日本における小学校や中学校の音楽科教育では,明治以来,西洋のある特定の時代の音 楽,すなわち,
18
世紀や19
世紀の音楽を積極的に取り入れ,この音楽を中心とした学習 が展開されてきた 1)。つまり,義務教育における音楽科は,我が国や郷土の伝統音楽を排, , 。
除し 西洋音楽を教材として取りあげて 子どもの人間形成の育成を促してきたのである その結果,子どもたちは,音楽科教育において自国の音楽文化にほとんどふれる機会がな かったのである。
しかし,平成元(
1989
)年3
月に,第6
次学習指導要領が告示され,中学校音楽科に「諸 民族の音楽」の学習が義務づけられ,音楽の授業において西洋音楽に加えてアジアやアフ リカなど世界のさまざまな国,さまざまな民族の音楽が教材として取りあげられるように18 2006 12 20
なった。その後,平成 ( )年 月の教育基本法の全面的な改定を受けて,平成
, 。 ,
(
2008
)年3
月に 第8
次中学校学習指導要領が告示された この第8
次学習指導要領では「伝統や文化に関する教育の充実 がうたわれており 小学校や中学校の全教科において」 , , 我が国の伝統文化に関する学習をすることが義務づけられている。このように,学校教育 では,音楽科をはじめ全教科において伝統文化に関する学習が重視されている。中学校の 音楽科には,雅楽や歌舞伎,人形浄瑠璃文楽という我が国の伝統音楽,地域の民謡や祭り 囃子という郷土の伝統音楽を教材として,積極的に取りあげようとする動きがみられる。
第二章では,このような経緯をもつ音楽科教育における我が国の伝統音楽の本質と意義 について論じる。第一節では,音楽科教育の本質について述べる。第二節では,我が国の 伝統音楽の文化的価値について述べる。第三節では,音楽科教育における伝統音楽の教育 的価値について述べる。
第一節 学校における音楽科教育の本質 第一項 教科教育の一環としての音楽科
学校では 「生きる力」を育むことを理念とし,これからの社会に生きる子どもたち,
, , , , , ,
を対象にして普通教育が行われている2)。つまり 小学校では 国語 社会 算数 理科 生活,音楽,図画工作,家庭,体育の各教科の時間,および,道徳や外国語活動,総合的 な学習の時間,特別活動の時間において,子ども一人ひとりに対して「生きる力」の育成
が図られている。中学校では,国語,社会,数学,社会,理科,音楽,美術,保健体育技 術・家庭,外国語の各教科の時間,および,道徳や総合的な学習の時間,特別活動の時間 において,子ども一人ひとりに対して「生きる力」の育成が図られている 3)したがって,
音楽科は,教科教育の一環として,子どもの「生きる力」を育成するという責務を担って いるのである。
この教科教育について,川原浩は,次のように述べている 。4)
教科教育によって人間を形成するということは、文化を媒介として、学ぶ側を陶冶 し、その結果として、教養を身につけた人間を育成することである。(
p.47
)音楽科教育は,文化としての音楽を媒介として,子ども自らを音楽的に陶冶し,音楽的 な教養を身につけることになる。したがって,音楽科教育の本質は,子どもに音楽的に陶 冶を促すことになる。
この音楽的に陶冶するということは,川原によると,子ども「一人ひとりがそれぞれの 個性に即応しつつ,意欲的に音楽に立ち向かい、その客観的な価値内容を見いだし、それ を十分に理解し、かつ自分自身の知識とすることによって,自己の内面を豊かにする」こ とを意味している 5)。つまり,音楽科における人間形成は,子どもを能動的に文化として の音楽に関わらせ,この文化としての音楽に内在している精神的な価値を吟味させ受容さ せることによって,音楽的な知識や技能を習得させ,子どもの内面を豊かにすることであ る 。6)
この川原の見解には,子どもの主観的精神が,能動的に,先代の主観的精神によってつ くり出された外面的表示や記号,成果物に内在している客観化された精神や共通精神,規
, , , ,
範的精神を意識し 意味づけ価値づけを通して 自己の精神的財産を拡張する すなわち 自己の内面を豊かにする,というシュプランガーの見解が認められる。このように,学校 における音楽科教育は,文化としての音楽を媒介として,子どもの人間形成の営みを促進 することになる。
第二項 文化としての音楽と子どもの人間形成
このような学校音楽教育を実現させるためには,音楽科教育において,子どもに美的体 験を促すことが不可欠になる 7)。この美的体験は,川原によると 「対象の美的なものを, 洞察することによって、深い満足と快、そして、生の充実感をもたらす人間の感情体験」
のことを意味している 8)。つまり,子どもに美的体験を促すということは,子どもを文化 として存在する音楽に関わらせ,その音楽の中にみられる美的なものを子どもの五官を通
