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娘と孝―「蠅のはなし」 (1902) 、「雉子のはなし」 (1902)―

て明治 20 年代の日本はまさにそのような過渡期としての意味を持っている。近代化・西洋 化がいち早く進められた都市部とは対照的に、ハーンの滞在した島根県などといった辺境 の地では未だに古い日本の女性たちが多く存在した。そして小泉セツもその一人であった のである。

1-2.セツの手足と孝

ハーンが本格的に日本で生活を始めた松江時代から、その最期まで支え続けた女性、そ れが妻、小泉セツである。ハーンの著作の中で日本に関するものは、再話作品に限らず、

直接的あるいは間接的に、妻セツが与えた影響が非常に大きいことは周知の事実である。

梶谷泰之は「今日、セツの功績をたたえる人は少ないが、よく夫を扶けた典型的出雲婦人 としてセツはもっと称揚されねばならぬ256」とし、ハーンがセツと結婚したことは、日本で の 14 年の輝かしい業績に結び付くものだと指摘している。実際、ハーンの著作の中で、多 くの再話作品はもとより、日本に関するあらゆるものにセツが与えた影響は計り知れない。

これは研究者のみならず、ハーン自身も認めている明白な事実である。つまり、ハーンに とってのセツとは、単にハウスキーパーとしての役割を担う妻ではなく、彼にとって、失 われた左目とも言えるほど、彼の視野と可能性を広げたと言えるのである。

ハーンとセツとの結婚については前述(序章 4.)の通りである。没落士族の娘セツは 貧窮した家族を養うため、学校で学びたいという気持ちを抑えながら、手足を農家の娘の ように太くし、家族への「孝」を尽くし続けた。ハーンとの出会いも、この貧しさがきっ かけと言っても過言ではない。セツの実母を始め彼女を囲むすべての人々は困窮を極め、

セツを唯一の頼りとしていたのである。だからこそ、セツは言葉も通じない西洋人の住込 み女中になること、時に「洋 妾ラシャメン」と後ろ指を指されることをも厭わなかった。

そして、ハーンは女中として懸命に働くセツの姿に、かなり早い段階で特別な感情を抱 くことになった。士族の娘であるはずのセツが農家の娘のような外見をしていることは、

近代化の犠牲者であることからくるものであることを知ったハーンは、セツの手足を以て 日本の「孝」を理解した。さらに言えば、単に作られた日本女性のイメージからではなく、

現実を何とか生き抜こうとするセツの健気さから、彼は幸運にも日本女性の本当の美しさ に出会うことができたのである。そして、ハーンは彼女の手足の太さを後々まで、セツの 親孝行の証拠としてあげるようになった。そして、決して細身ではない若かりし頃のセツ

256 梶谷泰之、前掲(註 88)379 頁。

に向かって「私マイリットルファットヘンの小さい肥った雌鶏」「小餅のママ257」などと呼 び、小さく弱く、愛おしいものとして熱愛するようになるのである。

1-3.孝と男女の愛―男子学生に見た日本の思想―

ところで、ハーンは 14 年の日本滞在のうち神戸時代を除くおよそ 12 年間を英語教師と して過ごした。そこで出会った多くの男子学生の中に日本の思想を見出そうとし、易しい 英語で英作文を書かせ続けたのはよく知られた話である。改めて言うまでもないが、ハー ンが日本において多く交際した日本人はほとんどが男性(職場の人間か学生)であった。

そして、とりわけ松江時代に触れ合った学生たちの中からは、古き日本の社会制度に生き る日本人の姿を見ることができた。

ここでは、まずハーンが書かせた英作文や学生たちとの会話から、ハーンが日本の「孝」

をどのように知り得たのかについて見てみたい。

ヨーロッパと日本の習慣

……私たちがとても不思議に思うのは、ヨーロッパでは全ての妻が両親よりも夫を より愛することだ。日本では夫よりも両親をより愛さない妻はいない。

またヨーロッパ人は妻と道を歩く。私たちは八幡のお祭りのとき以外はそれを断固 拒む。

日本女性は男性によって女中のように扱われ、一方ヨーロッパの女性は主人のよう に尊敬される。私はこれらの習慣はどちらも悪いと思う。

私たちはヨーロッパ女性を待遇するのは非常に面倒なことだと思う。そして私たち はなぜヨーロッパでそれほどまでに女性が尊敬されるのか分からない258

この文章は、ハーンが松江尋常中学校で英語教師として働いていた時に、学生に書かせ たものの紹介で、「英語教師の日記から」(『知られぬ日本の面影』)に収められている。こ れは実際の英作文の抜粋で、かなり表現が抑えられているが、ここからハーンの伝えたか った日本の孝を読み取ることができよう。男性が女性と一緒に外を歩かないこと、それは すなわち公衆の面前ではそれが適切な行為ではないと思われる社会である。そして、女性

