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図2 〈優秀〉語彙の年次甥の頻度

134 [第2部 活糊 1語彙

漢語「優秀」の定着と語彙形成

6.2 年次瑚の意味用法の変化

 「すぐれ嶺と「優秀」について,全体主体として直接表示さ れる語旬を,4で行ったのと同じ方法で整理し,年次別にグラフ にまとめると,図3・図4のようになる。

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      1895窺   1901舞三  1909年 図3「すぐれる」の全体主体       畑違」の全体主体

      「すぐれる」は分野による経年的な変化の方向性ははっきりと        は見出だせない。一方,「優秀」は,めったに使われない1895        年・1901年では分野が安定せず,増加傾向が見え始める1909年        から分野も拡大する。1909年には〔文化〕〔組織〕の分野がまず        優勢となるが,1917年には〔人問〕の分野が急伸して優勢にな        り,1925年には〔人間〕の分野はやや減少し,〔入間〕〔文化〕

       〔組織〕の3つの分野で同程度に嗣いられる形になる。語が普及        に向かう初期段階では用法にゆれを見せながら,普及が進行し頻        度が安定するのにともなって次第に用法も安定していく様子が見        て取れる。「優秀」がとる全体主体の語旬の推移を,やや詳しく        見るために〔人聞〕と〔文化〕の分野につきその語旬を分類し,

       年別に一一覧にしてみよう(表16)。

      1895年の2例は,同一一の記事にある用例である。

      抑も康二上が夷狭の種族を以て,支那三民に愛せられたるは,

      鍵優秀なる丁丁養にして,又力を極めて文學を漿罪し

       たるにあり,抑も支那の如き文學的の國民に文學者が敬愛せ        らる》ことは,猶ほ俳優が芝居好きの仲間に愛せられ,力士        が相撲恥きの家に愛せらる〉に異ならず,然らば園懸鼠身       が優秀なる文墨者にして,又力を極めて文學を漿鋤したるは        或は支那國民を駕駅する一種の致暑にあらざるかと疑はる〉

       ものあり(1895年6号「清朝全盛の蒔代」中西牛郎

       PO27A24・x・PO27BO2)

1901葺e   1909隼 1917年

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[第2部 活用]1語彙 135

「文学者」としての中国手写帝」を主体とするもので,使用者 の中西牛梁は宗教思想家である。1901年に見られる2例は,次

である。

  吾人は四極鎌倉大佛馨記と題せる小甲子に接して先づ其國費   の二字に奇異の感を生じぬ,蒲して其説く所は純然たる大佛   製作の由來と其技術上の解説にして,更に佛像として宗教的   文字を見ず,〔中略〕彼等(住職等)は本尊として渇仰せら   る5よりも優秀なる葵 晶なりと構回せらる〉に満足し,

  (1901年3号「宗教時評」龍【⊥1学人PO51A22)

  是の優秀なる蹴澤・術が印度に於ける下町文明の衰退と共   に,遂に三十二相式の墜倒する駈となりたるは,實に佛像美   術の獲達を瞳害せる歴史上の一恨事と謂はざるべからず。

  (190王年m号f文芸時評」高山樗牛PO37A15>

別々の記事の用例であるが,鎌倉大仏を指す「美徳品」やインド の「美術」を主体としており,仏教美術である点は共通している。

また,宗教家龍由学人と思想家高山樗牛という使用者は,宗教や 思想の早智家である点で,1895年の使用考であった中西集郎に 通うところがある。このように,1895年と1901年の「優秀」は,

中国や仏教の文学や美術に関する入や技芸について,宗教や思想 の分野に限って使われており,かなり専門性の高い語であったと 猴定される。

 1909年越なると,優秀」の主体になる語句に1895年や1901 年のような限定は見られなくなる。使用者もさまざまな分野の入 にわたるように変容しており,1901年とigO9年との間で,優 秀」という語の普及は急速に進んだと考えられる。ただし,〔文 化〕の方に多く〔入間〕にはあまり多くないという偏りがある点 には注意される。1909年において「優秀」という語を頻繁に用 いている(3つの号にわたって5回用いている)著者に長谷川天 渓(文芸評論家)がいるが,この著者の「すぐれる」と優秀」

の使い方を見ると次のようなことがわかる。「すぐれる」は〔人 問〕の場合にも〔文化〕の場合にも使うが,「優秀」は〔文化〕

の場合に限って頻用されているのである。

  彼れ等外國政治家の大議論を吐き,大文章を草するのは,其   の學識の深い故でもなく,其の政治的手腕の優れて屠る故で   もなく,(1909年12号「文芸時評」長谷川天渓P157BO9)

  古來優秀なる文塁と稔せられた物の相場に就いても亦疑問が   生ずる(1909年捲号「文芸時評功利主義の文芸」長谷川天   渓P156B17)

136 1第2部 活用〕1語彙

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漢語「優秀」の定着と語彙形成

表王6 「優秀!の栓体窯体〕の語旬の推移

圭895 1901 1909 1917 1925

一般名 もの 人,薪3,人,個人,・

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人2,人々,者3,もの R,1司渡

欄人名 虜ξ熈帝

ゥ身

安保清種少將

人間

代名

戟E親

ー名

職位・

ョ性名

帝自身 侯,生徒,愚心 活動者,教育春,隙飾,

Z術家と経螢家我國

E工,職工,海幽銑1二,

カ徒2,卒業生,総代,

ナ醸人民,猫逸人,濁 嵂ッ族,國i晃,i驚族3,

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