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韓国の電炉業界

ドキュメント内 目次 (ページ 71-76)

4. 分析と考察

4.2 海外電炉業界の実態に関する調査

4.2.3 韓国の電炉業界

韓国では、1960 年代後半から公営一貫製鉄所である浦項総合製鉄(現在のポスコ)を中 心に、鉄鋼産業に重点的な投資を行った結果、1970 年代以降、鉄鋼業は急速な成長を遂げ

た。図

4.2.3-1

に示すとおり、電炉業も、鉄鋼業の成長と共に発展を遂げている。

0 10,000 20,000 30,000 40,000 50,000 60,000

1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009

(1,000MT)

電炉 転炉

出典:(社)日本鉄源協 会「鉄源年報」第21号(2010)(2010年8月)よりMRI作成

4.2.3-1 韓国の生産方式別の粗鋼生産量の推移

また、図

4.2.3-2

に示すとおり、韓国では、粗鋼生産量における電炉による生産量の比

率は上昇してきたが、近年は

45%前後で推移している。

0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 35.0 40.0 45.0 50.0

1981 1983 1985 1987 1989 1991 1993 1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009 (%)

出典:(社)日本鉄源協会「鉄源年報」第 21号(2010)(2010年8月)よりMRI作成

4.2.3-2 韓国粗鋼生産量における電炉による生産量の比率の推移

2)韓国における電炉産業の成長経緯

韓国では粗鋼業の成長と共に、電炉産業が成長しており、この中心的な役割を果たした のがポスコと通貨危機後、ポスコに対抗する一大鉄鋼勢力となった現代自動車グループの 傘下にある現代製鉄である。以下、ポスコ一社体制における電炉産業の成長経緯及び通貨 危機後の鉄鋼業界の変動における電炉産業の概況に注目して整理した。

(1)

ポスコ一社体制における電炉産業

韓国における鉄鋼業は、朝鮮戦争後、

1960

年代後半に政府の支援により一貫製鉄所であ る浦項総合製鉄株式会社、現在のポスコが設立されたことで、成長を遂げてきた。ポスコ は浦項製鉄所の拡張工事を進めるとともに、さらに、韓国内の次の製鉄所の事業者として も選定されたことにより(第二製鉄所の事業者としては現代グループも名乗りを上げてい た)、川上部門の製銑事業を独占し、韓国鉄鋼業の中核としての地位を確立した。これを補 完するような位置付けで、川下部門では、条鋼等を製造する電炉メーカー、鋼板等を製造 する単圧メーカーが成長した。

1977

年の時点で、韓国鉄鋼協会に加盟している電炉メーカーは

8

社存在し、このうち 生産規模が大きかったのは東国製鋼、仁川製鉄(現在の現代製鉄)である。東国製鋼は、

1953

年に設立され、釘の生産から線材、鉄筋、鉄鋼へと事業を広げ、1966 年に電炉の稼 働を開始させた。その後も同業他社を買収して規模拡大を図るとともに、電炉を増設し、

鋼板事業にも進出した。仁川製鉄は、国営の韓国重工業公社を母体として、電炉による製

鋼鋼とともに、圧延での線材・形鋼の生産を進め、1970 年代末に現代グループ傘下に入っ た。韓国の電炉メーカーは、1970 年代後半の好調な建設景気に支えられて、急成長を遂げ ていった。

また、単圧メーカーはポスコとの分業関係を確立し、

1980

年代前半までに、韓国鉄鋼業 はポスコが銑鋼一貫生産を独占的に行うとともに、一部高級冷延鋼板や厚板、線材を生産 し、ポスコからホットコイルの供給を受けて建築用の鋼板類を生産する単圧メーカー、条 鋼類を生産する電炉メーカーが存在し、ポスコを補完する体制となった。

1980

年代後半からは、韓国では長期的な好景気により鋼材需要が拡大し、鉄鋼メーカー は設備の新増設を行い、製鉄を担う川上メーカーの川下展開、条鋼類や加工品の製造を担 う川下メーカーの川上展開が進んだ。ポスコが冷延鋼板事業や二次加工、特殊鋼部門への 進出に乗り出した一方、川下メーカーである単圧メーカーも設備を拡大し、また、現代鋼 管(現在の現代ハイスコ)は、鋼管製造から冷延鋼板製造へと進出した。現代ハイスコの 場合は、現代グループが冷延鋼板の最大消費先である自動車製造部門を持っていたことか ら、自動車需要の拡大を見込み、事業進出を判断したのである。

このような流れの中で、電炉メーカーでも設備投資が

1990

年代半ばまで続いた。特に、

韓寶鉄鋼は、一貫製鉄所を含む大規模製鉄鋼業団地の建設に乗り出し、ホットコイル 100 万トンを生産するミニミル工場等、新たな技術を積極的に採用することで、川上部門への 進出を図った。

ポスコは、川下部門への展開を図る一方で、川上部門の増設には慎重な姿勢を見せた。

生産量の調整が難しい高炉を建設するリスクは大きいと判断し、銑鉄生産量は国内需要よ りも少ないレベルに置き、高い稼働率を維持し続けた。その上で、 韓寶鉄鋼の川上部門進 出に対抗するかたちで、中小型設備の新設を行い、年産 100 万トン規模のミニミル等を建 設し、操業を開始した。

