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第2章  現行法の構造分析

第1節  逋脱罪の判例解釈の動向

 この節では最高裁判例を中心にこれまでの主な判示を確認する。ここで も逋脱罪の実行行為である過少申告と無申告とに区分して分析し、昭和42 年の大法廷判決を基点として、今日までにみられる学説も並行して考慮す る。

第1項 昭和42年以前の主な判例の動向

(1)最高裁昭和24年7月9日第二小法廷判決(刑集3巻8号)

 逋脱罪の判例においてはその構成要件である「偽りその他不正の行為」

の解釈を中心に展開されることとなるが、当判示が戦後においてその主な 判例の最初のものである。判示は、「詐偽その他不正の行為により所得税 を免れた行為が処罰されるのは、詐偽その他不正の行為が積極的に行われ た場合に限るのであって、所得税逋脱の意思によってなされた場合におい ても、単に確定申告書を提出しなかったという消極的な行為だけでは、詐 偽その他不正の行為にあたらない。申告納税制度を採用し、納税義務者の 申告を所得税額決定の基礎とする建前をとっているからといって、不申告

という消極的な行為をもって、不正の行為の概念に包含させることは、と うてい是認できない」としている。

 当判例の事案当時は単純無申告罪の規定はまだ存在しなかったが、判示 は無申告(不作為)を「詐偽(偽り)その他不正の行為」にはあたらず、

消極的な行為にすぎないものであるとして、それだけでは逋脱罪に該当し ないとした。そして「詐偽(偽り)その他不正の行為」にあたるのは、そ の当該行為が積極的に行われる(作為)必要があるとし、逋脱の意思(故 意)が存在したとしても確定申告書の不提出(不作為)のみでは逋脱罪は 成立しないと判示したのである。

 この判断はその後展開される判例解釈に関係する2つの疑念(私見)を 暗に示していたように思える。一つは、この規定に関して積極的な行為

(作為)とは具体的には何であるかということと、もう一つは、無申告が 不正の行為にあたらないということである。前者は言い換えるならば、積 極的な行為と消極的な行為という具体性のない不明瞭な文言を判示上採用 したことにより、かえって余分な解釈の余地を広げてしまったことと、後 者においては、逋脱の目的(故意)になされた無申告であることを認めな がら、逋脱罪の成立を棄却したことである。

 前者はその後の昭和42年大法廷判決により、ある種、解決することとな り、単に判示の上での文言上の問題であるため特段追及すべきことではな いが、後者に関してはその後の判例の発展の仕方において根本的な影響を 含んでいたように思われる。それは簡潔に言うなれば、無申告(不作為)

は少なくともそれだけではいくら税額が発生していようが租税刑事罰には 該当しないということだった。戦後当時の申告納税制度110がまだ国民に定 着していなかったとはいえ、元々この議論が後の昭和42年大法廷判決の起 因となっていたことは否めない。「戦後のドイツでは、目的的行為論が有 力であったため、目的的な実現意思に基づく行為の積極的な支配に欠ける 不作為は行為でないとされた。しかし、ドイツでも不作為犯の全てを不可

罰とするわけにはいかなかったので、不作為を目的的な行為と説明するた めに様々な努力が為され、その議論が日本にも紹介された。しかし、刑法 上の「行為」を目的的なものとして構成する必要性はないし、日本では目 的的行為論の支持者は少ない。現行刑法は不作為的犯罪行為の処罰を前提 にし、国民の常識からしても、不作為を刑法上の行為から除外すべきでは ない。日常的に、作為と刑法上同価値の不作為というべきものが十分考え 得る以上、身体の動「静」として、不作為も行為に含めるべきである」111 とするのが現刑法学の考え方である。そうすると、故意になされた無申告

(不作為)を処罰しなかった当判示は、現在における社会通念から鑑みる に結果的には誤りであったことが窺える。元来、故意の立証は難しい112も のであるが、当事案はそれを争っている形跡は到底ないことから、筆者と しては、まず本件において逋脱犯罪の成立を肯定する判決と理論構成をす べきであったと考える。

(2)最高裁昭和24年12月13日第三小法廷判決(刑集3巻12号)

 ほぼ時を同じくして提起された当判決は、いわゆる単純無申告罪成立後 に最高裁が無申告による逋脱をどのように捉えるのかということにおいて 注目されたのである。すなわち「偽りその他不正の行為」が積極的な行為 を伴うものでなければ処罰できないという解釈も、「単純な不申告を処罰 していなかったという沿革上の理由からは説明が可能であるとしても、逋 脱犯の抑止という観点、公平な取扱いという観点からは、十分に説得的と はいえなかった。」113からである。

