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鉄道での心中―<およし>と<太郎>の初恋―

第一節 新聞記事からの着想―「赤い婚礼」

【図 1】1891 年 2 月 28 日付 Japan Weekly Mail152

【図 2】Suicide on Railway『鉄道自殺』153

「赤い婚礼」Red Bridalは、ハーンの松江時代 1891 年 2 月 28 日付の『The Japan Weekly Mail』に掲載された「鉄道自殺」Suicide on the Railway から着想を得、2 年 9 ヶ月後、

熊本時代 The Atlantic Monthly に掲載、その後『東の国から』Out of the East(1895)

に所収されたものである。また、2001 年、第 54 回カンヌ国際映画祭でパルムドール賞を受 賞したアメリカ短編映画『おはぎ』Bean Cake(David Greenspan 監督)の原作としても知 られている。ハーンは新聞の片隅にある、ほんの数行の小さな記事から再話作品の中でも 長めの作品「赤い婚礼」を作り出した。

これは思い合う二人の男女がその恋を成就させることができないため自殺するという、

いわゆる心中物語である。この物語の基となった新聞記事では、高崎線で事故が起こった こと、運転手が事前に線路脇に二人を見ていながらも、まさか自殺するとは考えていなか

152『Japan Weekly Mail』(1891 年 2 月 28 日付)

153Suicide on Railway(『鉄道自殺』)」『Japan Weekly Mail』(1891 年 2 月 28 日付)

ったこと、そして、事態に気づいた時には、すでに事故を防ぐことができない状況であっ たことを伝えているのみ154で、これが青年と少女の心中であったことについては最後の一文 に書かれているだけである。わずかなこの記事から 37 ページにも渡る作品を書いたのであ るから、人物の設定から流れに関してすべてがハーンの創作であるといえる155

心中物語と言えば、近世から盛んに描かれるようになったもので、そこには遊女が多く 登場していることが指摘されている。

死による恋の完成というモチーフが、ひとつの物語的到達点を迎えるのは、「心中」

が「心中」という意味を獲得した近世であろう。元禄時代(一六八八―一七〇四)末 期には、実際に心中が流行し、その相手には遊女が多かった。(『NHK ニッポンときめき 歴史館(1)』)。遊女との恋には、経済的トラブルや身分の差、男性側が既婚者といっ た現実的障害が伴いがちだったからである156

近松門左衛門の『曾根崎心中』(1703)、『心中天網島』(1720)、あるいは明治期に入って からも樋口一葉『にごりえ』(1895)、広津柳良ひろつりゅうろう『今戸心中』(1896)、さらには大正期に書 かれた泉鏡花『日本橋』(1914)などまで、心中ものは遊女と関連付けて語られることが多 かった。

また、現実の社会においても少なからぬ心中が行われていたことはよく知られたところ であろう。「横浜で外人が情死未遂157」、「実の兄妹が情死未遂―妹に縁談起りしを悲観158」、

154 「鉄道自殺」高崎線担当の当局は、月曜日、上り列車で起こった痛ましい事件を上野へ報告した。本庄 駅出発後、駅からおよそ 4 マイルの地点で電車は最高速度に達していたが、運転手は二人の人間が線路 脇に立っているのを確認し、列車通過後に線路を渡ろうとしているのだろうと判断した。しかし、列車 が後方 1 ヤード以内まで来たとき、その二人は青年と非常にかわいい女の子であること、そしてお互い に向き合って、線路に横たわったことが分かった。無論、瞬時に電車を止めようと必死に試みられたが、

この線で真空ブレーキは使われておらず、このような状況でかけられた普通のブレーキはほとんど価値 をなさなかった。列車は無残に彼らを断ち切ってから、それらを処理する間約 20 分間停車し、その間 に、結婚を禁じられた不幸な恋人が互いの腕の中で死ぬことを選んだのだということが判明した。

(Japan Weekly Mail 2 月 28 日付 拙訳)

155 新聞記事との類似点と言えば、「One of them, a woman, he judged by the color of her robe and girdle to be very young.(そのうちのひとりは女で、それも着物と帯の色合いからみて、ごく若い女に見え た。)」「They… turned, wound their arms about each other, and lay down cheek to cheek, very softly and quickly, straight across the inside rail(くるりと向き直ると、たがいに両腕をからみあい、

頬と頬をぴったり押しっけて、しずかに、すばやく、内側の線路の上に身を横たえた。」といった部分 のみである。

156 佐伯順子『「愛」と「性」の文化史』(角川学芸出版、2008)185 頁。

157 朝日新聞社編『朝日新聞の記事にみる恋愛と結婚―明治・大正』(朝日新聞社、1997)70 頁。

158 朝日新聞社編、同上、81 頁。

「嫁、式から逃げ投身―きらはれた男も出刃で自殺159」、「情夫と縁切りの証書―自殺未遂の 嫁、婿殿に詫び状160」など、恋愛や結婚のもつれから多くの者が命を絶とうとし、ある者は 未遂に終わり、またある者は死を全うした。

