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第4章 「定常状態」への移行に際してエネルギーおよび食料の果たす役割

第2節 :食料市場と正義

1.不正義としての飢餓と穀物生産

2009 年における飢餓人口は 10億2000 万人と推定されている。1970 年以降の推移をみ れば、70年代から90年代半ばまでは減少していたがそれ以降増加に転じている。その間、

世界人口は70年の37億人から2009年には約68億人へと一貫して増加している。飢餓人 口の地域分布をみれば、アジア・太平洋地域やアフリカ・サハラ地域に多くみられ、これ らの地域で約90%となっている(図4-2)。

※単位は100万人

資料:FAO「The State of Food Insecurity in the World 2009」

4-2 2009年飢餓の地域分布(人口と割合)

一方で食糧供給、特に穀物生産量は 1961 年以降、減産する年もあるがほぼ一貫して増 加傾向であり、2009年には約22億5000万tであり、これは同年の世界人口を養えるだけ の量であった。また同年における穀物生産量の地域別割合では、アジアで 43 %、南北ア メリカで約28%、ヨーロッパが約20%である。以下、アフリカ、オセアニアと続く(図

4-3)。さらに発展途上国による穀物生産量は、世界全体の 54 %を占め、コメにいたって

は96%を生産している。

アジア・太平洋, 642, 63%

サブサハラ・ア フリカ, 265,

26%

ラテンアメリカ・

カリブ, 53, 5%

近東・北アフリ カ, 42, 4%

先進国, 15, 2%

資料:ワールドウォッチ研究所『地球環境データブック』

4-3 2009年穀物生産の地域別割合

穀物在庫量は、大きく減少する年もあるが、全体的には増加傾向である。特に 1999 年 から減少した後に、小さな増減を挟んで2006 年以降再び増加傾向である。2006 年の約3 億4600万tから、2009年には約4億7600万tへと増加している。

さて、これらのデータを整理すれば① 2006 年以降、穀物は在庫量を増やしており、09 年の穀物生産量は世界の人口を養うのに充分な量があった、②穀物生産量の半分以上が発 展途上国で生産されている、③飢餓人口のほとんどはアジア・太平洋地域やアフリカ・サ ハラ地方などの発展途上国である、ということになる。世界全体での穀物量は充分にあり ながら、その主要生産地である途上国において飢餓が発生しているのである。冒頭、飢餓 の要因のほとんどは貧困だと述べたが、貧困地域と飢餓地域の分布をみれば、おおよそそ の通りだといえよう(図4-2および4-4)。

資料:世界銀行HPデータベースhttp://www.worldbank.org/en/topic/poverty/overview 2013210日最終閲覧

4-4 2008年貧困の地域別割合

つまり、途上国で生産される食糧は彼らのためのものではないことになる。こうした傾 向は戦後続いてきたわけであるが、この要因は「緑の革命」や「換金作物」による先進国 および多国籍企業の途上国支配という構図に見出すことができよう。

「緑の革命」とは、多収穫品種の開発・導入であり、その問題のひとつとして多収穫品 種が発展途上国では通常生産できない物資を必要とし、それがないと全体の生産体系が維

ヨーロッパ&中

央アジア, 0.5 東アジア&太

平洋地域, 14.3 中東&北アフリ

, 2.7

南アジア, 36 サブ・サハラア

フリカ, 47.5 ラテンアメリカ・

カリブ, 6.5

アジア 43%

アフリカ 7%

南北アメリカ 28%

ヨーロッパ 20%

オセアニア 2%

165)スーザン・ジョージ(1980)『なぜ世界の半分が飢えるのか-食糧危機の構造-』(小南裕一郎・谷口真里訳)朝 日新聞社、p133.

166)スーザン・ジョージ(2011)『これは誰の危機か、未来は誰のものか』(荒井雅子訳)岩波書店、p123.

持できないことがスーザン・ジョージによって指摘されている 165)。多収穫品種を導入し た発展途上国は、その生産において多国籍企業から技術供与を受けたり、生産資材の購入、

肥料を輸入する必要が出てくる。このように高度な技術体系のもとで生産される食糧は価 格が高騰する。結果、農民の賃金据え置きによる価格維持か、市場にまかせて貧しい消費 者の手に届かなくなる。

また、多収穫品種の導入は、発展途上国は多収穫品種の生産を自国だけで行うことがで きないために、当事者国間に従属関係を生み出すことになる。先進国や多国籍企業の物質 的・技術的な支援、財政的な援助を受けることにより、従属関係が生じる。こうした中で、

途上国の作る作物は「換金作物」としての性格を帯びる。「換金作物」とは、生産者と利 用者が一致しない作物であり、ある国が従属関係にある国に対して、望みのままに作らせ る作物である。

要するに、多国籍企業が多収穫品種という高度な生産体系を一式そのまま発展途上国に 持ち込み、従属関係を構築し、換金作物を作らせ、利潤を生み出すという構図が出来上が ったわけである。換金作物は途上国の人々向けではないし、仮にそうであったとしても、

彼らは高度な生産体系のもとで価格が上がった作物を買うことができない。

貧困地域における飢餓は、先進国や多国籍企業の利潤追求が、途上国を舞台に食糧生産 において展開されたことの結果として存在するのであって、それによって途上国の人々の

"Basic Freedom"は阻害されているのであり、明らかに不正義である。

2.経済の金融化と食料市場の限界

サブプライム・ローン問題にみられるように、資本主義経済が近年において急速に金融 化していることは第1章で述べた通りである。まさにサブプライム・ローン問題が顕在化 している2007年から08年にかけて世界の食糧価格は高騰し、発展途上国において多くの 人々が飢餓に見舞われた(図 4-5)。スーザン・ジョージは、今回の食糧危機が「新自由 主義グローバル化時代の最初の危機166)」として出現したことを指摘し、それが07年から08 年にかけて現れたことに新自由主義時代の食糧危機の特質をみている。その特質とは金融 投機の影響を受けていたことである。

167)スーザン・ジョージ『前掲』pp125-132.

