第2章 現行法の構造分析
第3節 重加算税との併科の二重処罰問題
我が国の憲法39条は、「何人も、実行の時に適法であった行為又は既に 無罪とされた行為については、刑事上の責任をとはれない。又、同一の犯 罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。」とあり、今日における 憲法上の理解としては、主に前段においては一事不再理の原則を規定して いるのに対し、後段については二重処罰の禁止を定めたものと解されてい る。この憲法39条における刑事法学上の見解に関しては幾らかの議論があ り、従来においてこれを実体法上の問題とする議論185も少なくない。そし て、この実体法上の二重処罰の禁止に関する問題は、行政制裁と刑事制裁 との併科が憲法39条に抵触しないかという議論に主に現れてきており、近 年ではカルテル行為に対して課されている独占禁止法の課徴金制度におけ る課徴金の引き上げなどにおいても注目を受けている。
租税刑法分野においては、行政上の秩序罰とされている重加算税の賦課
の問題が逋脱罪との二重制裁との関係において一つの論点となっている。
最高裁昭和33年4月30日大法廷判決(民集12巻6号)はそれを合憲と判断 したが、この問題を広く政策的な観点にまで発展させて考えると、単純無 申告罪や無申告加算税との関係についても敷衍することとなり、間接的と はいえ逋脱罪の本質を理解する上では十分に議論の余地があるものと考え られる。本節では重加算税と租税逋脱罪における二重制裁(処罰)問題の 法的な解釈論を主眼とし、我が国における重加算税の本質的な性格を捉え ることを目的としたい。そして後述する終章(第4章)においては、その 解決策に着目した方向で立法政策的な議論を進めていきたいと思う。その ためにはまず我が国における重加算税の法規定の仕組みとその性格を再度 確認するとともに、先の大法廷判決の妥当性の検討が必要となるだろう。
第1項 重加算税の賦課構造
(1)加算税の仕組みと目的
加算税とは附帯税の一つで、国税通則法は法定申告期限又は法定納期限 を経過しても尚提出されていない申告書や納付されていない税額が存在す る場合、延滞税や利子税とは別にその所定の手続きを経ることにより、賦 課課税方式による4種類の加算税(国税通則法69条)を定めている。
その種類としては、まず期限内に提出された申告書に記載された税額が 何らかの理由により過少であった場合、手続上は修正申告を行うか更正処 分を行うこととなるが、その納付すべき税額の10%(納付すべき税額の 内、期限内申告税額又は50万円の何れか多い金額を超える部分の税額につ いては15%)を賦課するという過少申告加算税(国税通則法65条)があげ られる。この場合、「正当な理由がある場合」には加算税は賦課されない が、ここでいう「正当な理由」とは税法の公表されていた解釈の変更や申 告時に確定できなかった偶発的利益(保険金、損害賠償金)の発生などの 真にやむを得ない理由によるものであり、事業が忙しく申告の機会を失念
したとか、単なる引越しや親・子供の世話などによる個人的な事情は一切 関係しないものの、修正申告の提出が調査に基因するものでなく、自発的 になされたものである場合には加算税は賦課されないこととなっている。
一方、期限内に何らかの理由により申告書の提出がなされなかった場合 には、納付すべき税額に対して15%の税額を賦課するというのが無申告加 算税(国税通則法66条)であり、実務上では期限後申告(国税通則法18 条)に伴って適用されることが多い。この場合も過少申告加算税と同様に
「正当な理由がある場合」には賦課を免れることになるが、過少申告加算 税と異なる点は、当該申告が調査があったことを基因としない場合におい ても納付すべき税額に対して5%の無申告加算税が賦課されることであ る。これは租税法が無申告に対してはより重い秩序罰を課すことにより、
申告納税制度の重要性を付与しているものと考えられる。これら二つの加 算税は国税に係るものであるが、両者が地方税にも賦課される場合には、
それぞれ過少申告加算金、無申告加算金とその名称が変わることとなる。
そしてこれらの二つの加算税と若干性質の異なるものが、不納付加算税
