• 検索結果がありません。

第3章  外国比較法研究:諸外国の租税制裁構造の考察

第2節  アメリカの租税制裁制度

 既に触れたように、アメリカの租税制裁方式は我が国と同じ上乗せ方式 を採用している。この節においては、同じ方式を採用しているアメリカの

制度としての比較研究を行うことができるが、アメリカの租税行政と租税 刑法は内国歳入法典(Internal Revenue Code以下、内歳法とする)にそ のほとんどが規定されており、ドイツと同じようにその中の条文の中にお いて刑事罰(assessable criminal penalties)と民事罰(assessable civil penalties)が規定されている。

 現行の内歳法が立法されたのは1954年であったが、現在の1989年の改 正に至るまでには、納税者番号制度などを経、増大していく多くの問題に 対処する必要があったようである。アメリカの租税制裁制度の特徴として は、同じ行為に民事罰と刑事罰とが科せられている場合の機能分担基準以 外にも、同じ刑事罰同士あるいは民事罰同士の関係においての問題が浮上 することにあり、それは行政罰にしても刑事罰にしてもその規定が多くな っていることにその要因があるようである。

 ここでもドイツの比較法研究同様に行政罰と刑事罰に項を分けそれぞれ の現行法の分析から入っていくこととするが、アメリカの比較法研究では 故意や詐偽の立証責任の問題も内在するので、そういった問題に対するア メリカの解決方法も後半では検討したい。尚、アメリカの内国裁入法典の 邦訳としては、佐藤英明の「脱税と制裁」に収録されている訳出を用いる こととする。

第1項 アメリカの租税民事罰

 アメリカにおける租税制裁の全体的に共通する特徴としては、まず一つ として主観的要件が重要視されていることをあげることができる。アメリ カの制裁規定には民事罰と刑事罰とでその要件がほぼ重なる傾向にあり、

特に逋脱行為に関してその性格が強いことは我が国の重加算税と逋脱罪の 関係とよく似ている問題として表れているといえるだろう。そしてもう一 つは、一般予防的効果がその規定には盛り込まれていることであり、この 民事規定は特にその傾向が強いものといえる。アメリカにおける民事罰規

定の条文構造としては、基本的には詐偽罪・遅滞罰以外は内歳法6662条に 統一的に規定されており、無申告による詐欺以外の詐偽に関する民事罰が 6663条に規定され、無申告による詐偽については無申告罰とともに6651 条に規定されている。そういった意味では、アメリカの行政制裁も主観的 要素を重視していることが無申告行為に対しての行為態様として条文を分 けて規定していることからも窺えるだろう。しかし、実際の現行のアメリ カにおける租税民事規定は一つの条文の内容が極めて多岐にわたるため、

その全てを採り上げることは不可能であるので、ここでは民事罰の中でも 主だった懈怠罰や過少申告、民事詐偽罰及び無申告罰などを考察の対象と する。

 そしてこれは刑事罰をも含め全体的にいえることであるが、アメリカで は立証責任の問題が重要視されており、これは課税庁側だけでなく納税者 側も自らの主張に対しては相当の証明責任があるとされ、その所在に関し ても多くの議論があることも事実である。ここでは、アメリカの租税民事 罰の内、最初に非詐偽的な民事罰に触れてから、後に逋脱規定を含む民事 詐偽罰を中心に現行法の構造体系を分析してみたいと思う。

(1)正確性関連の制裁

 1989年改正の内歳法6662条によると、納付された税額に不足額があり

(a)、その一部が懈怠または故意による法令・通達の無視(b)①、所得税 の何らかの実質的な過少申告(b)②、内歳法1章に規定する実質的な評価 の申告の誤り(b)③、年金債務の何らかの実質的な過大申告(b)④、また は贈与税・遺産税の評価の何らかの実質的な過少申告(b)⑤による場合に は、納税不足額のうちこれらの事由による部分の20%の額の罰則金が課せ られると規定されている。しかしながら2004年内歳法小改正は、米国雇用 創出法(AmericanJobsCreationActof2004)により条文の項において はその位置関係がさらに改訂され、現行では大きく分けて正確性関連の制

裁(accuracy-related penalty)と詐偽の制裁(fraud penalty)とに分か れている。

 2004年小改正内歳法6662条は、正確性関連の制裁は過少納付金額のう ち、(a)税法ルールおよび財務省規則の懈怠または無視、(b)所得税の実 質的な過少申告、(c)実質的な評価誤謬、(d)年金債務の実質的な過大申 告を列挙しており、20%の制裁金を定めている。

 この内、(a)の「懈怠(無視)」に関するものであるが、この罰則金の計 算の基礎となる部分は納付不足額の全額に対するものではなく、あくまで

「懈怠」による部分のみであるということから、アメリカの租税制裁が主 観的要件を重視していることを確認できる。この罰則金の手続は、一般の 納税不足額の場合と同様に扱われ、基本的には課税庁の決定が正しいとの 推定を受けるので、納税者が正しい注意を払っていたことを証明できない 限 り は 罰 則 金 の 賦 課 は 維 持 さ れ る こ と と な る。 租 税 裁 判 所(U.S.Tax Court)235において、課税庁側は詐偽罰をこの懈怠罰に変更する権限も有し て お り、 い ず れ の 場 合 も 納 税 者 の 証 明 は「明 確 で 説 得 的(clear and convincing)」なものでなければならないとみなされているようである。