257 小泉一雄、前掲(註 111)299 頁。

258 Lafcadio Hearn.(1894).Glimpses of unfamiliar Japan Volume 2. Boston,New York:Houghton, Mifflin and Company. 460-461 より拙訳。

が僕のように扱われるのが当然である日本社会に生きる男子生徒にとって、女性が男性に 手厚く扱われる社会は想像もつかないことであった。そして何よりも、彼が「不思議に思 う」のは、「日本では夫よりも両親をより愛さない妻はいない」にも関わらず、ヨーロッパ では「ヨーロッパでは全ての妻が両親よりも夫をより愛する」らしいということだ。これ は当時「孝」の考えに則り成立していた結婚という一つの秩序に反する行為であった。そ れゆえ、それが当然と罷り通るヨーロッパという社会を、この若者が理解できないのは当 然のことだろう。そしてこの英作文を見たヨーロッパの人々は、これとはまさに反対の意 味で衝撃を受けることになる。

ところで、この文章の元となった英作文は代表的なハーンの教え子、大谷正信のもので ある。ここに、その一部も引用してみよう259

世に最も怖いものは何か?

(前略)(私の意見は大いに間違っているかもしれませんが)現下日本でもっとも恐 ろしいものはヨーロッパ人、特にクリスチャンだと思います。ヨーロッパ人の本質は 日本のそれとは多いに異なる。ヨーロッパ人は孝行については何ひとつ分かっていま せん。これは「親に従う」又は「子たるものの本分」(しかしこれは厳密な訳ではあり ませんが)として英語に訳されているものです。そしてこれは日本道徳の五つあるう ちの第一番目のものです。両親と妻が同時に水に落ちて溺れたとき、ヨーロッパ人は まず妻を救うそうです。しかし日本の道徳ではこれは理に合いません。ヨーロッパ人 は日本人のように自分の主人や国を離れるのに痛みを感じない。忠誠心も忠義心も大 してもってはいない260

このように大谷正信少年の率直な表現を読むと、ハーンがいかに表現を柔らかくして読 者に伝えようとしたかが分かる。大谷は、その若さも手伝って、かなり強く西洋思想を批 判し、いかに彼が「孝」の概念を重んじているのかを主張している。ここで注目しておき たいのは、ハーンは、大谷のこのような発言と思想について決して見下すことなく、むし ろそれを尊重する態度を以て彼らと接しているということである。以下は、彼が大谷の英 作文に対してつけたコメントの一部である。

259 尚、ここに引用する英作文は、当時の中学生が書いたものであり、文法や表現方法などに誤りがある場 合がある。そのため、ハーンが添削し終えた後のもののみを引用する。

260 アラン・ローゼン、西川盛雄訳『ラフカディオ・ハーンの英作文教育』(弦書房、2011)35-37 頁。

ここに君が述べていた聖書からの引用がある。

―「人はその父と母を離れて、その妻と結ばれる。」

(マタイ、19 章、5 節)

さらに(マルコ、10 章、7 節)

さらに(創世記、2 章、24 節)

これは聖書から取った三つのテキストです。ヨーロッパでは妻は夫の両親と同居す ることを望まない。一度結婚したら息子は両親を捨て、余程のことがないと助けるこ とはない。ヨーロッパには日本にあるような慈悲深い哀れみの心がないのです。―例 外的に生れつき良い心をもった人はそうしますが261

このように、男女の愛を最優先する聖書に依って生きる西洋の人々の考えが、儒教思想 を基盤とする日本人と根本から異なっていることについて同意している。そして日本のよ うに、結婚が家制度に組み込まれたものではなく、独立を意味するものであること、そし てそれは「慈悲深い哀れみの心」の欠如がそれを可能にしているのだと述べているのであ る。さらに、進化論を持ち出し「チャールズ・ダーウィン卿の原理に従って日本民族は少 しずつヨーロッパのようになるであろう262」と予測する大谷に対し、ハーンは、キリスト教 がいかに日本人に不適なものであるかを述べ、「それにしても、私は日本民族の力に大きな 信頼を置いている263」とし、日本人はその強さを以てキリスト教を受け入れないようにすべ きだとしている。

さらに、「英語教師の日記から」に記された、学生との会話を見てみよう。

授業中において、外国の諸事情に関する会話も同じようにおもしろく、啓発される ことがたびたびある。

「先生、もしあるヨーロッパ人が、彼のお父さんと奥さんと一緒に海に落ちたとし て、そして彼だけが唯一泳げる人だとしたら、彼は彼の妻を最初に助けると言われた ことがあります。本当ですか。」

「たぶん、そうでしょうね。」と私は答えた。

261 アラン・ローゼン、前掲(260)、41 頁。

262 アラン・ローゼン、同上、39 頁。

263 アラン・ローゼン、同上、39 頁。