(国税通則法67条)である。これは源泉徴収義務者が源泉徴収等による国 税を法定納期限までに完納しなかった場合に、納税の告知を受けた税額又 は納税の告知を受けることなく納付した税額の10%に相当する金額を賦課 されるというものであり、源泉徴収義務者となる主体は法人・個人を問わ ない。不納付加算税も過少申告加算税や無申告加算税同様、「正当な理由 がある場合」には賦課されない。しかしながら過少申告加算税とは異な り、その納付が調査を起因とする場合には無申告加算税と同様には5%の 不納付加算税が課せられることとなる。この不納付加算税が無申告加算税 と共通する点は、源泉所得税の納付書の性質がその納税の告知を兼ねるも のであり、一種の申告書の役割を有していることに基因しているものと考 えられる。そういった意味においては源泉所得税の納付書は単なる納付目 的に止まるものではなく申告行為の一部とみなされるため無申告加算税と
同様の扱いがなされていることから、ここでも申告納税方式を重く受け止 めていることが窺えるだろう。
従って、この通常の加算税における本来的な目的とは「一般には申告納 税制度を育成するための過渡期的な措置として理解される」186もので、全 体としては「附帯税のなかでも、特に加算税(広義)は、その課税要件を 延滞税の課税要件と部分的に同じくしつつ、延滞税が原則として納付すべ き国税を法的納期限までに完納しなかったという結果(国税債権の積極的 侵害の発生)に着目した課税要件であるのに対し、申告義務の不履行や源 泉徴収納付義務の不履行自体に主として着目した課税要件となっている」
ものと考えられる。それで、延滞税(利子税も含む)は「どちらかといえ ば本来の特定の租税に附帯してこれを法定納期限内に実質的に確保するこ とを目的としていることから租税としての性格を全く失っているのではな いのに対し、加算税(広義)はその課税要件からみても、特定の国税(債 権)の確保というより申告義務の実質的不履行や源泉徴収納付義務の不履 行に経済的制裁を加えることを直接の目的として、そのことを通して申告 納税制度及び源泉徴収制度の適正な運営を図ろうとするもの」187である。
そしてそれはすでに加算税自体が租税の不足額を補うものではなく、行政 制裁(経済制裁)となっていることを念頭におく必要があるが、同様の性 質を有すると考えられる行政制裁としては道路交通法の交通反則金が同じ 行政上の秩序罰的目的であり、この交通反則金も交通運営上の費用(ある いは被った何等かの損失)を賄う目的ではなく、適正な交通を妨げる行為 に対して運転者に課す行政上の秩序罰的な制裁金なのである。
何れにしても、基本的に加算税は納税義務者が行うべき申告及び納付義 務の履行について、国税に関しその法律の適正な執行を妨げる行為又は事 実に対する防止や制裁措置の性格を有しており賦課決定の手続きを経て確 定するものである。それは法律的には逋脱罪や単純無申告罪のような刑罰 規定とは異なり、行政上の交通取り締まり目的などで課される交通反則
金188などと同様の性質を持ち合わせており、刑法上の危険運転致死傷罪な どとは根本的にその目的において異なる行政上の秩序罰である。それで全 体的にみて加算税の目的は、正しい申告をさせる、即ち申告納税制度を維 持することにあり、申告納税方式を原則とする国税において正しい申告義 務が履行されなかった場合と源泉徴収義務の不履行に対して課される行政 制裁であることが理解できるだろう。
(2)重加算税の性質
国税通則法68条は「納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の 基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し」た場合に は、それが過少申告の場合189には「過少申告加算税に代え、当該基礎とな るべき税額に百分の三十五の割合を乗じて計算した金額に相当する金額」
を、無申告の場合にも同様に「無申告加算税に代え、…百分の四十の割合 を乗じて計算した金額に相当する…重加算税を課す」ことを規定してい る。この重加算税の規定は同じ国税でも通告処分が設けられている消費税 等については適用されないが、現行法では他の加算税と同様に行政上の措 置として課せられるもので現行制度上は刑罰として科されるものではない。
従って「重加算税は、納税者が隠ぺい・仮装という不正手段を用いた場 合に、これに特別に重い負担を課すことによって、申告納税制度および源 泉徴収制度の基盤が失われるのを防止することを目的とするものであ
(り)…通常の加算税と重加算税とは、別個独立の処分ではなく、後者の 賦課処分は、前者の税額に一定の金額を加えた額の加算税を賦課する処分 であり、通常の賦課に相当する部分をその中に包含していると解すべ き」190との意見は判例191もそれを支持している。
しかし一方でこの重加算税に関しては、それが行政措置である以上「制 裁規定の構成要件は、元来、没価値的・客観的・記述的であらねばならな
(く)…それを適用する者の主観的判断が介入する余地がないように、主