168)農林水産調査室(2008)「食糧危機の原因と日本の対応方向」pp2-8.

169)広瀬隆(2009)『資本主義崩壊の首謀者たち』集英社新書、p47.

注)穀物価格指数は20022004の平均値を100としている。

資料 ワールドウォッチ研究所「地球環境データブック」および

FAO HPhttp://www.fao.org/worldfoodsituation/wfs-home/foodpricesindex/en/(2013/2 /10最終閲覧)

4-5 穀物指標価格と飢餓人口の推移

食糧価格高騰の理由としては様々な理由が挙げられているが、一般的に①古典的な受給 要因、②天候・気象現象、③石油価格高騰、④中国・インドなど新興国の需要増大および 食生活の変化、⑤土地と食糧作物の農産物燃料(バイオ燃料)生産への転換、⑥金融投機、

⑦自由貿易化などがあるとされている。しかし、ジョージによればこれらの理由の中には でっちあげとも言えるものもあるという。穀物価格高騰の理由として確かなものとしては、

石油価格高騰と農産物燃料への転換を挙げている 167)。日本においても農林水産調査室の 報告書において同じような指摘がある 168)。しかしながら、ジョージによれば今回の穀物 価格高騰の最たる要因は、穀物市場における投機によるものだとしている。

この点に関して、広瀬隆氏はサブプライム・ローンによるニューヨーク市場の株価暴落 によって、株式市場から投機マネーが逃げ出し、原油先物市場、そして穀物先物市場に流 れ込み、それが食糧価格高騰の要因だとしている169)。氏によれば、全世界の株式市場は2007 年の時点で7200兆円規模で、その3分の1にあたる約2400兆円をアメリカが占めていた。

サブプライム・ローンでニューヨークの株価が暴落し、大量の投機マネーが原油先物市場 に流れ込んだが、原油先物市場はわずか10~15兆円規模であり、市場はすぐにあふれ、

さらに穀物先物市場へと投機マネーが流れ込んだ(図 4-6)。その結果として食糧価格が 高騰したのである。

750 800 850 900 950 1000 1050

0 20 40 60 80 100 120 140 160 180 200

1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004 2006 2008 2010 2012

穀物価格指標 飢餓人口 100万人

170)大山徹(2011)「商品先物取引と詐欺罪」『法学研究』849号、p382.

171)大山徹「同上」p382.

172)第一形態には現物を実際に必要としている農家や飼料会社、食品卸会社などが関与する。穀物の価格は天候や寒 暖に左右されるため、先物市場を利用することによって、それらの不確実性を度外視して、購入時点・引渡時点より 遙か前にこれらの商品を売買することができる(大山徹「同上」p383.)

資料 広瀬隆(2009)『資本主義崩壊の首謀者たち』集英社新書、p48.

4-6 投機マネーの規模と流れ

一次産品の取引は、基本的に「先物取引」となる。この先物取引には第一形態と第二形 態があるとされ、第一形態「商品を将来一定の時期に現実に受け渡すことを目的にして、

購入時点や引き渡し時点に先立ってこれらの商品を売買する形態 170)」である。第二形態 は、「商品を将来一定の時期に現実に受け渡しすることを目的としないで、事前にこれら の商品を売り買いし、決済期限より前にこれらの商品を買い戻したり転売したりするとい う方法で差金決済により利鞘を稼ごうとする形態171)」である。

そもそも商品先物取引は、価格変動に対するリスクヘッジ(リスク回避)のための制度 であった 172)。こうした意味において、先物取引は取引する当事者同士にとって不確実性 を減らし、安定した取引を行う仕組みで、第一形態が本来の役割であり、そうした意味に おいては先物取引は大きな意義がある。

しかしながら広瀬氏の指摘に基づけば、07年から08年にかけての食糧価格高騰による 危機は、穀物先物取引における第二形態の影響を強く受けていた。これは単なる需給関係 や生産能力を超えた問題であり、ここに今回の食糧危機の特殊性があるのであって、ジョ ージが新自由主義グローバル化時代最初の危機であると強調したのは、まさにこうした理 由によるのである。

「市場原理主義」型の新自由主義が目指すのは、単一の完全競争市場の実現である。す なわち、新古典派的市場観に立脚するものである。新古典派の市場モデルは、市場はその

ニューヨーク原油先物市場 1015兆円規模 シカゴ穀物市場

全世界の株式市場 7200兆円

ウォール街 2400兆円

サブプライム・ローンで 株価暴落。投機マネー

が先物市場へ

原油市場があ ふれて穀物市場