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森林における長期間の放射性セシウムの挙動

第3章 環境の放射能汚染

3.4. 森林環境

3.4.3. 森林における長期間の放射性セシウムの挙動

初期の沈着から約1年のうちに、放射性セシウムの大部分が森林内の土壌に集まり、そのまま根 から取り込まれて、樹木や下層植物を汚染した。このプロセスは、放射性セシウムが落葉層から土 壌へと移動する事で循環継続した。セシウムと化学的性質が類似しているカリウムからの推定によ ると、放射性セシウムの森林内循環が速い事が予想される訳注49。したがって大気からのフォールア ウト後の数年で、放射性セシウムがどの場所でも準平衡状態【あまり増減しない状態】になったと 予想される[3.72]。未分解有機物の多い土壌上層には、落葉から放射性セシウムが長期にわたって 移行して来るが【=流入】、同時に根を通して森林植生全体を汚染している【=流出】。ただし、個々 の植物がこの有機土壌から放射性セシウムをどのくらい蓄積するかについては、植物の種類によっ て大きく異なる(図3.36参照)。

図3.36.: 針葉樹林の137Cs汚染を生態系の構成要素別【横軸:土壌、木、下草、菌類、鳥獣】の比率

で示したもの。[文献 3.73より引用]【縦軸は対数スケールでの%。黒実線が中央値、灰色破線が90% 値(サンプルの90%がその下に来るような値)、灰色実線が10%値。】

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図3.37.: 松林(オウシュウアカマツ=Scots)の土壌における137Cs濃度の土壌中の深さ分布。測定

はベラルーシのゴメリ(Gomel)近郊で、1992年から1997年まで。水平に引いた点線は有機土壌層 と無機土壌層の境界を示す。[文献 3.74より引用] 【単位は横軸が濃度(Bq/kg)で縦軸が深さ(cm)。】

放射性セシウムが森林の外へ出ていく経路の一つに流水があるが、これは極めて少ない。という のもセシウムは土壌中では雲母状の粘土鉱物と結合をして、簡単に溶け出さないからである訳注

50[3.67]。森林内での放射性セシウムの循環の際に忘れてはならないのが、セシウムが植物内に一旦

貯められるという事実である。この影響はとりわけ樹木の幹や枝などの多年生の木質成分で重要で ある。というのも、体積が大きい分、放射性セシウムを蓄えられる量も多いからだ。もっとも、土 壌から植物へと取り込まれた放射性セシウムの全てが木質成分に蓄えられる訳ではなく、溶脱

【leaching:養分過多となった時に余分な養分が植物の表面から外に出ていく事】と落葉を通して

毎年土壌表面へと再循環する部分もある訳注51。したがって土壌だけをみれば、長期に渡って放射性 セシウムが供給される事になる。森林のうちの地上部分(そのほとんどは樹木)に蓄えられている 放射性セシウムの量は、温帯の場合、森林生態系全体の放射能の約5%である。

森林の放射性セシウムは、植物による循環や貯留に回るため、土壌中での移動は限られており、

土壌汚染のほとんどは長期的にも土壌上部の有機土壌層に限られる(図3.37参照)。もっとも、深い 土層への下向きの移動も、ゆっくりと進行する。この速さは土壌の種類と気候に左右される。

森林生態系での放射性核種の移行を左右する要因のひとつに、森林土壌の透水性がある[3.75]。 樹木・自生茸・野いちご・低木などの森林生産物の放射性セシウムに対する面移行係数Tagは、透水 性の違いによって、3桁以上も差がつく。面移行係数が最も小さいのは、透水性のよい斜面の自成 林【automorphic forests and soils】である訳注52。逆に、面移行係数が最も大きいのは、水が停滞して いるような平地の半水成林【hydromorphic forests】である訳注53。森林での放射性核種の移行に影響 するような要因は他にもあり、中でも、植物の種類による差は大きく、その差は、根(菌糸体)の 広がり方の違いや、放射性セシウムを貯める能力【具体的には競合元素のカリウムを貯める能力】

75 の違いからくる[3.76]。

下草、樹木、自生茸への放射性セシウムの取り込みは、土壌中の放射性セシウムの垂直分布にも 左右される【根の張り方の違いがここで効く】。垂直分布は空中ガンマ線量率にも影響する。とい うのも、土壌の上層は下層からの放射線を防ぐ効果があり、汚染の最大箇所が地下深くへ移動する につれて、地表から出て行く放射線が減るからである(図3.38参照)。観測によれば、下向きへの放 射性核種の移動が最も速いのは半水成林であった[3.75]。

ひとたび森林全体に放射性セシウムが広がると、【循環がメインとなるので】森林内での放射能 分布はこれ以上ほとんど変わらない。小規模な分布の変化は起こりえて、例えば風による表面から のまき上げ[3.78]や山火事[3.79]、風雨による侵食や流出があるが、いずれの場合も、放射性セシウ ムが初期に沈着した場所から大きく離れた所へ移動するとは思えない。

訳注49:3.3.4.4節によると、牧草地では落葉層から土壌への移動だけで8〜9年かかる。

訳注50:3.3.4.1節にあるように、セシウムは陽イオンとして土壌中の結合物質から土壌溶液(soil

solution)へ溶け出す。しかし粘土鉱物がある場合、根による積極的な作用(負イオンを出した

りする)がないと簡単には結合物質から離れない。

訳注51:leachingに必要な養分過多の状態は、『セシウム+カリウム』というカリウムなどの陽イオ

ンの総量が増える事で起こりやすくなる。

訳注52:土壌・森林形成の際に関わってくる水分の殆どが降水による場合。

訳注53:土壌・森林形成の際に関わってくる水分が降水だけでなく地下水や表層水からも供給され るもの。

図3.38.: 大気中のガンマ線量率【単位は 10-6 Gy/h】を3つの異なる汚染森で調べたもの。測定は

いずれもチェルノブイリ原発から150 km北東のロシア、ブリャンスク州(Bryansk)。[文献 3.77よ り引用] 【3つの森は137Cs地表への沈着量が異なっており、1つ目(白三角)は 7000 kBq/m2、2 つ目(黒四角)は 4000 kBq/m2、3つ目(黒ダイヤ)は 700 kBq/m2。】

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