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第4章 「定常状態」への移行に際してエネルギーおよび食料の果たす役割

第1節 :要約

本論文は気候変動を中心とする地球環境問題や経済的な問題から生じる持続可能性の危 機を背景として、「持続可能な社会」への転換に関して政治経済学的にアプローチした。

具体的には J.S.ミルや H.E.デイリーの「定常状態」論に依拠しつつ、エネルギーおよび食 料の視点からその実現可能性を明らかにすることであった。そのために4つの課題を設定 した。それぞれの課題について、以下において各章の要約を含めて応答する。

(1)資本主義経済における環境および経済的持続不可能性(第1章)

資本主義経済においては様々な企業が財・サービスを生産しており、消費者がそれを消 費する。これは物質的には資源の消費から廃棄に至るフローである。企業は利潤をより多 くあげて存続することが使命であるから、生産の強化に当然努める。そうなれば当然、消 費される資源量も増加し、廃棄物も増加する。このことが環境負荷増大の要因であり、顕 著な問題としてあらわれているのが二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出による 地球温暖化といえよう。この要因は現在の経済活動が化石エネルギーに依存していること による。経済規模の拡大とともに、エネルギー消費も増加しているが、近年の化石エネル ギー依存度は約8割である。また、当面、経済規模の拡大とともに化石エネルギーへの8 割程度の依存が続いていくと予想されている。

経済的手法による環境対策としては、課税と排出権取引が一般的である。課税は外部不 経済の内部化を狙いとして、例えば二酸化炭素の排出に対して課税される。これは一定程 度の抑制効果は認められても、根本的な資源消費は抑えられない。課税によって企業の強 烈な利潤追求からくる生産の拡大を止めるほどのインセンティブは埋め込めはしないだろ う。一方の排出権取引は、その取引形態が先物などのデリバティブを取ることが多くなっ てきており、二酸化炭素の金融商品化がすすんでいる。商品となってしまえば、絶えず供 給されなければならないのだから、排出権取引は矛盾を含んだものとなっている。

一方で近年では経済の金融化が進んでいるが、その最たる例がサブプライム・ローン問 題といえる。所得の低いサブプライム層に住宅資金を貸し付け、その債権を証券化する手 法が生み出され、住宅価格の上昇を背景にそれら証券化商品の取引が活発化した。ローン を組ませるという手法が、実は資本主義経済が内包している「供給はそれみずからの需要 を創造する」というセイの法則の現象形態である。なぜなら、企業は自分たちの商品はよ り多く売りたいのであるから、消費者の購買能力を超えた商品でも、ローンを組ませるこ とによって将来の所得から現在の購買資金を補填させることを推奨するからである。

これが意味することは、環境負荷をかける経済規模の拡大はローンにみられるような経 済の金融化によってより拍車がかかるということである。以上のことから、このままでは 結果的に環境的持続不可能性はより深刻になると考えられるのであって、持続可能な社会 への転換が要請される。

(2)持続可能な社会が立脚する思想(第2章)

持続可能な社会へと転換するに際して、どのような道徳観念に立脚すべきであろうか。

政治経済学的アプローチによって社会の転換を論じようとするならば、何を善とし何を悪 とするか、何を重要と捉えるのか、といったことに関して基本的な立場の表明が必要とさ れよう。そうした議論のきっかけとして環境問題を語る際に世界的にキーワードとなって

いるSustainable Development概念に注目した。SD概念をもとにした3つの経済モデルが

植田和弘氏によって紹介されたが、それらモデルの基本は環境容量を意識しつつ、生産の 強化を重視した従来の考え方から一線を画し、「生活の質」を重視したものである。これ を詳細にみると、SD 概念には基礎資源の充実をはかり貧困層へのケアをはじめとした人 権的要素が含まれていることが導出された。広義に捉えれば、SD 概念は生存権をはじめ とした基本的人権に基づく経済社会のあり方だと理解できる。

基本的人権は、現代国家であればおおよその国で憲法などに組み込むことで保障されて いる。本論文においては、日本国憲法を例にとってみたが、特に重要なものとして生存権 と「公共の福祉」の考え方があげられる。生存権は単なる生命の維持ではなく、自己の生 存が維持されることはもちろんのこと、趣味などといった文化的な活動に参加できるよう な生活を営む権利であって、(特に経済的に)そうした能力のない者に対して国家が積極 的に関与する義務である。そして生存権をはじめとした幸福は各人において自由に追求で きるが、それは「公共の福祉」に反しない限りとされる。「公共の福祉」とは、A.スミス

や J.S.ミルにとっては他人の利益や幸福のことであって、「公共の福祉」の阻害は不正義

とされる。社会の基盤には一方で生存権を追求する自由があり、他方では「公共の福祉」

をめぐって正義・不正義の問題がって、この両者のバランスが問題となる。

正義についてかわされている様々な議論をみることで、正義に内在する要素があぶり出 される。正義に関して、功利主義的な立場にあるベンサムと現代正義論の祖であるロール ズがしばしば引き合いに出されるが、それぞれ重視するものが福利と権利・自由で違いが ありつつも、両者ともに生存を基礎においていた。