なお、現代グループは川上展開を図り、高炉建設を計画したが、当時の政府が財閥の経

済力増大を懸念してこれに対して否定的な見解を示した結果、韓国鉄鋼業における川上部

門の大幅な増設は行われず、結果として、川下部門の供給能力がふくれあがり、国内需要

を上回るまでに達した。

4.2.3-1 製鋼部門の企業別設備能力の推移

(1,000トン)

1976 1980 1984 1989 1993 1997 2006 転炉 ポスコ 2,600 5,500 9,100 14,500 21,154 21,154 30,122

電炉 東国製鋼 545 892 962 1,660 2,500 3,400 2,960

現代製鉄 260 570 1,160 1,990 2,850 4,600 11,545 江原産業 370 430 640 1,098 1,735 3,120 → 韓寶鉄鋼 180 580 750 910 1,000 4,000 →

韓国鉄鋼 130 300 310 660 1,580 1,680 1,280

東部製鋼 40 40 40

大韓製鋼 40 156 156 200 240 500 600

ソウル製鋼 40 50 60 120 150 200 →

ポスコ 380 2,740 4,300

丸永鉄鋼工業 800 720 800

韓国製鋼 450 500 900

その他 145 662 1,377 1,038 1,390 740 4,020 計 1,750 3,680 4,544 7,676 13,075 22,200 26,405 4,350 9,180 14,555 22,176 34,229 43,354 52,527

(出所)韓国鉄鋼協会[2005],各社事業報告書,および各種報道より作成

(注)→は危機後に消滅した企業

⑴旧仁川製鉄

⑵旧極東製鋼

⑶旧日新製鋼

⑷旧大韓商事

総 計

出典:アジア経済研究所「アジア諸国の鉄鋼業」:第 1 章 韓国鉄鋼業の産業再編-産業政策の転換と その帰結- 安倍誠:200810

(2)

通貨危機後の鉄鋼業界の変動における電炉産業

韓国では鉄鋼業の川上部門では増設が行われず、川下部門の供給能力がふくれあがった ことで、両者間のバランスが崩れた状況の中で、1997 年末に通貨危機が発生し、鉄鋼業を とりまく環境が大きく変化した。

鋼材需要が大きく落ち込んだことによる鋼材価格の低下は、設備の増強を競って進めて いた電炉メーカーに大きな打撃を与え、各社は経営悪化に苦しむことになった。この結果、

ミニミル建設等により、川上部門への展開を図っていた韓寶鉄鋼が倒産した。その他、代 表的な特殊鋼企業も倒産の危機に陥った後、電炉メーカーである江原産業や韓国製 鋼、中 小圧延メーカーの倒産も相次いだ。

通貨危機後、鉄鋼業の再編において、中心的役割を担ったのは現代自動車グループであ る。破綻した鉄鋼メーカーの買収に積極的に乗りだし、グループ企業である仁川製鉄(

INI

スチールと改称、現在は現代製鉄)は同じ電炉メーカーである江原産業を吸収合併し、

2004

年には旧韓寶鉄鋼の唐津製鉄所を買収した。この結果、現代自動車グループは電炉及び単 圧メーカーとしては群を抜く存在となり、ポスコに追随する存在となった。

韓国の鉄鋼業は、川下部門の冷延鋼板等の輸出が増加する一方、川上部門の半製品やホ

ットコイルの生産は国内消費に追いつかない状況から、ポスコと現代自動車グループ傘下

の現代鋼管の間でホットコイル取引を巡る摩擦が生じた。これらの摩擦が解消された後、

現代自動車グループは一貫製鉄所建設を再度試み、川上部門への展開を図っている。

以上の経緯により、現代自動車グループは、既存の電炉等の施設と合わせて、韓国鉄鋼 業において、ポスコと並ぶ一大鉄鋼グループの地位を確立させるに至ったのである。 二大 鉄鋼グループの他には、東部製鋼がミニミルの建設を予定し、東国製鋼はブラジルで現地 企業(CVRD 社)と合弁で高炉建設の計画を発表するなどの動きがある。

(3)

韓国鉄鋼業界における電炉業の位置づけ

以上より、韓国における鉄鋼業における電炉業は以下のような流れで整理することがで きる。

・ 韓国の鉄鋼業では、製鉄を担う川上部門の高炉メーカー(ポスコ)と、条鋼類や加 工品の製造を担う川下部門の単圧メーカー及び電炉メーカーという分業体制が確立 されていた。

1980

年代後半からは、好景気により鋼材需要が拡大し、川上メーカー(ポスコ)の 川下展開、川下メーカー(電炉メーカー、単圧メーカー) の川上展開が進み、ポス コは川下メーカーの川上部門への進出へ対抗する形で、ミニミルの建設等 、電炉に 進出し、高炉製鉄の補完的役割を担わせた。

・ 通貨危機による電炉メーカーの倒産後、現代自動車が電炉メーカーを統合し、 鉄鋼

業において、ポスコとの二大鉄鋼グループ体制を確立した。

5.結論と今後の対応の方向性

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