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第3章 環境の放射能汚染

3.5. 水域系での放射性核種

3.5.2. 表層水【河川・湖沼】中の放射性核種

3.5.2.2. 河川の放射能

チェルノブイリに近い(プリピャチ川【Pripyat】、チェチェレブ川【Teterev】、イェルピン川【Irpen】、 ドニエプル川【Dnieper】の)各河川では、事故直後の放射性物質の濃度は主に放射性物質が河川表 面に直接沈着したことによる。この段階でもっとも放射能濃度が高かったのはチェルノブイル付近 のプリピャチ川で、そこでは131I濃度が4440 kBq/m3もあった訳注64(表 3.7参照)。放射能値は、すべ ての河川で事故から数週間のうちに急速に低下した。これは半減期の短い放射性核種が壊変して減 ったのと、集水域の土壌や川底の堆積物へ放射性核種が吸着したためである。

表3.7. チェルノブイリ付近のプリピャチ河川中で測定された放射性核種の濃度の最大値(溶存態)

[3.91, 3.104, 3.105]

最 大 濃 度

(Bq/L)

セシウム137 1591

セシウム134 827

ヨウ素131 4440

ストロンチウム90 30

バリウム140 1400

モリブデン99 670 ルテニウム103 814 ルテニウム106 271

セリウム144 380

セリウム141 400

ジルコニウム95 1554 ニオビウム95 420 プルトニウム241 33 プルトニウム239、240 0.4

図3.45.: チェルノブイリを縦断するプリピャチ(Pripyat)川の放射能濃度の推移【14年間】。線(1):

90Sr。線(2):137Cs。[文献 3.106より引用]【縦軸は放射能濃度の一ヶ月平均値で、単位は Bq/L(対 数目盛り)。】

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長期的には、地表汚染のあとに集水域の土壌に残った90Srと137Cs【いずれも半減期が30年程度と やや長い】が、土壌侵食の際に土粒にくっついたまま流れ出したり、土壌から溶け出したりして、

徐々に河川へ流れ込んでいった。放射性核種がどのくらい移動していくか【流されていくか】は、

土壌侵食の速さや、集水域の土壌と放射性核種の結合の強さ、放射性核種の土壌深部への浸透の度 合いに左右される。一例として、チェルノブイリ近郊のプリピャチ川の放射能濃度の経時的変化を 図3.45に示す。調べた放射性核種は90Srと137Csである。

チェルノブイリ事故後、河川水の放射能の濃度と総輸送量【total flux】を把握するために、チェ ルノブイリ30km圏立入禁止区域(CEZ)内と主要河川沿いに水質監視所が設置された訳注65。それら 監視所での計測から、プリピャチ川を流れる90Srと137Csの、チェルノブイリ30km圏立入禁止区域

(CEZ)への流入量と流出量が推定できるようになった。図3.46aに示すように、プリピャチ川にお ける137Csの流量は【始めの10年で】大幅に減っており、さらに、チェルノブイリ30km圏立入禁止区 域(CEZ)の上流と下流の差【それが30km圏からの流出量になる】はほとんどない。

図3.46.: チェルノブイリを縦断するプリピャチ(Pripyat)川の放射能の推移【15年間】。 (a)137Cs。 (b)90Sr。測定地点はチェルノブイリ30 km圏立入禁止区域(CEZ)の上流境界に当たるベラヤソロカ

(Belaya Soroka、ベラルーシとウクライナの国境付近)と、CEZの下流境界に当たるチェルノブイ

リ下流地点。[文献 3.107より引用]【縦軸は放射能の総流量の年間積分で、単位は 1012 Bq/年。セシ ウムに比べてストロンチウムは上流と下流で大きな差が出る。説明は図3.57のモデルと図7.6の詳細 汚染地図を参照。】

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一方、チェルノブイリ30km圏立入禁止区域(CEZ)の境界を流入・流出する90Srの移動量は、プ リピャチ川両岸で毎年起こる洪水の大きさに左右されて、年ごとに大きく変動した(図3.46(b)参照)。 しかも、CEZの下流への流出量は上流から入って来る量よりかなり大きく、これはチェルノブイリ 30km圏立入禁止区域(CEZ)の土壌からプリピャチ川へ大量の流入があったことを意味している。

しかし、洪水で洗い流された放射性核種の量は、集水域に残っている総量に比べて微々たるもので あることに留意すべきである。

川の90Srと137Csの両方の放射能濃度は、チェルノブイリの近くの他の河川や、西ヨーロッパの他 の河川でも、同じような低下を示した[3.108]。ヨーロッパの複数の河川での137Cs濃度の測定結果を 図3.47に示す。図では、地表汚染の違いを考慮して、地表汚染に対する水質汚染の比率を出してい るが、それでも河川によって30倍の差がある。集水域が小さい場合[3.67, 3.112, 3.113]、有機物が分 解されないまま大量に残った土壌(特に泥炭の過剰な土壌)は、一部の鉱物質土(mineral soil)に 比べて、10倍近い量の放射性セシウムを表層水【河川・湖沼】に放出した。たとえばフィンランド の河川は、その集水域に【未分解の】有機質の多い湿地・準湿地が広がっているため、集水域の大 部分を鉱物質土がおおっている河川よりも、(単位地表汚染あたりで比較して)水の放射性セシウ ム濃度が高い[3.109, 3.111]。

訳注64:水に関しては3.5節を通してBq/m3に統一する。これはBq/Lの値に1000を掛けた値となる

(Bq/L とkBq/m3は値が等しくなる)。

訳注65:flux=速度 x 濃度で、単位時間あたりに単位断面を通過する量をさす(日本語で流束と言

う)。total fluxとは、fluxに断面積を掛けたもので、単位時間あたりに横断面を通過する総量をさ

す。

図3.47.: ヨーロッパの複数の河川【合計13河川】で測定した137Cs濃度の推移【13年間】。各地の放

射能濃度の違いを均す為に、一定の地面沈着量当たりの放射能濃度を求めたもの。[文献 3.109-111 より引用]【単位は[Bq/m3]/[Bq/m2]=[1/m]となる。このような換算をしても川によって30倍の差がず っと出続けている。】

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