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選択支援機関が進める進路分岐メ力ニズム

       ーA商業高校の進路カルテ分析一

第1節 選抜機関から選択支援機関へ

 先の2章では、進路多様校の生徒の自己を充足するメカニズムと、

それを調整させて進路選択へと向わせる指導のありかたについて、全 体的な状況を概観した上で、主として少数(6名)の生徒の長期間(8年)

にわたる観察をもとに議論を進めた。また、3章では家庭背景の進路 選択過程への影響について2章と同様、個別的な1糾列に基づく議論を

おこなった。

 しかしながら、2章の事例の6名は「コーチング指導1というA商 業高校では先駆的実践のなかで処遇を受けて進路選択したものである ので、必ずしも生徒全体の進路選択の有り様をあらわすものではない し、3章の事例の4名は家庭背景が進路選択に大きな影響を与えたケ ースとしてあげられたものであり、一般的な事例では必ずしもない。

 そこで、本章では、A商業高校において「コーチング指導」が学校 として認知され、組織的に取り組まれた2003年の3年生全体の進路 選択の過程について、研究の対象を拡大し学年動向の全体を傭1敢して 分析するものである。

 A商業高校は、他の商業高校と同様に商業教育をおこなう専門学科 の高校としての本来の教育機能を果たしながら、生徒の進路保障を行 なう指導を行なってきた。そして、1990年代の経済変化の中で、学業 成績に応じて企業に生徒を送り込むという「選抜機関」としての役割 が機能不全に陥り、近年「選択支援機関」としての性格を強く帯びる ようになった。ここでは、まず、そのことを概観する。

 A商業高校の危機は、まず銀行などの金融業といった従来の進路先 からの求人が激減するという配分機能の側面で生起し、次に、卒業ま        75

でに学年の約半数が退学するという事態が起きるなど、学校の存立に 関わる問題へと波及し、卒業生の大部分が正規就職する従来の職業高 校の枠組みからはずれ、急速に進路多様校化していった。ここでは、

学業を重視し規律を遵守させる教育は成立しづらくなり、むしろ「ア ットホーム」な雰囲気作りや居場所作りを重視する学校経営に転換し た。生徒を学校から離脱させないような指導が第一一とされるようにな ったのである。さらに90年代の自己実現、個性尊顛をキーワードと する教育改革の流れもあり、生徒の自己選択をiE視し、それを支援す るタイプの進路指導が行われている。

 このような選択を核とした内部過程のドラスティックな変化は、選 抜機関としての選抜・配分のあり方を変容させるとも考えられるが、

A商業高校では依然として成績がよい生徒ほど、伝統的な意味におい て良好な進路形成をするという基本構造が確認されている、1生徒個人 の選択を生かしつっ、しかし全体的にみれば成績による配分がみられ るという矛盾に満ちた仕組みが作動していると考えられる。本章では、

A商業高校という進路多様校を題材にし、現代の学校の内部メカニズ ムを描き出すことを試みる。この作業は、教育社会学のエスタブリッ シュされた領域であるトラッキングや選抜・配分の議論を現代版に塗 り替えていくステップの一つとなると考える。以下、関連する先行研 究に照らし合わせっっ、本章の分析の課題を明確化していぐ、

第2節 1970年代の学校の内部過程 ~選抜機関としての学校

 第一に、1970年代の学校像とはどういうものであったのか,1教育社 会学の代表的議論を追いつつ当時の学校像を把握するとともに、現代 の学校の特質を探る際のポイントを押さえていこう。選抜機関として の特質を色濃く有する当時の学校では、生徒は、学業競争を行い、い わばその成果の褒章として、一元的に序列づけられた進路が配分され        76

る側面が強かった。苅谷剛彦(1988)・は、学校が能力形成機関に1ヒまら ず、内部に直接的に社会(企業)とのハィフライン・1を保持している点が、

配分メカニズムの日本的特質であると指摘した。すなわち我が国の特 徴は、学校と企業が「実績関係」というパイプラインを形成すること で、学業成績による配分がそのまま直接労働市場に結び付けられてい ることである。さらに、しかも苅谷は職業トラックである専門高校に おいても、学業成績による選抜・配分が徹底されることを明らかにし

たのである。

 現在のA商業高校も、こうした学校の基本構造のヒに成・1/:するもの である。しかし、そうしたパイプラインは、現在、ごく部分的にしか 維持できておらず、また生徒の学業競争への参加度は極めて低い、、生 徒の多くは、パイプラインを外れた 商業高校での教育内容や資格と は関係のない一進路を志向する,、学校も、そうした生徒のあり方を受 け入れ、それを尊重・支援するという動きが強くなっている。教育社 会学的研究において、このような現代の学校が持っ配分メカニズムは、

