アルゼンチン・タンゴの夕べ〜哀愁漂うタンゴの名曲を集めて
タンゴアンサンブル 「アストロリコ」 の演奏を聴く
2012 年 4 月 4 日東京文化会館小ホール
全体としては、リーダーの門奈さんのお人柄の反映であろうか、きっちりとした折り目正しさを感じ させる清潔感に溢れた演奏が素晴らしい感銘を残した。
具体的なプログラム構成は以下の通りだった。
前半(A):①オルランド・ゴニに捧ぐ(ア・オルランド・ゴニ)②パブロ③カフェ・ドミンゲス④ 芸術家の心(コラソン・デ・アルティスタ)(v)⑤素敵な格好(ピンタ・ブラーバ)⑥スイパーチャ
⑦パレルモの夜(ノーチェ・デ・パレルモ)⑧メタ・フィエロ(m)⑨エントラドール⑩おまえが魔 術師なら(シ・ソス・ブルーホ)⑪来るべきもの(ロ・ケ・ベンドラ)
後半(B):①ラ・ジュンバ②リベルタンゴ③敬愛なる市民(エル・ディスティンギード・シウダダ ーノ)④ガウチョの伝説(レジェンダ・ガウチャ)⑤吟遊詩人(パジャドーラ)(m)⑥二人日和(ダ ル・ブエルタ)⑦想い出(レクエルド)⑧夜明け(エル・アマネセール)⑨二人のために(パラ・ドス)
⑩パタ・アンチャ⑪スム
以下、ポイントになる演奏曲目をピックアップして簡単に触れておこう。
まずは、アストロリコが以前から集中的に取り組んできたプグリエーセ楽団のレパートリーとピア ソラ作品はやはり今回のプログラムでも要所を締めていた。
プグリエーセ関連については、プグリエーセ楽団メンバーの名作群からプグリエーセ作A⑦、B①、
デマルコ作A⑧、B⑩、バルカルセ作A⑩、プラサ作B⑤、ルジェーロ作B⑨と、特にリズム的な強靭 さが要求される名作を数多く取り上げて、力感が漲る正攻法の解釈で真正面から挑んで押し通してい たところに、アストロリコが長い期間にわたってプグリエーセ・スタイルに取り組んできたことの歴 史の重さを感じた。
ピアソラ関連については、A⑪でオクテート・ブエノスアイレスの前衛的なアレンジをオルケスタ・
ティピカ編成にアダプトして利用していて(同曲のオクテート・ブエノスアイレス版のアレンジの復 活自体は99年に小松亮太が既におこなっていたわけだが、今回はオルケスタ・ティピカ版という点に おいて独自色が発揮されていた)、また、B⑪もピアソラ九重奏団、プグリエーセ楽団が残した名演の いずれの単純なコピーにもならない編曲を探求しており、ともに今回のコンサートにかける意欲を強 く感じさせる快演であった。また、新たなイントロをつけるなど随所にアイディアが溢れる編曲を追 及したB②(麻場利華さんの編曲だったはず)でのスケール感溢れる熱演も忘れがたい。
さらに、近年のアストロリコの重要なテーマである40 ~ 50年代のオルケスタ・ティピカによる名 曲・名演奏の再現も、今回のコンサートの重要な柱を構成していた。ダゴスティーノの名曲を同楽団 による55年録音の編曲をアダプトして実現したA③、ドミンゴ・フェデリコ楽団による52年の録音を 細部まで再現したB④などが、この方向性での代表的な成果と言えるだろう。当時の時代の空気感ま でも甦らすことは困難であるとしても、現代のオルケスタ・サウンドとして存分に聴かせる立派な演 奏であったと思う。タンゴ・ファンにお馴染みの古典タンゴA②、A⑥、B③、B⑧をしっかりプログ ラムに加えていたのは、プグリーセやピアソラの作品による先進的な路線とのバランスをとることと、
ピアソラによってタンゴ世界を知ったクラシック・ファンらにも古典曲の深さに触れてほしいという 思いのあらわれであろうか(弦楽器陣が舞台前面にまで出てきてのB⑧でのユーモラスな音声模写は、
温かい笑いをさそって、会場の空気の親密度・一体感をコンサート終盤に向けて高める役割を果たし
たのではないかと思う)。
その他にも、早川真平作曲のA⑦、オルケスタ・ティピカ東京のテーマ曲だった刀根研二編曲によ るカステジャーノス作曲のミロンガA⑧が並べられているところに、日本のタンゴ界の先達への敬意 が明確に表明されていると感じられた。