 当判示は「原判決は…被告人…が…秘密会計を設け不正行為により…葡 萄糖の移出数量の一部を故意に政府に報告せず其数量に相応する物品税を 逋脱したことを認定したものであるが、既に物品税を免れた事実がある以 上は其不正行為は所謂逋脱に該当し物品税法第十八条一項又は二項を適用 して処断すべきものである。同法第十九条第一項第一号は物品税を不正に

免れ又は免れようとした場合でなく、他の目的似て虚偽の申告を行ったよ うな場合に適用される一種の秩序罰的な規定と解すべきものである…」と している。

 このケースが先の同年7月9日の判決と異なる点は、この場合、秘密会 計(後の所得秘匿工作)を設けていたという積極的な行為を伴うのであ り、単純無申告罪の制定後に改めて純粋な無申告(不作為)を逋脱罪とし て処罰することにした114ということではない点にある。当判示は依然、純 粋な(所得秘匿工作を伴わない)無申告(不作為)が直接的に逋脱罪とな ることに対して、必ずしも漸進的な見解を示したわけではないということ であり、本質的な部分の司法解釈の展開を明らかにするには、所得秘匿工 作を伴わない事案を待つ必要があると思われた。

 そしてもう一つは、「この判示の後段からすると、不申告罪として処罰 されるのは、逋脱の意思のない不申告の場合にかぎられるかのよう」115に みえる点である。単純無申告罪が一種の秩序罰的性格を有しているかどう かは別としても、罪を犯す意思のない犯罪は刑法総則に則ればその基本的 な前提からして考えられないのであって(刑法38条1項)、解釈展開の方 向性としては単純無申告罪の故意は不提出の故意であり、単純無申告罪に 関して言えば「むしろ、不申告罪に該当する行為が同時に逋脱罪の実行行 為の内容をなす場合には、逋脱罪に吸収されて不申告罪の規定の適用は排 除される旨をあきらかにした(にすぎず)逋脱意思のともなわない不申告 というのは、ほとんど考えられないから、不申告罪の存在意義を有名無実 にしてしま」っただけである。

 加えて同判決は、「秘密会計を設け不正行為により」と述べることによ って積極的な行為と捉え、自然にそれを「詐偽(偽り)その他不正行為」

と同等の位置においたこと(所得秘匿工作の位置づけに関しては後述す る)において、同年7月9日判決をさらに複雑化116させてしまったのであ る。

(3)最高裁昭和38年2月12日及び4月9日第三小法廷判決(刑集17巻3号)

 この時期に無申告逋脱罪に関する2つの判決がみられた。前者(2月12 日)は所得秘匿工作を伴うもので、後者(4月9日)は伴わないものであ る。両者とも一、二審判決においては有罪とされたが、最高裁では何れも これを覆した。理由は先の昭和24年7月9日第二小法廷判決におけるもの と同じく、単に申告をしないという消極的な行為だけでは不正の行為には 該当せず、逋脱罪は成立しないというものだった。これらの判決により、

不作為は不正の行為には該当しないという見解が一義的には確立されたよ うだった。

 これら両判決の時までには単純無申告罪の規定も新設されてから十数年 が経過しており、逋脱罪との兼ね合いの中において、単純無申告罪が逋脱 罪よりも軽い刑となっていたゆえ議論の幅も広がりをみせていた頃だっ た。しかしこれら両判決は所得秘匿工作の有無を判示に影響させなかった ため、「不作為的な行為であればすべて不正の行為に当たらないのかとい う疑念を生じさせること」117となったのである。

(4)最高裁昭和42年11月8日大法廷判決(刑集21巻9号)

 これらの舞台が整ったところで登場したのが当大法廷判決だった。ま ず、当判示は先の最高裁昭和24年7月9日第二小法廷判決における一つの 懸念を払拭させた点で純粋の評価をうけることとなる。それは先の判決が

「不正の手段」の認定基準を、積極的な行為か消極的な行為かという点に 求めていたのに対し、「逋脱の意図をもって、その手段として税の賦課徴 収を不能もしくは著しく困難ならしめるようななんらかの偽計その他の工 作を行うことをいう」と判示し、「より実体的な評価基準を示したので…

逋脱の意図と、これに関連した手段の全体を実質的に評価して、その外形 の積極・消極にだけ捉われることなく」118それまでの判示の流れをまとめ たことによって大きな反響をもたらしたのである。