第一節 男の柔和化の意義
「和解」The Reconciliationは『影』shadowings に収録された作品で、原話は「亡妻霊 値二旧夫語一」であるとされている。これは『今昔物語集』(12 世紀前半)に収められている 物語である323。また、ハーンがこの物語を再話するよりも前、1768 年には上田秋成によっ て「浅茅が宿」という作品に描き直されている。そしてこの物語は『雨月物語』(1776)に 収録されている。したがって、ハーンの「和解」には原話である「亡妻霊値二旧夫語一」の みならず、「浅茅が宿」もまた影響を与えた可能性があるのである324。そこで、ここでは「浅 茅が宿」も念頭に入れつつ、「和解」と「亡妻霊値二旧夫語一」を比較していきたい。
これらの物語は、美人で気立てのよい妻を離縁し別の女性と結婚した夫が、元の妻が恋 しくなり、しばらくしてその妻の元へ戻り一夜を過ごす。すると翌朝にはその妻が白骨化 した死体であったことに気付くというのがそのあらすじである。
ところで、ハーンの再話作品の中で、女性が悪者になる物語はほぼ皆無であると言って も差支えない。一方、男性がだらしなかったり、自己中心的であったりすることは決して 少なくない。男性のそういった性格に女性が一途に従う、或いは勇気ある行為で男性を諌 める物語は、これまでにも見てきた通りである。こういった点から考えると、ここで扱う
「和解」は男性の描かれ方が特別であるようなイメージを抱く。なぜならば再話の過程に おいて、男性の自己中心的、或いは奔放な性格がかなり軽減され、一度の過ちを犯しなが らも妻への一途な思いを持ち続けた男性として描き直されているからである。ここでは、
こうした書き換えがどのような意味につながっているのかを考察していきたい。そして、
これまで「和解」を単なる和解の物語としてきた論説に対し、この物語の裏に込められた
「復讐」の影についても言及したい。
323 セツがハーンに読んで聞かせたのは、宇治大納言隆国卿撰井澤節考訂纂註『今昔物語』(辻本尚古堂、
1897)所収の「亡妻霊値旧夫語」であった。これは、現在富山大学のヘルン文庫に所蔵されている。
324 門田守氏は、「『和解』における再話の方法─ ラフカディオ・ハーンが望んだ夫婦愛の姿 ─」の中で「和 解」、「亡妻霊値二旧夫語一」「浅茅が宿」の関係について次のように言及している。ハーンによる「和解」
の執筆に関連した詳しい書誌学的な関係をまとめると,次のようになる.(1)12 世紀前半の『今昔物語 集』における原話→辻本尚古堂版の『今昔物語』の「亡妻霊値旧夫語」に収録→セツによる朗読を介し,
ハーンの「和解」執筆に直接影響した.(2)12 世紀前半の『今昔物語集』における原話→上田秋成によ る『雨月物語』中の「浅茅が宿」に書き換えられる→セツはこれを夫に朗読した可能性があり.(3)12 世紀前半の『今昔物語集』における原話→岩波文庫の『今昔物語集』中の「人の妻,死にて後旧の夫に 会へる語」などにおいて今日まで伝えられる.門田守「『和解』における再話の方法─ ラフカディオ・
ハーンが望んだ夫婦愛の姿 ─」『奈良教育大学紀要 人文・社会科学 第 54 巻 第 1 号』(奈良教育大 学、2005)202 頁。
1-1.<先妻>の放棄と思慕
まず、原話「亡妻霊値二旧夫語一」と再話「和解」がどのように異なっているか、前述し た「男性の描かれ方の変化」について詳しく見てみたい。はじめに、冒頭部分<夫>が<
先妻>と離縁する場面から見てみよう。以下は原話である。
今はむかし。京にありける 侍さふらひ身をまづしくて有つくかたもなかりしが。知たる人あ る国の守かみになりてくだるを頼みて。其国にくだらんとしけるが。これまで具ぐしたりけ る妻は若くて。かたち心ばえもらうたかりしかども。まづしさのあまりにかれを去て。
たよりある侍のむすめを娶めとりて。それを相具して国にくだりけり325。
京都に住んでいた侍である<夫>は貧しく、生活する方法がなかったので、知人の伝手 を頼って田舎で仕事をすることにした。しかし、それまでその貧しさを共に耐え忍んでき た若い<先妻>が、容貌も心もいじらしく可憐であったにも関わらず、彼は貧しいことを 理由に離縁し、裕福な家の娘と再婚し、田舎へと向かう。この場面は再話では以下のよう になっている。
京都に年若い 侍さむらいがいた。仕えていた君主が零落れいらくし、貧 窮ひんきゅうにあえぐ身となったので、
やむなく家を棄て、僻遠へきえんの地の国 守くにのかみのもとで勤める仕儀し ぎとなった。都を立つ前に、侍 は妻を離縁した。気立ても器量もいい女であったが、別の女と一緒になる方が出世の
手蔓て づ るもあろうかと思ったのである。それで多少は由緒ゆいしょのある家の女を娶ると、一緒に
任国へ下った326。
(153 頁、原文[35])
このように、この<夫>は、「仕えていた君主が零落したため」貧窮にあえぐようになっ てしまったということになっている。つまり彼の怠惰によるものではなく327、君主の零落に 伴い、自らも貧しい生活をしなければならなくなったというのである。江戸時代、「臣の君
325 小泉八雲、前掲(註 240)416 頁。
326 小泉八雲、同上、153 頁。以下、「和解」に関する引用については、頁数のみを本文に記す。
