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2. ニホンザルにおける PTC 苦味非感受性個体の発見

2.5. 考察

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1542.1 ± 8.9 µMであり、これはATGホモ接合型個体よりも約80倍も高い値で

あった。ATG/ACGヘテロ接合型個体でのEC50値は179.2 µMであり、それぞれ のホモ接合型個体の平均値の中間的な値であり、この結果はヒトでの行動実験 結果と同様の傾向であった(Bufe et al. 2005)。

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証が必要となる。この現象についてのより詳細な考察については、次章に示す。

2.5.2. PTC苦味感受性変異の拡散背景に対する仮説

特定の地域集団のみで観察された集団特異的アリルは、祖先集団から分岐し た後にそれぞれの集団で生じたと考えられるため、どの集団でも低い頻度で維 持されていることが推測される。実際、これらのアリル頻度は、ニホンザル全

体で1 %以下、それぞれの集団内でも12 %以下と低い頻度を示した(表3、4)。

しかしながら、PTC非感受性アリルであるMf-Kは紀伊集団内で 29 %の頻度を 示しており、他の集団特異的なアリルとは明らかに異なる分布を示した。

集団の中で偶然に機能を失った変異アリルが、淘汰されることなく集団中に 29 %という高頻度にまで拡散し、現在も維持されていることにはどのような背 景が影響しているのだろうか。可能性として 2 つの仮説が考えられる。まず一 つは、この非感受性アリルは、正の自然選択の影響を受けて集団中に拡がって 維持されているという可能性である。つまり、TAS2R38 の機能を喪失すること で、機能を保持している個体に比べて、利用できる採食品目数が増えるなどの 生存上の利点があったため、この非感受性アリルが拡散したという説である。

本来、苦味を感じることが毒性物質摂取を防ぐ大きな役割を果たしているが、

この場合では、苦味を感じられる利点よりも感じられない利点のほうが大きな 役割を果たしていると考えられる。二つ目の仮説として、この非感受性アリル は中立的に集団中に拡がったという可能性である。つまり、苦味を感じられな いということが利益も不利益も被ることがなかったため、淘汰されることも積 極的に拡散されることもなく、中立的にこのアリルが拡がったとする仮説であ る。

この二つの仮説を検証するために、Tajima’s Dの値を算出し、中立性検定を行

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ったが、現段階のデータセットにおいては、正の選択や平衡選択などの自然選 択の影響は認められず、中立性を否定することができなかった。つまり、前述 の 2 つの仮説のうち後者が支持された。しかし、ニホンザルにおける感受性変 異は紀伊地方で地域特異的にみられ、解析した他の16地域ではこの変異は見つ からなかった。この地方でPTC 苦味感受性変異が拡がり、維持されている背景 について、他の地域には存在しない地域特異的な要因が働いている可能性が考 えられる。そのため、次章で、この二つの仮説を検討する。

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3. ニホンザルPTC苦味感受性変異の急速な拡散