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第3章 環境の放射能汚染

3.2. 都市環境

図3.10.: 地面の種類別に、137Cs沈着量の違いを示したもの。調査年度は1986年と2000年。(a)風に よる沈着(乾式沈着)と(b)雨による沈着(湿式沈着)[文献 3.23より引用]【地面の種類は自然に放 置された土地=undisturbed soil、木や薮など葉に覆われているところ、屋根、壁、道路や舗装地。

縦軸は、undisturbed soilでの汚染を1とした相対値。】

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3.2.1. 沈着状況のパターン

放射性物質のフォールアウトで、旧ソ連やヨーロッパ諸国の数千に及ぶ居住地が長期に渡って放 射能汚染され、居住民は、ガンマ線で外部被曝したり、汚染食品を飲食して内部被曝したりした。

チェルノブイリ原発に近いプリピャチ【Pripyat】市街やチェルノブイリ市街、いくつかの居住地な どは、乾燥した天気の下で放射性プルームが直撃して相当に汚染された。より遠く離れた居住地も、

上空を放射性プルームが通過している間に降雨があった場合は、かなり汚染された。

降下物が居住地に沈着した際、芝生・公園・路・屋根・壁などの野ざらしの表面に放射性核種が 沈着した。フォールアウトした放射性物質の放射能の強さや元素組成は、3.1.2節でも述べたように、

沈着が降雨によるもの【湿性汚染】か、そうでないものか【乾性汚染:風による付着や自然の沈着】

かによって大きく左右される。後者の乾性汚染は、風などによる大気の混合、単純な拡散、化学的 な吸収の影響を受ける。樹木・茂み・芝生・屋根などの地表の汚染は、湿性汚染より乾性汚染のほ うが酷かった。湿性汚染に限ると、図3.10(b)にあるように、水平な地表【露な地面や芝生など】が 最も汚染される。特筆すべきは、家屋の周辺で137Csの放射能濃度が高くなっている事で、その場所 は【乾性汚染によって汚染されていた】屋根から放射性物質が雨によって流し落とされる場所であ る。

3.2.2. 都市環境での放射性核種の移動

降雨や雪解けなどによる自然におこる風化作用や、交通・道路の洗浄・清掃などの人間活動によ って、放射性物質は一旦取り付いた表面から離れて、居住区内を移動する。例えば、樹木や灌木の 汚染された広葉・針葉は自然な落葉と共に居住区から除去され、アスファルトやコンクリート舗装 に積もった放射性物質は、道路の摩滅で削り取られたり雨で洗い流されたりして、排水溝を通して 除去された。このような自然・日常活動により、住宅地や余暇で使われる地区での放射線量が1986 年のうちに大幅に減り、その後数年間も減り続けた[3.21]。

一般に、家屋の垂直面【外壁】は、屋根などの水平面ほどには、雨による風化を受けない。事故 から14年間で放射能が減った割合は、外壁の場合で50~70%程度である【図3.10にもあるように、

元々の量は少ない】。屋根の場合(データはデンマーク)、風化による放射能の減少は14年間でもと の60~95%である(図3.11参照)[3.22]。

これとは対照的に、アスファルト表面の放射性セシウム汚染は非常に改善し、一般に汚染当初の 10%以下しか残っていない。僅かに残った放射性セシウムは、アスファルトの瀝青訳注18に付着して いる。これは主に道路粉塵の薄い層に存在し、最終的には風化で取り除かれるだろう。

チェルノブイリ原発近くのプリピャチ市で1993年に行われた測定によれば、道路は依然として放 射性セシウムに酷く汚染されたままだった。ちなみに、この町では事故直後に避難措置が取られて おり、それ以来交通が制限されている。当初に沈着した放射性セシウムの、およそ5~10%がコン クリート舗装表面に固着している模様で、過去数年にわたってほとんど減っていない。この事は、

硬い水平表面では交通量が多い所ほど速く風化がすすむという一般的傾向と合っている。

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図3.11.: 137Csの汚染を3つの異なるタイプの屋根(デンマーク、リーセ市(Risoe))で15年に渡っ

て測定した結果。[文献 3.22より引用]【横軸は沈着後の年数。縦軸は初期の地表の沈着量に対する 相対値。】

こういった風化プロセスの結果、下水システムと下水汚泥【スラグ:下水を濾過したり沈殿させ たりした後の汚泥】貯蔵地が二次汚染を起こし訳注19、特別な浄化策が必要となった。一般に土壌内 の放射性元素が他の市街地に拡散する事はなかったが、自然におこるプロセスや庭・家庭菜園・公 園の掘り返しの際に土壌が交じり合う事で、放射性元素は土壌を下向きに移動した。

訳注18:瀝青(bitumen)の例としてコールタールがある。

訳注19:濾過によって放射性物質は非常に濃縮される。

3.2.3. 都市環境での被曝線量率の推移

都市域に沈着した放射性核種からのガンマ線は外部被曝を引き起こした。屋外における被曝と比

べて(5.2.2節参照)、屋内における被曝は非常に低い。これは建築構造物、とりわけレンガとコン

クリートで出来た構造物にガンマ線が吸収されるためである。建物のなかでは、特に複数階ある建 築物の上層階が最も被曝が少ない。放射性壊変による減衰【物理的半減期に従う減衰】、硬い表面 からの雨による洗い流し、土壌深部への移動により、普通の都市域の空間線量率は時間とともに

45 徐々に減ってきている。

都市での被曝を決める要素は他にもある。都市内の一地点と、空が妨げられていない場所【芝生 の公園など】との空間線量率の比の時間変動である。この比をlocation factor=位置係数と呼ぶ訳注20。 位置係数が時間変化するのは、放射核種が都市内で移動する為である。チェルノブイリ事故後、位 置 係 数 が 時 間 と と も に 変 化 し て い る 事 は 、 図3.12に 示 す よ う に ロ シ ア の ノ ボ ジ ブ コ フ 市

【Novozybkov】での測定でも明らかに認められる[3.24]。公園や草地のような未利用地の位置係数

は比較的一定だが、アスファルトのような硬い表面の位置係数は時間とともに大幅に減少した。同 様の時間変化は他の国々でも見られている[3.25、3.26]。

現在、チェルノブイリ事故で放射能汚染した居住地区のほとんどで、硬い表面の上での空間線量 率は事故前の水準に戻っている。空間線量率の測定値が高めなのは主に放置地【人の手が数ヶ月以 上入っていない空き地】である。最も酷く放射能汚染された都市は、チェルノブイリ原発の北3km のプリピャチ市街である。住民は事故から1日半以内に、非汚染地域へ移住させられた。

訳注20:位置係数は図5.2に示される被曝推定などで使われる。

図3.12.: 3つの異なるタイプの地表面での放射線量率の違いとその推移(チェルノブイリ事故から

9年間)。測定はロシア・ブリャンスク州のノボジブコフ市(Novozybkov)。[文献 3.24より引用]【縦 軸は未利用地での初年度値を1とした相対値。横軸は事故後の年数。都市内の公園や草地などの未 利用地、地表面、アスファルト。障害物のない場所で調べた。】

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