327 「浅茅が宿」では男が怠惰であったということになっている。
に対する絶対的な服従、無限の忠誠が武士社会の最高の原理328」であり、下級武士たちは雇 われている主君に全てを依存し生活していた。それゆえ、君主が零落すればそれに仕えて いる武士たちもまた、同じ道を辿らざるを得ないのである。そしてそれでも身を立てよう と、僻遠へと向かうことにする。そして自分の人生を何とかやり直そうと、一念発起し、
出世の手蔓が見込める、由緒のある家の女と一緒になることを選んだ。ここには、<夫>
が<先妻>を捨てるに至った経緯が詳しく述べられ、それが彼の気まぐれによるものでは ないということが示されている。この冒頭部分の変更、一見<夫>の行為を弁明している かのような描写から読み取れることは何だろうか。まず、原典が 12 世紀前半に書かれた329作 品であること、すなわち夫にとっての妻は取り替え可能な存在にすぎず、夫が状況、感情 に合わせてそれを離縁することは当然のことであり説明する必要がなかったということが あるだろう。一方の再話は、読者が 19 世紀に生きる西洋人であったことから、離縁に際し てそれなりの説明が必要であった。それでもやはり、<夫>の身勝手さは軽減されている とは言い難いが、それでも人生を立て直そうとする侍の姿として読者に映っているかもし れない。
ところで、この再話作品に影響を与えたとされている「浅茅が宿」では<夫>が<先妻
>を離縁し別の女と再婚するという場面はない330。ここでは、離縁しないまま男が去ってい くのである。しかしながらハーンはこの場面を原話に従っている。すなわち、<先妻>は
<夫>と貧しさを分かち合ってきたにも関わらず、結果的には捨てられているという事実 は変らない。ハーンにとって、「離縁と再婚」すなわち、<夫>が<先妻>を捨て、<後妻
>と共に任国へ向かうという流れにこだわった。<夫>「裏切り」は変えることのできな い物語の中枢であったということになる。
さらに、この文脈で<夫>の性格は、離縁した後の様子から大きく印象を変えていく。
ここからは、<夫>が<先妻>をどのように懐かしむようになるのかという点を比較しな がら見てみたい。まず原話であるが、<夫>の<先妻>への思いは端的に示されているに 過ぎず、それにより心的というよりも肉体的な欲求という印象が拭えない。
328 井上清、前掲(註 298)116 頁。
329 門田守、前掲(註 324)201 頁。
330 この物語では、農業を怠け続け貧しくなった<勝四郎>(夫)が家を再興するため、京都で足利染の絹 を交易する商売をすることになる。美しく気立ても良い<宮木>(妻)はその計画に反対しようとした が、どうしようもなく、結局夫と離れたくないという別れの気持ちを語る。しかしそれに対して<勝四 郎>はその年の秋には帰ってくると約束し、去っていくのである。すなわち、<宮木>と離縁すること も、新しい妻を迎えるということもない。
かくて月日たつにしたがひて。京に捨てくだりにしもとの妻が事。わりなく恋しく て。にはかに見まほしくおぼえければ。疾とくのぼりてかれを見はや。いかにしてかある らんと身をそぐごとくなりしかば。よろづ心すごくて過しける程に。月日も過て任にんも おはりぬれば。守の共としてのぼりけり。おとこ思ひけるは。我よしなくもとの妻を 去けり。京にかへりのぼらば。やがて行てすまんと思ひて。上るやおそきと。後の妻 をは家にやりて。その身は旅 装 束たびしやうぞくのまヽにて331。
このように月日が過ぎるとともに、<夫>は甚だしく、耐え難く<先妻>のことが恋し くなってくる。そしてすぐに京都へ戻り、彼女に会いたくなる。そして「身をそぐ」よう な肉体的苦痛を味わうのである。こういった描写について、門田守氏が「この男が腹の底 から先妻を追い求めている性欲の強さを感じさせる332」と述べているように、或いは平川祐 弘氏が「原初的な本能的な感情333」と表しているように、精神的なものというよりもむしろ、
肉体的な欲求であるという印象が強い。
一方の再話では、ハーンの繊細な描写により<夫>が精神的に<先妻>を求めるように なると考えられている。この点について、同場面がいかに描き直されているか、全文を引 いて考えてみよう。
しかしそれは若気わ か げのいたりであった。身を切るような生活不如意ふ に ょ いに心迷って女の
じょうあい情 愛
の真価し ん かを解さなかったからである。気安く最初の妻を棄てたものの、再婚の方は
一向にうまく行かなかった。二度目の妻は利己的で性格もけわしかった。(中略)しか も自分がいまなお好いているのは元の妻であって、二度目の妻をとてもああは愛する ことは出来ない、とさとった。そうなると自分がいかにも恩知らずの悪者であったと 思えてたまらなくなった。悪い事をしたと思う気持ちはやがて深い後悔こうかいの念に化し、
しまいには気持ちが安らぐ日々もなくなった。自分が酷ひどい目にあわせた女のこと――
女の優しいものいい、にこやかな顔付、上品で可愛い振舞、非の打ちどころのない辛 抱強さ―そうしたことが始終しじゅう頭に浮かんで離れなかった。時々夢に機はたを織っている女
331 小泉八雲、前掲(註 240)416 頁。
332 門田守、前掲(註 324)203 頁。
333 平川祐弘『小泉八雲とカミガミの世界』(文藝春秋、1988)144 頁。