して感受させ,認識させ,受容させることによって,美的なものに関する意識や感情を持 つようにし,子どもの内面を豊かにすることになる 9)。したがって,子どもたちが自らを 音楽的に陶冶するためには,美的なものを感受する能力,すなわち,子どもの美的感受性 を育むことが必要になる。また,子どもにとって学ぶ価値がある文化としての音楽を教材 として取りあげることが重要になる。要するに,学ぶ価値がある文化としての音楽を媒介 として美的体験を促すことによって,子どもの人間形成は可能になるのである。
文化としての音楽について,川原は,次のように述べている10)。
学校の教育課程の中に、教科として位置づけられている音楽においては、児童や生 徒が家庭や社会において、何らかの方法によって習得できる音楽を考慮に入れて、そ れよりも幅広い文化としての音楽との触れ合いを探求しなければいけません。(
p.2
)音楽科教育の実践の場,すなわち,音楽の授業実践では,子どもの音楽的な環境を考慮
, 。 ,
しながら さまざまな文化としての音楽を子どもに学ばさせることが重要である つまり 西洋音楽に固執することなく,子どもに学ばせる価値がある多種多様な音楽文化を音楽科 の授業で教材として取りあげる必要がある。
以上のように,音楽科教育において,子どもが自らを音楽的に陶冶するために,学ぶ価 値がある多種多様な文化としての音楽を教材として取りあげ,この音楽の美的体験を促す ことが必要である。子どもは,美的体験を通して,文化としての音楽を感受し,認識を深 め,自己の精神的財産を拡張し,内面を豊かにすることができる。それゆえに,音楽科教 育によって人間形成を促すためには,文化として価値がある音楽を子どもに与えなければ ならない。したがって,教育者には,音楽に内在する文化的価値と教育的価値を吟味し,
学ぶ価値がある音楽を教材にすることが求められている。
そこで次節では,我が国の伝統音楽の文化的価値と教育的価値について吟味していく。
第二節 我が国の伝統音楽の文化的価値
第二節では,中学校の音楽科教育において,文化として取りあげられる我が国の伝統音 楽の文化的価値について述べる。
第一項 我が国の伝統音楽の中にみられる多層構造
古来より,日本の人々は,日本国のなかで生活し,日本の自然や風土の影響を受けて,
「多彩で重層的な音楽」をつくりだしている11)。つまり,日本という自然的,文化的な環 境のなかで,日本人は,日本の自然や風土と融和させた音楽をつくりだし,洗練させ,雅
楽や声明という音楽を多数成立させている。一般に,これらの音楽は,日本の音楽,ある いは「日本の民族音楽」と呼ばれている12)
日本の音楽のなかで,雅楽は,最も古典的なものである。我が国の伝統音楽は,明治以 前に成立した音楽,すなわち,近世までの音楽のことを指している。
この我が国の伝統音楽は,東アジアの中国や朝鮮半島,および,東南アジアのベトナム
, , 。
やインドネシアという国々からの影響を受け 文化変容をさせ 形成されたものである13) つまり,この音楽は,シルクロードを経由して日本に伝えられた音楽や楽器,あるいは,
東南アジアから伝えられた音楽や楽器が,日本人の手によって,日本人の好みにあうよう に再創造されたものである。我が国の伝統音楽は,日本固有の音楽文化である。また,こ
, ,「 」
の伝統音楽は 成立後も職業的な音楽家やその流派の人達によって洗練され 芸術音楽 として,現代の社会に存在している14)。そして,現代の社会に生きる演奏家や愛好家によ って,この音楽が演奏され,聴衆から支持されている。我が国の伝統音楽は,現代社会に 生きている文化遺産(以後,音楽遺産と記す)である。
このような音楽について,水野信男は,次のように述べている15)。
天平時代にはじまって、近世にいたるまで、日本の音楽は、日本人独自の暮らしと その心を鮮明に表現する手立てとして生まれた。(中略)風土と歴史は、あいたずさえ て日本の音楽を形成してきた。そこでうみだされた音楽は、いずれも、ほかでもなく 日本人自身の精神史の感性的表徴にほかならない。(
p.4
)(下線は筆者が付した)
このように,我が国の伝統音楽は,日本人による美的な創造物,すなわち,日本人の 精神的な所産である。つまり,先に述べたシュプランガーの論をふまえると,この伝統 音楽は,先代の日本人の主観的精神のなかに生成された精神的財産が客観化され,公共 化され,再び主観的精神に戻って編み直され,再創造されるという循環的な動きを,長 期間繰り返していることになる。したがって,我が国の伝統音楽には,普遍的な日本人 の精神が内在していることになる。
このような日本の音楽の体系を,柿木吾郎は,時系列的な多層構造で捉え,次のように 述べている16)。
音楽の層は、ちょうど雪のふきだまりに見られる層のように、そのまま残るという 独特な〈多層構造〉を呈しています。このようにしてできた日本音楽文化の多層構造