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10‐1‐3 貧困分析と脆弱性分析:脆弱性 の諸指標

ドキュメント内 kihon-j (ページ 58-64)

(1)所得と消費に着目した数値例

本項では簡単な数値例を用いて、脆弱性の諸指標 について説明する。経済A、B、Cは、それぞれ

「高所得層」4人(所得の期待値=200)と「低所得 層」4人(所得の期待値=50)の2つの階層から構 成されている10。貧困線としては、消費水準100が通 常の貧困線、消費水準50が極貧の貧困線として与え られているとしよう。天候その他の理由により、豊 作と不作が2分の1の確率で各自に生じるため、毎 年の各自の所得は変動する。このリスクは経済内の 個人間で相互に無関係(統計的に独立)と仮定する。

単純化のためにマクロの経済成長は無視する。また この経済は、すべての財が貯蔵不可能であるがため に毎年、それぞれの経済内ですべての所得が消費さ 個人

高所得層 1 2 3 4 低所得層 5 6 7 8

年1 250 250 150 150 75 75 25 25

年2 250 150 250 150 75 25 75 25

年1 250 250 150 150 75 75 25 25

年2 250 150 250 150 75 25 75 25

年1 200 200 200 200 50 50 50 50

年2 200 200 200 200 50 50 50 50

年1 210 210 190 190 60 60 40 40

年2 220 190 210 180 70 40 60 30

3経済共通 経済A

「その日暮らし経済」

経済B

「完全な消費安定化経済」

経済C

「部分的消費安定化経済」

所 得 消 費

表10−1 数値例

出所:筆者作成。

6 これら4つの厚生低下に着目したリスクと貧困の相互関係に関する理論と実証研究について、より詳しくは、黒崎

(2001)、Fafchamps(2003)を参照されたい。

7 具体的には、効用関数と生産関数、投資関数などがどのような形態をしているのか(関数型とその関数を特徴づけるパ ラメータ)、所得を変動させる原因となるショック(天候不順・天災、病気・けが、市場価格変動など)がどのような確 率で生じるかの統計学的な分布に関する関数型とその関数を特徴づけるパラメータなどの情報が必要である。

8 多数の家計や企業、国などのデータを一時点に関して集めたものを、クロスセクションデータと呼ぶ。一つの国や企業 などのデータを長期間継続して集めたものを、時系列データと呼ぶ。多数の家計や企業、国などに関して、それぞれの 複数年次の経済活動を追ったデータ、すなわちクロスセクションのそれぞれに関して時系列データが得られるようなデ ータをパネルデータと呼ぶ。

9 黒崎(2003)

10 「人」としたが、同じ構成の世帯でもかまわないし、同じ構成の世帯が同数組み合わされたグループであっても、本項 の議論は有効である。

「貧困削減と人間の安全保障」調査研究報告書

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れる「バナナ経済」の下にあるが、各個人は相互扶 助の取り決めを行うことができるとする11

この3つの経済に含まれる計24人の所得と消費 を、2年間調査して、表10−1のようなパネルデー タが得られたとしよう。それぞれの経済で、番号1 から4が高所得層、5から8が低所得層に属する。

単純化のために所得のパターンは3経済で同一とす る。例えば番号1は、高所得層の中でもたまたま2 年とも豊作に当たった者、番号8はたまたま2年連 続で不作となった低所得層の者である。

経済Aは、各年の各自の消費が、各年の各自の所 得に等しいという、いわば「その日暮らし経済」で ある。個人の消費は大きく変動し、それに応じて低 所得層のうち3人は少なくとも1年以上、「極貧」

となってしまう。

経済Bにおいては対照的に、各年の各自の消費は、

各年の各自の所得ではなく、高所得層であれば200、

低所得層であれば50という各自の恒常所得に等しく なっている。これは「完全な消費安定化経済」であ り、バナナ経済においては、村落構成員の間で効率 的にリスクがシェアされていることを意味する12、13。 効率的なリスクシェアリングを実際に可能にするメ カニズムとしては、相互扶助の規範に基づく所得の 移転、インフォーマルな貸し借りなどが考えられ