このような中で、ハーンは新聞記事に「若い男と女が鉄道で心中した」というテーマだ けを与えられ、それをいかようにも描くことができたわけだが、それでも、その主人公を 変哲のない娘に設定した。河島弘美氏は、この鉄道自殺の事件が、当時多く描かれた遊女 と男の心中ではなく、若く素朴な男女の純愛の結末であることにハーンが強く惹かれたの だろうと指摘する。

一般に、心中するふたりはこの世で得られぬ幸せを来世に託して、つまり来世で夫 婦になれることを願って死ぬのであるから、親の決める早婚の多い日本の場合、相手 の女は女郎であることが多い。(中略)

西洋が女性崇拝に片寄った社会であるのに対して、日本は「迷い」を起こさせる花 柳界の女性と、ひっそり家庭内で一生を送る女性との二種類から成る社会だと考える に至っていた。従ってハーンの関心は恐らく、幼馴染に男女の心中らしいと知らされ たことによって、この事件にひきつけられたに違いない。家庭婦人として一生を過ご す筈だった娘が、どんな風に心中の道を辿ることになったのか、解釈と細部をつけ加 え、内容をふくらませて、一篇の素朴な愛情の物語に仕上げたのである161

(下線は筆者)

ここにある、ハーンが「幼馴染に男女の心中らしいと知らされた」ことについて、未だ 確証を得られてはいないが、いずれにせよ、物語の中で主人公<およし>が当時多く描か れた遊女ではないことにハーンの意図を見ることができよう。氏が指摘するように、<お よし>と<太郎>の死はもちろん、残酷で悲しみを与えるものではあるが、二人の愛情は 素朴で純粋で温かなものとして読者の中に残る。

まずは、あらすじを見てみよう。ある村で染物屋の息子として<太郎>という少年が生 まれた。<太郎>は初めて学校へ上がった日に教師から「なにがいちばん好きか」と尋ね

159 朝日新聞社編、前掲(註 157)84 頁。

160 朝日新聞社編、同上、89 頁。

161 河島弘美「女神との心中―『赤い婚礼』のおよしとハーン」『比較文學研究 (47) (小泉八雲<特集>)』(恒 文社、1985)145 頁。

られ、「お菓子」と答えたことで笑い者になり、学校が嫌になってしまう。しかし、そんな

<太郎>に話しかけ、優しく、ユーモアな性格で彼を励ましたのが<およし>であった。

そして二人は長い年月をともに過ごし、互いに惹かれあうようになる。しかし、<およし

>の継母である<おたま>は、彼女を貪欲な米商人<岡崎>へ嫁がせ、大金を得ようと企 てる。あえて<太郎>と<およし>を仲良くさせ、<岡崎>を焦らせつつ、最終的に満足 のいく金額で縁談を取り決めた<おたま>は、それを<およし>に伝える。すると<およ し>の顔は一瞬青くなったが、すぐに顔を赤らめ、両親へお礼を述べる。そして数日後、

<およし>は<太郎>と失踪し、鉄道自殺をするという物語である。この物語は、つまり、

継母<おたま>が娘の<およし>の純愛を壊し、最終的に死へと追いやるという流れであ る。

この作品について、これまでにもいくつかの研究がなされてきている。とりわけこの物 語のタイトルでもあり、ストーリーに強い印象を与える「赤」という色について言及され てきている。例えば、藤原義之氏は赤が女の執念の世界の象徴であり、<およし>の情念 の色であり、誠を持つ廉潔なヒロインをイメージさせるとしている162し、高成玲子氏は単に 恋人たちの死の象徴としての赤ではなく、継母<おたま>の企み、<およし>と<太郎>

の情熱、そして近代化に直面しているこの物語の背景としての日本を、白光と対照的な色 で示していると指摘している163。また、牧野陽子氏は、ハーンの日本理解が深化していった 過渡期の作品として、以下のように評価している。

子供の誕生前後から神戸時代にかけて、ハーンの作風は変わった。「赤い婚礼」をは じめとして、市井の名もない庶民を主人公とした物語が大半を占めるようになるので ある。ほとんどが来日第三作、『心』所収のこれらの短篇は、いずれも一見平凡な日常 生活のなかの事件や心理ドラマを淡々と語ることで、日本人の内面生活と情緒的特質 を浮き彫りにして、ハーン中期の代表作とされる。(中略)一雄という家族の小さな中 心を得て、ハーンの文学的視野もまた外の世界から身の周りの日常世界に潜む真実へ と収斂したかのようであった。そしてこの変化のなかで顕著なのは、「赤い婚礼」のよ うに、人間の人生における幼年期というものが生彩を放つ普遍的な主題として浮上し

162 藤原義之「『赤い婚礼』―女性の執念について」『へるん第 34 号』(八雲会、1997)60 頁。

163 高成玲子「ラフカディオ・ハーンの『赤い婚礼』について―何故, 赤い婚礼なのか―」『英学史研究 (30)』

(日本英学史学会、1997)24 頁。