CT による肺がん検診のランダム化 比較試験の結果、ヘリカル CT の有効性が低いことを公表している。これは欧米でヘリカル CT が 普及し始め、かつ、この分野で日本が先行していることを意識した戦略的研究結果であるという 見方もある。一方、日本では、ランダム化比較試験を行うための研究計画書が作成されたものの、
総額 24 億円の研究費の確保が困難なため、いまだ死亡率減少効果の正しい評価は行なわれてい ない。 日本からもヘリカル CT の有効性に関する研究結果を提示するといった行動をとらない限 り、技術で勝って戦略で負ける可能性が高くなる。(公的研究機関・研究者)
・バイオバンクの設立、診療データのデータベース化などのインフラの確立と、IT 化に対応でき る医療専門家(リサーチナースなど)の育成が必要である。(公的研究機関・研究者)
・開発を阻害する規制の撤廃がまず必要である。(企業・役員、公的研究機関・研究者)
・人的基盤・ネットワークが弱い。人材・技術の流動性が少ないため、技術が個々の組織内に密閉 化され、実用化研究を阻害している。(公的研究機関・研究者)