 次に、実質的な過少申告についてであるが、アメリカにおいても内国歳 入庁の税務調査を受ける確率はそれほど高くないため、納税者が税務調査 を受けないことを予想した「調査くじ(Auditlottery)」236という考え方が 頻発するようになった。この実質的な過少申告額を決定するためには、

「実質的な根拠(substantial authority)の有無」の基準がその後の多く の争いの原因にもなったことは事実であるが、この規定は1989年の改正に おいても内容的には大きな改正はなく、現在にいたっている。

 アメリカの民事罰規定は非常に多岐にわたり、我が国でいうところのど の部分が加算税や延滞税及び利子税に相当するかは一概に対応関係を示す ことはできない。それはアメリカの租税制裁規定が主観的要素を基準にか かげているために、意思の程度の差が複雑に混雑していることと、その一

つの条文の中にもそれが様々な理由と沿革とともに残されている節がある からである。それでも大きな観点からすれば、この正確性関連の6662条の 規定は我が国でいう附帯税に相当するものと考えられ、悪質なケースを扱 ったものではないことが窺える。

(2)詐偽的目的の制裁

 アメリカにおいては、「故意(willfulness)」と「詐欺的目的(afraudulent purpose)」または「悪意(evil purpose)」とは区別されている。我が国 でいうところの「仮装・隠ぺい」と「偽りその他不正」の関係に相当する ようなものと考えられるが、「詐偽」237という意思の程度の位置づけとして は、我が国でいうところの過失と故意の中間的な立場、ドイツでいうとこ ろの重過失あたりに相当するものと考えられる。

 この詐偽罰の賦課に関しては、内歳法6663条に「申告書に示されるべき 租税の納付不足の何らかの部分が詐偽によるものである場合には、納付不 足額のうち詐偽に帰せられるべき部分の金額の75%に相当する金額を加え る」と規定しており、金額の程度からみると制裁色の濃いものとして定め られていることが理解できる。

 この規定は申告書が提出された場合に限られるので(内歳法6664条

(b))、詐偽的な無申告に関しては別途6651条において定められているが、

この詐偽に関しては理論上、申告があった場合には申告書のみが詐偽の有 無の判断の対象となっており、それ以外の書類や納税者の行動において詐 偽的なものがあっても詐偽罰を賦課する理由とはならず、申告以後の行為 も詐偽とはされない。そして詐偽の証明責任は課税庁側が基本的に負うこ ととなる。

 しかしながら、刑事罰において仮に起訴され無罪判決を得ても、その同 じ租税に関しこの民事詐偽罰は別途の賦課要件とされており、課税庁側は 租税裁判所において納税者が詐偽のないことを立証できない限りは詐偽罰

の成立と逋脱罪の判決とは無関係であり、まして先行する刑事罰としての 逋脱罪が成立している場合の詐偽罰の阻却は実務上不可能であるといわれ ている。それでも申告書における特定の事項について、会計士や弁護士な どの専門家の意見を聞いた場合には、このような処置を取ったということ に関し詐偽がなかったことを推認させる事情の一つとみなされることがあ るが、争う場合には詐偽罰の賦課は課税庁側(被告)238が行うシステムと なっているので、現行法では立証責任の法的根拠も整っている(内歳法 7454条(a))。

 1971年のアメリカ法律家協会の税制部会の勧告は「理論的には、詐偽罰 は裁判所によって、救済的な性質のものであり、侵害された租税を調査・

徴収するために要した余分な費用を政府に補償するために作られていると されてきた。…しかしながら、実際にはそれは懲罰的なものである」とし ているが、実際の賦課件数を比較してみると、我が国の法人税に関する重 加算税の賦課件数が年間6万件であるのに対し、アメリカの民事詐偽罰の 賦課件数は年間にして1万件程度であることを考えると、実務上の適用数 から推測される詐偽罰の認定は非常に少ないともいえる239。そして手続的 な側面でも、民事詐偽罰を課す事案に関しては、刑事罰を科す事案を扱う 査察部の調査を受けなければならない。そういった意味では民事詐偽罰は 実質的には刑事制裁の軽犯罪規定といっても過言ではないだろう。

第2項 アメリカの租税刑事罰

 アメリカの逋脱規定は、行政罰(民事罰)と刑事罰とで客観的な構成要 件においてはほとんど差があるわけではないが、どちらも主観的構成要件 や悪質性によって複雑に規定されており、刑事罰は民事罰と異なり賦課に よって徴収されるのではなく、刑事手続を経て有罪判決によって科される 点で大きな違いがある。

 アメリカの租税刑事罰は、同じ故意による刑罰でも重罪とされる虚偽申