また、門奈さんの自作B⑥は映画『二人日和』のサントラ曲であるが、オリジナルは四重奏での録 音だったものを今回はオルケスタ編曲で豊かな響きで聴かせてくれた。祈りを感じさせる静謐なミロ ンガである。続くプグリエーセ作A⑦も同映画の重要ポイントで用いられていたタンゴということで、
ここでは並べての演奏となったのであろう。
アンコールは長尺のアストロリコ版クンパルシータで、各メンバー紹介を兼ねたソロ回しをたっぷ り聴かせて、心地よくコンサートを締めくくった
全体的に見渡すと、ゴビ作A①もプグリエーセ楽団の編曲を使っていたはずだと思うので、前半・
後半のそれぞれ冒頭がプグリエーセ・サウンドで開始されて、さらに前半・後半のそれぞれ最後はプ グリエーセ楽団メンバーの傑作2曲を並べた後にピアソラ作品で閉じるという相似したクライマック ス設定をとっていたという点で、非常によく練られたプログラム構成になっていたと感じた。様々な スタイルによる現代のオルケスタ・ティピカ・サウンドを堪能させてくれる大変に充実した一夜であ り、アストロリコの今後の活動の充実にさらなる期待を感じさせた。
5 月 5 日 の 子 供 の 日( タ ン ゴ の 節 句 ) に 横 浜 市 開 港 記 念 会 館 で 開 催 さ れ た、 オ ル ケ ス タ YOKOHAMAによるタンゴ・コンサート「昭和、そして今」を聴いた。オルケスタYOKOHAMAは 本職は塾経営者である齋藤一臣氏が率いるタンゴ楽団で、今回は楽団結成30周年記念のコンサートで もあるという。オルケスタYOKOHAMAのメンバーにはプロとアマチュアのミュージシャンが混在し ているので、厳密に言えば「セミプロ」集団である。今回のコンサートでの楽団メンバーは末尾に示 した。この中で平田耕治氏と佐藤利幸氏はNTA会員でもある。また平田耕治氏はこの楽団で育った プロのバンドネオン奏者である。この楽団にはこれまでNTA会員の河内敏昭氏がビオラ奏者として 参加されていたが、ご自身の事情で今回からは参加されなくなったということである。大変残念なこ とである。また当初出演予定であったバンドネオン奏者の並木 恵氏も体調不良ということで、氏に 替わってオルケスタ・デ・タンゴ・ワセダOBの清川博貴氏(現役東大生)が加わった。更に今回は NTA会長の島﨑長次郎氏がコメンテーターとして登場する場面があった。
横浜市開港記念会館の会場は本来は音楽会場というよりは式典などを行うための施設であるが、そ のことは演奏上は何の問題にもならなかった。ただし、ダンスのためのスペースは狭いように思われ た。かなり広い会場であるが、それでも補助席を用意するくらいの大入り満員で、当日売りの券は無 かった。ただし聴衆の大部分はオルケスタYOKOHAMAの「友の会」を通しての参加であると見受け られた。
プログラムも末尾に示したとおりであり、今回のテーマの「昭和、そして今」を考えた選曲がなさ れている。第一部の途中に島﨑会長が登場し、齋藤一臣氏との質疑応答の形で、昭和初期にタンゴが 日本に紹介された経緯を解説された。
第一部は恒例のMeta Fierroで始まり、次いで今回が始めての試みということでコンチネンタル・
タンゴの「夜のタンゴ」が演奏された。El AcomodoとAdiós Argentinaは昭和初期の人気タンゴの 代表として、El Internado とMucho Mucho はフアン・ダリエンソを、A La Gran MuñecaとBahía Blancaはカルロス・ディ・サルリを代表する曲として取り上げたと説明された。それに続き、日本の タンゴとして「夜のプラットフォーム」を元宝塚歌劇団星組の叶 千穂さんが歌い、最後にダリエンソ・
スタイルでのNací en Pompeyaとディ・サルリ・スタイルでのLa Cumparsitaで締め括った。
第二部の最初の5曲は齋藤一臣氏が最も影響を受けたプグリエセのスタイルによる演奏で、それに 続くLa Racha, Un Placer, Recuerdoは河内敏昭氏の編曲によるもの、9 de JulioとLa Cumparsitaはオ スバルド・レケーナの編曲によるものである。どちらも当楽団のために特に編曲されたものであると