第3章 外国比較法研究:諸外国の租税制裁構造の考察
第3節 中国の租税制裁制度
今日の中国の経済発展は著しい中で、先進資本主義国との税制面での遅 れを指摘242する研究者は少なくない。そしてその根拠を現代の中国税制に おける税収の大部分が依然として消費課税を中心とした実態243があり、日 本やドイツのように直接税が租税収入の中心となっている国とは逆にその 70%近くが間接税を占めていることを指摘している。そして「租税原則か らの批判として、中国税制には明確な公平が欠けており、これは企業や家 計に会計学の原理がゆきわたっていないこと…が、共有税としての主要な 租税の配分を不均等にし、それが歳出面でも不均等をうむことを示唆」244 しているとの見解もある。
これまで中国における租税刑法研究は皆無に等しく、公表されている研 究資料もほとんどない。諸外国における刑事比較法研究においては、アメ リカやドイツの制度的研究はなされてきたものの、中国の租税制裁制度に ついては今日まで深く触れた文献は存在しなかった。それでも中国の租税 制度においてはその経済発展とともに注目度は日増しになっており、特に WTO の加盟を契機に規制緩和の方向で法制度の整備・運用が進められて きたといえる。もちろん租税刑法の分野においては、ドイツやアメリカな どの民主主義国家と違い中国の国家体制は社会主義の立場を依然保持して いるため、一概に比較法的な考察を行うことはできないのであるが、今日 における日本企業などの進出を考慮すると、関心の度合いは今後高まって くるとも考えられる。そういった中において筆者は中国の租税処罰規定に おける研究を通して、我が国においても十分参考になる要素があることを 非力ながら紹介したいと考えた。
中国の租税逋脱罪は主に刑法に規定されており、近年における中国刑法 の大改正(1997年)後も過去10年余りにわたって小改正が行われてきた。
そして中国法令も他の外国語と同様に日本語になじみ難い用語が多々あ り、訳語の統一と適切な表現には十分に注意する必要があると考えられ る。筆者は、現行法令における邦訳の信頼性も大変重要なことと考え、ま ず中国刑法邦訳として筆者が引用する翻訳条文は、可能な限り最新のもの として「中華人民共和国刑法」甲斐克則・劉建利[編訳]成文堂(2011年 10月1日初版)を、そして租税法全般の邦訳としては「中国税法全書」東 洋経済(2009年版)税理士法人プライスウォーターハウスクーパース[編 著]梁瀬正人[監修]を基本的に用いることとする。
全体構成としては1項で、現行の中国における租税処罰の刑事罰規定を 体系的に捉えながら、近年の法改正の動向や制度的特徴などを概観した後 に中国特有の逋脱概念についての分析結果をとりあげるとともに、2項に おいては行政処罰規定の制度的にみられる本質部分を通して、中国の租税
行政責任の基本的な考え方を我が国との比較研究として報告したいと思う。
第1項 中国の租税刑事罰
(1)中国の租税罰則規定とその特徴
中華人民共和国刑法(以下、中国刑法とする)は、その第201条から第 212条において、徴税の管理に危害を及ぼす罪に関する一連の規定を設置 している。その税目の種別に関しては幾つかの税目に自然に限定できるも のも存在しているが、少なくとも最初の203条までは全ての税目に共通す る内容を規定している。
その最初である第201条は、その第1項において「納税義務者が欺罔若 しくは隠蔽を用いて虚偽の納税申告を行い又は申告せず、脱税額が比較的 大きく、かつ納付すべき税額の10%を超えたときは、3年以下の有期懲役 又は拘役に処し、罰金を併科する。税額が非常に大きく、かつ、納付すべ き税額の30%を超えたときは、3年以上7年以下の有期懲役に処し、罰金 を併科する」と規定しており245、基本的には当条文が我が国でいう逋脱罪 に該当するものと考えられる。
しかし中国刑法は第202条においても「暴行又は脅迫を用いて納税を拒 否した者は、3年以下の有期懲役又は拘役に処し、拒否した納税額の1倍 以上5倍以下の罰金を併科する。情状が重いときは、3年以上7年以下の 有期懲役に処し、拒否した納税額の1倍以上5倍以下の罰金を併科する」