14。経済Bにおいては、「極貧」は生じない。

経済Aと経済Bはある意味2つの極端を示したも のであって、現実の途上国は両者の中間にあるだろ う。これを示すのが経済C、すなわち「部分的消費 安定化経済」である。各自の各年の消費は、恒常所 得と所得の変動分の一部を加えたものとなってい る。

このデータを用いて、静学的な貧困分析を行うと どうなるであろうか。用いるのはいわゆるFGT貧困 指標である15。それぞれの時点に関してそれぞれの 経済の貧困指標を計算し、2年間の平均を示す(表 10−2)。当然ながら所得で測った場合、3つの経 済の貧困は同一である。消費で測ると違いが出る。

貧困の頻度(貧困者比率)では、高い貧困線を用い た場合に3経済に差はないが、極貧ラインを用いた 場合には経済Bが貧困ゼロ、経済AとCで25%の貧 困者比率となる。貧困の深さ(貧困ギャップ指数)

では、高い貧困線を用いた場合に3経済に差はない が、極貧ラインを用いた場合には経済Aで12.5%と 最も貧困指標が高く、続いて経済Cの6.3%となる。

貧困の深刻さ(2乗貧困ギャップ指数)では、どち らの貧困線を用いても、経済Aが最も貧しく、Bが 最も貧しくないという結果が得られる。すなわち総 体としては経済Bで貧困が最も小さく、経済Aで貧 貧困線=100

貧困者比率 貧困ギャップ 2乗貧困ギャップ 貧困線=50

貧困者比率 貧困ギャップ 2乗貧困ギャップ

経済A

「その日暮らし経済」

0.500 0.250 0.156 0.250 0.125 0.063

0.500 0.250 0.125 0 0 0

0.500 0.250 0.134 0.250 0.063 0.018 経済B

「完全な消費安定化経済」

経済C

「部分的消費安定化経済」

表10−2 数値例に基づく貧困指標の値(消費で測った2時点の貧困指標の平均)

出所:筆者作成。

11 詳しくは黒崎・澤田(1999)を参照。

12 この場合は全村落構成員である必要はなく、高所得層全員および低所得層全員それぞれのグループの間でのリスクシェ アリングでも十分である。

13 Townsend(1994)、黒崎・澤田(1999)

14 Fafchamps(2003)、黒崎(2001)

15 この指標を提示した3人(Foster=Greer=Thorbecke)の頭文字を取ってFGT指標と呼ばれる。人口nの経済において各 人を所得ないし消費yiの低い順に並べ、q人が貧困線zを下回っていた場合に、FGT指標は、P¿=Σi=1,..q((z-yi)/z)¿/nと して定義される。 ¿=0の時、人口の何%が貧困であるかを意味する「貧困者比率」、 ¿=1の時、貧困者の所得不足の 合計が貧困線に人口を掛けた金額の何%にあたるかを意味する「貧困ギャップ指数」、 ¿=2の時、貧困層内部での不平 等が深刻なほど貧困指標の値が大きくなる「2乗貧困ギャップ指数」(狭義のFGT指標)となる(山崎(1998))。

第Ⅲ部 貧困削減と人間の安全保障に関する論点整理 第10章 リスクに対する脆弱性と貧困:経済学のアプローチ

困が最も深刻であることが分かる。

同じデータを「脆弱性」という観点から動学的に 分析することが以下の課題である。経済A、B、C の中で、最も脆弱な経済はどれであろうか、そして 経済A、B、Cに含まれる総計24人の中で、最も脆 弱な個人は誰であろうか?

