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第3章  外国比較法研究:諸外国の租税制裁構造の考察

第1節  ドイツの租税制裁制度

 これまでドイツの租税刑法分野における研究としては、戦後においては 一ノ瀬長治223や近年においては佐藤英明224を除いては体系的な研究はほと んど見受けられないが、ドイツにおける租税刑事規定には我が国にはみら れない特有の個別概念があり、特に1977年租税通則法(以下、租税通則法 とする)の大改正によってそれまでの種々の問題点を検討したようである。

 ドイツの租税制裁における基本的な条文規定は、租税通則法の中に規定 されており、我が国における国税通則法や国税徴収法に近いものである が、我が国の逋脱規定が各種個別税法に規定225されているのに対し、ドイ ツの罰則規定はこの租税通則法において一括した租税刑法体系として定め

られている。そして「(西)ドイツの特別刑法においては、刑罰構成要件 と過料構成要件とが明確に区別されて規定されている」226ことは特徴の一 つである。

 ドイツの租税罰則規定の体系的な位置づけとしては、租税通則法369条 2項において「租税法律の刑事規定に別段の定めがない限り、刑法に関す る一般法律を適用する」としており、これに関しては日本の租税罰則規定 の枠組みと同様、一般刑法総則たるものが特別刑法にも適用され、租税逋 脱罪の規定も刑法の特別法にあたるものと考えられる。

 ドイツにおける脱税に関する直接的な規定としては、まず故意が伴うと される370条の租税刑事行為にあたる逋脱罪と、形式上は行政罰の範疇に 属する378条の重過失租税逋脱が基本的な議論の中心になってくるだろ う。ドイツの租税通則法(租税基本法)の邦訳としては日本税法学会発行 の「税法学」314号以降の「西ドイツの一九七七年 AO の邦訳および研究」

の翻訳連載を基本的に用い、必要に応じて筆者が部分的に用いる邦訳とし ては、佐藤英明の前掲「脱税と制裁」2008年の最新の訳出部分を用いるこ ととする。

 それで第1項ではドイツの刑事罰に関する特徴と逋脱規定に関して説明 し、第2項においてはそれを行政罰との関連から我が国との比較研究を中 心に論じていきたと思う。

第1項 ドイツにおける租税刑事行為

 租税通則法369条は、租税犯をまず定めており、その1項において「租 税犯とは、…1号 租税法律によって刑罰を科される 2号 禁制違反  3号印紙偽造及びその予備…行為をいう」としている。基本的な租税刑事 罰としての規定は、租税通則法370条において「逋脱罪」、372条で「禁制 違反罪」、373条で「密輸罪」、374条で「贓物罪」として4つを挙げてお り、これらは租税刑事行為とされている。

 ここでは、370条の租税逋脱罪を中心に考察するが、同条2項の未遂処 罰やドイツ特有の概念である371条の逋脱犯の自認(自首不問責規定)も 採り上げ、我が国にも必要と思われる点を指摘したいと思う。

(1)逋脱罪の構成要件における行為類型と結果

 租税通則法370条1項は、「1号 財務官庁又はその他の官庁に対し、租 税上重要な事実に関して、不正又は不完全な申し立てを行うこと、2号  財務官庁又はその他の官庁に対し、義務に反して、租税法上重要な事実に 関して、これを知らせないこと、3号 義務に反して、収入印紙又は収入 証紙を用いないこと」の何れかによって「租税を免れ、又は自己若しくは 他人のために不正な租税法上の利益を受けること」を規定している。端的 に考えるならば、同規定は三つの行為類型から二つの結果のどちらかを発 生させているならば、客観的には六通りの態様がみられることとなる。

 この規定を不作為犯論的にみるならば、1号においては「積極的な行為

(作為)」が、2号においては「消極的な行為(不作為)」の両者が逋脱罪 の構成要件とされていることである。ドイツにおいては、それまでの帝国 大審院において文言上の適用範囲を広げすぎることによる混乱を避けるた めに、「租税不誠実」227という、書かれていない構成要件要素を持ち込ん でいたが、現行法の改正時にはこの規定によりその解釈問題は解消された ようである。