とし、続く第203条においても「納税義務者が、納付すべき税金を延納 し、財産を移転又は隠匿することにより税務機関による税金の追徴を不可 能に」したときの規定を定めていることから、行為類型としては詐偽型犯 罪のみならず特殊な状況での暴力型犯罪や偽造型犯罪に対してもその違法 性を明確にしていることが特徴的である。これは中国の国家体制の指針と も関係するかもしれないが、少なくとも租税危害犯に対しその制裁を重視 していることが、そういった類型の規定に自由刑を科していることなどに
あらわれているのかもしれない。
それ以外の特徴としては、付加価値税(日本における消費税に相当)な どにおける領収書の発行や偽造及び販売・購入などの証憑書類の不正に関 する規定が多くみられ、最後の212条などは税務機関追徴優先の原則など の規定を含めており、我が国の通則法や徴収法の一般・手続規定に関する 規定なども混在していることから、とくにドイツや日本のように体系や目 的などとは関係なく、実質的・政策的な点を注視して規定されているよう である。
中国においても脱税を処罰する法律は古くから存在していたようである が、中華人民共和国が設立した頃、政務院が発表した税収法規は刑事制裁 ではなく行政制裁に止まるものであった。脱税が正式に刑事立法規定とな ったのは1979年のことであり、それまでは現在のように経済が活性化して いなかったため、その必要性も乏しかったものと考えられる。その1979年 の中国刑法の第121条は「税収法規を違反し、脱税、納税拒否、それらの 状況が重大である場合は、税収法規による追加納付以外に、直接責任者に 対し、三年以下の有期懲役又は拘留を科す」と制定された。そして1986年 には中国刑法とは別に「中華人民共和国税収徴収管理暫定条例」246が公表 され、その第37条には脱税に関し、欺網や隠蔽などの手段で納付を履行し ないことについて言及している。同年に最高人民検察院は「経済検察事件 立案基準の規定(試行)」における脱税罪の解釈として、「脱税罪は納税者 が故意に税収法規に違反し、欺網や隠蔽などの手段で納付を履行しない状 況が重大な行為に相当する」とし、同時に「状況が重大」に相当する具体 的規定も定めている。
最高人民裁判院は、最高人民検察院連合に対し、「脱税、納税拒否刑事 事件を調査する具体的事案の若干問題に関する解釈」を公表することによ って脱税罪の概念や手段をさらに明確化した。1992年全国人民代表大会常 務委員会によって「税収徴収管理法」が公表されると、同時に公表された
「脱税、納税拒否犯罪を処罰することについての追加規定」は、1979年の 刑法と比べ、主に脱税の概念を明確にし、脱税罪を適用する基準を規定す るとともに、法定刑罰をより高く定めた罰金刑などを定めた。
この「脱税、納税拒否犯罪を処罰することについての追加規定」は、
1997年の中国刑法の大改正時に引き継がれることとなり、近年2009年の 小改正前までの第201条規定の骨子となっている。この小改正前と後の条 文では、中国の逋脱規定の考え方の方向性が読み取れ、それが我が国にお ける逋脱罪規定を別の角度からの視点を有しているので紹介したい。
まず一つ目は、脱税の手段を羅列式から概括式に変更している。条文を 比較すれば、基本的な文字数もおよそ半分となっていることが容易にわか るが、小改正後の条文は逋脱の本質につきその手段の違法性を重要視した ようで、「虚偽」的行為が関係すればそれは全て脱税に相当するという意 図が見受けられる。
もう一つは、具体的な金額規定が排除された点である。小改正前の脱税 額に関しては、仮に脱税額が10万元未満であっても逋脱率は30%以上(極 端な場合は100%)の場合や、逆に逋脱率が10%から30%までの間(極端 な場合は1%程度)でも脱税額は10万元をはるかに超過している場合の扱 いが問題となる。実際の中国の裁判事例もその扱いに関し、司法機関がそ の判断基準に困惑したようである。それで、小改正後の条文においては、
「脱税額が比較的大きく」や「税額が非常に大きく」という表現になり、
これは金額に関して裁量的な可罰性の要素を取り入れたものと考えられ る。また、罰金の額も倍比罰金制を取り消すことにより1倍以下の罰金も 科す可能性を示唆している。
(2)中国の逋脱概念
中国における租税罰則規定には、日本語には翻訳し難い幾つかの特徴的 な税に対する概念規定が存在する。その一つが納税拒否であり、この原語