十分に明らかにはされていないc,

 またトラッキング研究によれば、学業パフォーマンスに応じて配分 されるのは、進路だけではなかった。これらの研究が明らかにしたの は、学校ランクや学業成績に応じて、上位の層で向学校的文化に同調

し、下位の層で反学校的文化に同調するということであった(藤田 19800L・、武内198担)。つまり、規範や態度、下位文化へのかかわりと いったものが、学業達成と関係づけられるという解釈を可能とする状 況が生起していたのである。

 これらの研究をさらに発展させた耳塚寛明(1980)川ま、生徒文化が分 化するメカニズムをコーエンに依拠しつつ描き出した。当時の学校は、

学業達成という目標を内面化しつつもそれが達成できないアノミー状 態にあると位置づけ、成績の下位の生徒は上位の層に対して不満を持        77

つとして「地位欲求不満説」と名づけた.)これは、成績ド位の生徒は 自分たちの努力とはかかわりなく、学業成績の評価に納得せず、学校 が課す課題に不満が生まれ、意識や行動に現れるというものである,

 ところが、現在のA商業高校の生徒たちにおいては、学業達成への 強い参加はみられないどころか、むしろ撤退している。だとすれば、

学校内に地位欲求不満のメカニズムは成立しないはずである,しかし、

後述するように実際には依然として学校内部で「成績一進路一一文化(学 校への同調度)」の関係が維持されている側面も指摘される、、このよう な複雑さを含み込む現代の学校の内部メカニズムは、これまで十分に 明らかにされてきたとは言い難く、われわれはこの点にアゾll一チす

る必要がある。

第3節 1990年代の社会変動と学校の機能変容

 第二に、近年1990年代の社会経済変動後の学校社会についての研 究が多くなされ、重要な知見が蓄積されてきている。1990年代前半に は高校研究が多くはなされない時期があったが、1990年代後半にはト ラッキング研究が再度登場した(樋田・耳塚・岩木・苅谷2000、尾嶋 2001)⑦。樋田らはあらためて「トラッキングの弛緩」現象をテーマと

して取り上げた。ここでは当初、学校や学業へのコミットメントが低 下した1990年代の学校では、生徒の行動を分化させるトラッキング の力が低下し、トラックによる差異が明瞭でなくなるという仮説設定 がなされた。しかし、結果はむしろ逆で、勉強時間や進路希望のトラ ック間での差異が維持されるだけでなく、さらにもっと低い新たなト ラックが形成され「メリトクラシーの空洞化(堀2000)門というよう に勉強時間が19年前よりも激減するとともに、社会階層間の格差が生

じていたのである。それは努力すれば報われるという、いわば努力神 話が崩壊したことを意味するといえる。

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 この時期には非正規雇用の枠が拡大し、フリーターや高卒無業に関 する問題が社会的に広がりをみせた。この問題に学校からのトランジ ションの観点から取り組む研究では、若者が先の顛末を考えずに、学 校から気軽に離脱してしまうことこそが問題であると捉えた(小杉 2002ぴ、耳塚2001など)。こうした議論では、学校へと取り込むこと がギデンズ(訳書1999)・ltUの社会的インクルージョンに相当すると位置 づける傾向にあった。これらの議論では、ゆとり教育を廃し、学業へ の重視を徹底することで生徒をメリトクラシーに取り込むことで、ブ

リーターへの転落層が少なくなると捉えていたのである]1・1、、

 学力低下および学力格差論も、こうした議論と軌を・にしている、、

すでに述べたように代表的議論である苅谷(2001)の「インセンティ ブ・デバイド」には、「意欲格差」と理解されるが、本来的には熾烈な 業績主義競争に生き残らなければ安定した生活を送ることができない 社会状況があるのに、その競争へのインセンティブを知覚できない層 が出現しているという意味を含んでいる。

 このように生徒が学校から離脱したり、選抜配分競争に乗らなくな ったりしたという議論が数多くなされた。これに対して(山田2004沖 は、現在の状況を「希望格差社会」と名づけ、そもそも職の少ない状 況のため「職業高校など、特に漏れの多いパイプラインに入らざるを 得ない生徒は、甚だしく希望のない状態におかれてしまう(p.186)」と 逆に位置づけている。この指摘は重要であり、これまでの学校研究で はこうした進路保証がしづらくなった学校という問題構成は少なく、

むしろ、学校が指導を緩めたために生徒が学業をせずアスピレーショ ンも冷却されたという見方が多くなされた,、本研究は、学力競争への 取り込み以前に、生徒を学校内部に取り込んでおくことが難しい学校 において、学校としての機能回復がどのように模索できるのか、とい

う地点から研究を出発させている。

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