• 検索結果がありません。

3. ニホンザル PTC 苦味感受性変異の急速な拡散

3.4. 研究の結果

3.4.1. 長距離ハプロタイプの同定による Mf-K アリルの由来の検証 …

PTC 苦味非感受性アリル Mf-K の由来を明らかにするために、紀伊集団全 40

38

個体のTAS2R38周辺領域10,231 bpの配列を決定した。TAS2R38周辺領域の塩基 多様度πは上流領域(4229 bp)が0.49 ± 0.02 %、遺伝子領域(1002 bp)が0.12 ±

0.01 %、下流領域(5000 bp)が0.06 ± 0.004 %であり、上流領域で高い多様性が

見られた。

紀伊集団におけるTAS2R38アリルの分布は、40個体80 染色体中に、Mf-Aが 32、Mf-Bが17、Mf-Fが1、Mf-Jが6、Mf-Kが23、Mf-Qが1であった(表4)。

TAS2R38 周辺領域の解析から、13 種類の長距離ハプロタイプが推定され、それ

ぞれTAS2R38 コーディング領域のアリル名に基づいて、A-1、A-2、B-1、B-2 の ような命名法を用いてハプロタイプ名を付けた(図9)。コーディング領域Mf-A アリルでは7 つ(A-1~A-7)、Mf-Bアリルでは 2つ(B-1、B-2)の長距離ハプロ タイプが存在した。他のアリル(Mf-F、Mf-J、Mf-K、Mf-Q)ではそれぞれ一つ ずつの長距離ハプロタイプ(F-1、J-1、K-1、Q-1)を示した。Mf-K アリルは紀 伊集団80染色体中23本存在していたが、これら23本の配列は約10 kbpにわた って全く同じ配列であった。なお、これら全ての長距離ハプロタイプの配列は

GenBankに登録した(アクセッション番号AB907288–AB907300)。

次に、長距離ハプロタイプの有益な情報領域(informative sites; 2つ以上のハ プロタイプで共有する塩基置換サイト)を比較して系統関係を調べた。その結 果、TAS2R38 の遺伝子上流領域と下流領域での系統関係に矛盾が生じるような 塩基置換(incompatible sites)が多数観察された。遺伝子組換えを推定したとこ ろ、アカゲザルの3番染色体番地 179,408,639 と179,408,483に対応する 2つの 多型サイトの間で遺伝子組換えが起きていることが推定された(図 9)。この境 界の上流と下流のそれぞれの領域で系統樹を作成したところ、樹形や枝長は大 きく異なっていた。TAS2R38 コーディング領域の由来を明らかにすることを目 的としているため、ネットワーク解析では、コーディング領域を含む179,408,483

39

番地以降の配列6411 bp(rheMac2, chr3: 179,402,166–179,408,638に対応)を用い た。なお、この領域ではハプロタイプA-6はA-5と全く同じ配列であったため、

A-5に含めた。

ネットワーク解析の結果、Mf-K の長距離ハプロタイプである K-1 は、A-4 と の最も近い共通祖先配列を仮想ハプロタイプmv-1(median vector配列)とした 場合、mv-1から、開始コドンの変異を含む 4つの塩基置換を獲得して生じたハ プロタイプであることが明らかになった(図10)。この4つの塩基置換のうち、

2 つは遺伝子上流領域(8436、8318)、2 つはコーディング領域(7356、8166)

に位置した。この遺伝子上流領域の 2 つの塩基置換が、紀伊集団以外の他の集 団でも存在するかどうかを明らかにするために、高浜、地獄谷、波勝、滋賀、

嵐山、箕面集団を対象にしてこの領域の塩基配列を確認した。その結果、地獄 谷と波勝集団で同様の塩基置換をもつ個体を発見し、6411 bpの全長配列を確認 したところ、開始コドン消失変異(塩基置換サイト 8166)以外の配列がハプロ タイプ K-1 と全く同じ配列であった。そのため、このハプロタイプを K-1 の前 駆ハプロタイプとしてpreK-1と名付けた。つまり、K-1はこのpreK-1 から開始 コドンの変異を獲得することで派生したハプロタイプであることが明らかにな った。しかしながら、このpreK-1は紀伊集団では観察されなかった。

K-1は前駆ハプロタイプpreK-1より6411 bp中に一つの塩基置換(開始コドン の変異)を得て生じた。このことから、サイト、年あたりの突然変異率 10−9を 用いて開始コドンの変異を獲得するのに必要な時間を算出したところ、16 万年 となった(図11)。これは6411 bpという限られた塩基配列長により推定した値 であるため、過大評価になっている可能性がある。K-1 と preK-1 の配列の違い を、より長い領域で確認することで、この 2 つのハプロタイプの分岐時間はよ り短くなると考えられる。

40

また、K-1は紀伊集団で観察された23染色体で約10 kbpにわたって全く同じ 配列であった。この結果に基づいて、集団中に生じた1 つの配列が、約 10 kbp にわたって全く変異を蓄積せずに、23 本まで拡がるのに要する時間 t を推定し た。星形樹形図の元で拡がり、t期間中、この樹形図が維持されているとすると、

全枝長は23t年となる。サイト、年あたりの突然変異率10−9としたとき、配列長

10 kbp、23t年間あたりの突然変異が起こる確率λは23t × 10−5となる。K-1では

10 kbp中に23t年の間に一つも変異を蓄積していなかった。この事象が5 %以上

の確率で起きるときの t の範囲を、ポアソン分布を用いて算出したところ、t <

13,024となった(図11)。

以上のことから、PTC苦味非感受性アリルは、前駆ハプロタイプから16万年 前以降の間に生じ、13,000 年よりも短い期間で紀伊集団中に拡がったというこ とが明らかになった。