 第1号の「申し立て」とは主には申告行為に相当するが、ドイツにおい ては逋脱罪が徴収手続においても成立するものと考えられているので、申 告の他にも情報開示や鑑定義務また届出義務に関しても本号の適用がある とされているが、第2号における規定は不作為犯であるため、「義務に反 して」という文言も必要となってくる。それで、ここにおける義務とは納 税義務のみならず申告義務や徴収義務も含まれていると考えられるため、

我が国における単純無申告罪や不納付罪など、さらにはドイツ特有の概念

である「一時的租税逋脱」228もこの2号規定の中に包含されることとなる。

 興味深いことに、租税通則法370条3項には悪質な場合についての加重 制度が定められており、著しく利己的な場合や公務員の地位の濫用及びそ の幇助、また連続して逋脱を行った場合による量刑規定が定められてい る。この3項規定に該当すると法定刑として「五年以上の自由刑または罰 金」から「六月以上一〇年以下の自由刑」に引き上げられる。

 次に、ドイツの現行の租税通則法370条1項は、逋脱罪の構成要件的結 果として「税を免れる(租税を逋脱する)」ことを一つの要件としていた が、租税通則法370条4項1文では「租税は、それが全く確定されない か、十全な額で若しくは正しい時期に確定されない時に、逋脱される」と 規定しており、我が国と違って既遂時期を明文化している。既遂時期に関 してドイツの逋脱規定が同規定を設けているのも、後述するがドイツの租 税罰則には未遂規定が存在することに起因すると思われる。この未遂との 境界を明確にするためにも既遂の概念は重要なものと考えられており、そ のことは租税通則法370条4項3文に記されている「第一文…に定める要 件は、当該犯行にかかる租税がその他の理由によって減少しうるものであ る場合…にも、満たされる」という所謂「補正禁止(利益調整禁止)規 定」229にも表れている。

 同じく租税通則法370条1項は、逋脱罪の構成要件的結果として、「不正 な租税上の利益」の獲得をもう一つの要件としている。この我が国にはみ られない文言に対し、租税通則法370条4項2文では「不正な租税上の利 益は、それが不正に与えられ又は与えられたままにおかれている時に、こ れを受けることになる」と定められており、租税利益はそれが不正に許可 され、または供与された時点で取得されることになっているが、不正な租 税利益を得るには課税庁の行為の介入が必要なため、実務上はそれほどの 意義がある規定とされているわけではないようである。

(2)ドイツの逋脱犯に対する自首不問責規定

 租税通則法371条第1項は、「371条の場合において、財務官庁に対する 不正若しくは不完全な申述を訂正若しくは補完し、又はなさなかった申述 を後に行う者は、その範囲において、これを処罰しない。」としており、

過少の確定申告提出等の後、自主的に正しい税額との差額を知らしめる申 告等を行ったものは刑事処罰の対象から免れることを規定している。この 適用には2項で示されているように「1号 訂正、補完又は事後申述前 に」「税法上の検査、又は租税犯若しくは租税秩序違反の調査のため、財 務官庁の職員による臨場があった」場合や「犯人又はその代理人に対し、

当該犯罪に関して刑罰手続又は過料手続の開始の通知があった」場合には

「処罰を免れない」としており、税務調査前の自主的な行為に対しての租 税政策的な目的によるものである。また「2号 訂正、補完又は事後申述 の時に当該犯罪の全部又は一部が既に発覚し、かつ、犯人がそのことを知 っていたか、又は当該事態の思慮ある判断によればそのことを予期してい たに相違ない場合」にも「処罰を免れない」としている。

 当該規定は、刑法学的な根拠をもっているわけでないにしても、我が国 の既遂問題に関し、一石を投じるもののように思える。もちろん同規定が あることによる租税債権の保護との間の因果関係が立証されているわけで はないにしても、我が国における前述したような税務調査前の段階におけ る既遂概念の実務処理の可罰性の問題には直結するように思われるのであ る。

 前述したように、ドイツでは既遂時期の成立時期を明文化しており、そ のことによる影響は当該規定のみならず後述する未遂規定にも影響が及ぶ ものと考えられ、我が国のように逋脱の既遂時期が曖昧である場合には極 めて規定し難い概念であるといえる。租税通則法397条において刑事手続 の開始規定が定められているが、もちろんドイツにおいても我が国と同様 371項にある実体法の個別税法で定める「正しい時期(相当な時期)」から