(2)消費の低下に着目した脆弱性の指標 1)2時点間で貧困に陥った者

「ショックによって生活水準が低下してしまう 可能性」16として脆弱性をとらえるならば、2時点 のパネルデータを用いて得られる4つのカテゴリ ー、すなわち「2時点とも貧困であった者」、「貧 困を脱出した者」、「貧困に陥った者」、そして

「2時点とも貧困でなかった者」のうち、「貧困に 陥った者」を脆弱な者とみなすことが可能である。

これらのカテゴリーに分けることで、2時点間で 下降しやすい家計のタイプ、上昇しやすい家計の タイプなどを明らかにすることができる17。3時 点以上のデータにカテゴリー分けを当てはめる場 合に関しては、黒崎(2003)の展望を参照された い。

表10−1の数値例で高い貧困線を用いた場合、

3経済すべてにおいて、高所得層は2時点ともに 貧困線の上、低所得層は2時点ともに貧困線を下 回ることになる。極貧ラインを用いた場合、経済 Bでは誰もこれを下回らない。他方、経済AとCで は個人番号6が「貧困に陥った者」となる。した がって、「貧困に陥った者」が人口に占める比率 を脆弱性の指標とするならば、脆弱性が高い順位 は、経済A=経済C≧経済Bとなる。

2)2時点間の消費変化

2時点間での厚生水準の落ち込みに着目して脆 弱性を測るならば、貧困線にこだわる必要はない。

そこでGlewwe  and  Hall(1998)は、2時点間の 消費の変化率そのものを「リスクに対する脆弱性」

の指標とみなし、これがよりマイナスであればあ

るほど脆弱であると解釈したうえで、消費変化率 の決定要因を回帰分析した。

この指標で表10−1のデータを見ると、経済A では番号6が脆弱であり、これに番号2が続く。

この2人のみが脆弱となる。経済Bには脆弱な者 はいない。経済Cでは番号6が最も脆弱で、これ に番号8、2、4が順に続く。ただし経済Cにお ける4人の消費低下率は、経済Aにおいて消費が 低下した2人よりもかなり小さい。したがって、

消費が低下した者の低下率の総量で脆弱性を測れ ば、経済A>経済C>経済Bという順位、消費が低 下した者の総人口に占める比率で脆弱性を測れ ば、経済C>経済A>経済Bという順位になる。

3)貧困の恒常的・一時的要因への分解

思いがけないショックによって消費が低下する 可能性は、過去において消費の変動が大きかった 家計ほど大きいと予想される。ただし消費の変動 のうち、貧困線を上回った部分で生じる変動は、

脆弱性として注目する必要がないかもしれない。

そこで、パネルデータで観察される消費の変動の うち、貧困線を下回ることにつながっている部分 のみを取り出し、その部分がどれほど大きいかに よって脆弱性を測ることが考えられる。

Ravallion(1988)は、パネルデータを用いて、

各 期 の 静 学 的 貧 困 の 平 均 を 「 全 貧 困 」( t o t a l poverty)、各自の消費の時系列平均をとり、それ に対応する貧困指標の値を「慢性的(恒常的)貧 困」(chronic poverty)、全貧困から慢性的貧困を 引いた残りを「一時的貧困」(transient  poverty)

とみなす要因分解を提案した18。仮に消費が完全 に安定したならば、一時的貧困は必ずゼロになる し、逆に消費が不安定になればなるほど、2乗貧 困ギャップ指数などリスク回避に対応した貧困指 標を用いる限り、一時的貧困は大きくなる19

したがって「一時的貧困」の推定値は、あるグ ループがリスクに対してどれだけ脆弱であるかの 一つの指標とみなすことができる。同様に、個人

16 World Bank(2000)p.139

17 Sen, A.(1981)、Sen, B.(2003)、Grootaert and Kanbur(1995)

18 表10−2に示した数字は、ラヴァリオン分解の用語を使えば「全貧困」に対応する。

19 Ravallion(1988)、Kurosaki(2003)

ドキュメント内 kihon-j (ページ 58-64)