生存は他の様々な自由を追求する上で、最も基礎になるものである。本論文では、生存 を追求する自由・権利を"Basic Freedom"と規定した。持続可能な社会およびその移行に際 しては、この"Basic Freedom"に立脚すべきだと考える。このことは、人々の幸福や暮らし を向上させることが使命の政治経済学と見事に歩調を合わせるものでもある。

(3)"Basic Freedom"を保障しつつ環境・経済が持続する社会としての「定常状態」論の可能性 と再規定(第3章)

古典派経済学においては、人口と食料の増加速度の違いや収穫逓減法則、資本蓄積の結 果としての一国における利益率の低下などによって、意識の差こそあれ「富と人口の増加 が停止した状態」としての「定常状態」という認識は共有されていた。J.S.ミルによる「定 常状態」の把握も、状態としては「富と人口の増加の停止」であることに変わりないが、

「ザイン」および「ゾルレン」の二通りに把握され、「ゾルレンとしての定常状態」が理 想的であるとして積極的に評価されている。それは、労働者が豊かに暮らせて人間的成長 が可能であったり、徳を身につけられる、格差の縮小・是正が可能であり、また人間の精 神的成長にきわめて重要な自然が残されるからだと考えている。移行に関しては、当面の

間は利潤率の低下をしのぎながらアソシエーションの実現によってなしうると考えてい た。なぜなら「定常状態」における人々は正義感と自制という独立の徳性をもった人間的 に極めて成長した人物が求められるのであって、それを育てるのがまさにアソシエーショ ンという人々の結合である。だからこそ、労働者=資本の所有者となれるように理想的私 有財産制度の構築が必要だと考えていた。

ミルの「定常状態」論は、富と人口の増加が停止した状態を、人々の精神的教養と自然 の面から積極的に評価し、アソシエーションによる移行を考えた理論であった。この点は 重要であって、特に労働者の視点から変革が意識されている意義は非常に大きい。ただ、

環境的持続可能性の危機が高まっている現代においては、その点をより深く「定常状態」

論に組み入れることが求められる。

H.E.デイリーは環境問題の本質を、環境容量を超えるに迫る経済の規模の問題だと考え た。そこでいくつかの政策を提言し、経済の規模を環境容量以内に収めることで「定常状 態」に接近しようと試みている。その政策の中でも「資源減耗量割当制度」が重要である。

これは、使用できる資源に上限を設定することである。課税による外部費用の内部化は

output に対する課税であり排出抑制がその狙いだったが、デイリーのそれは input、つま

り資源消費に対する直接的な制限である。

この上限が環境容量以内であれば、経済活動における環境負荷も許容範囲になる。そし て経済は、資源消費という名の生産から廃棄として環境に排出されるに至る物質のフロー であるから、利用できる資源の上限が決まれば経済の規模もおのずと上限が設定される。

したがって、ある一定の規模の経済活動が続いていく「定常状態」が実現される。

(4)持続可能な社会としての「定常状態」社会への移行プロセス(第4章)

「持続可能な社会」としての「定常状態」は環境容量以内における経済活動を要請する から、まずは脱化石エネルギーが求められる。つまり、再生可能エネルギーを基盤とした 社会になるといえる。再生可能エネルギーを基盤とした社会は、デイリーが資源減耗量割 当制度で狙った経済規模の適正化を図ることにつながる。なぜなら化石エネルギーは(枯 渇という問題を棚上げして)環境容量を超えて経済が必要とするだけ無限にエネルギー投 入を可能にとしている。それが再生可能エネルギーになれば、地球上に存在する量しか供 給されないのであって、エネルギー量が経済活動の規模について環境容量以内に収まるこ とを要請する。つまり、「定常状態」 社会の基礎条件として再生可能エネルギーが位置 づけられる。

持続可能な社会において、生存という何よりも優先される人々の権利は、すべての自由 の土台となるという意味で"Basic Freedom"と規定した。「定常状態」論の中には、人間性 の成長という壮大な、ある意味で自由の要素も組み込まれていたわけであるが、"Basic Freedom"の保障の具体的な形のひとつは性格上食料となる。

食料をめぐる現状としては、生産においては化学肥料や高収量品種の導入によてる増産 をすすめてきたが、その増加率は近年低い。また、耕作放棄地も毎年多く出ている。一方 で飢餓人口が2008年において10億人近くいるのであって、市場を通した分配の限界がみ える。それは市場の排除性からくるものである。また、近年の経済の金融化は食料、特に 穀物を金融商品として扱う傾向が出てきており、そこでの取引は実際に食べられる量、必