第1節 自己を充足する方策
本章で、あきらかにするのは、進路多様校に通う生徒が自己を充足 させるために独自に開発した方策とその結果に生じる進路選択におけ る障害である。苅谷は学習における意欲の格差(インセンティブ・デ ィバイド)について階層差の拡大を指摘したが、それは学習時間を変 数としたもので、その実態は学習時間の格差である、、しかし、インセ ンティブ・ディバイドはデジタル・ディバイドのような単なるスキル の量的格差ではなく、それは学習に対する様々な意識や要因が織り込 まれた結果の先に生じる格差だといえる、,進学校では、学習時間が高 校生自身の意欲とリニアな関係であると捉えられるが、いわゆるド位 校や進路多様校ではその前提は成立せずに、苅谷が指摘した意欲を学 習以外の領域で発揮する「自己を充足させるメカニズム」が優位な学 校文化が形成され機能していると考えられる,、苅谷はその理由につい て、問題が個人化された結果、学習活動に対する〈意欲・関心・態度
〉が形成されにくい下位階層において、「学校での成功をあきらめ、現 在の生活を楽しもうと意識の転換をはかることで、自己の有用感が高 まるのである」とし「このように、インセンティブへの反応の階層差 は、学校の有意味性の遮断、〈降りる〉ことによる自己肯定感を伴い ながら進行する」ためであると指摘している。
つまり、進路多様校の生徒の意欲の方向性は、本来、学校が求めて いる学習活動といったものとは別の方向を向いており、学校における 様々な競争に対しては、始めから参加しないか途中から離脱している
生徒が多いといえる、、
進路多様校の生徒たちがとる具体的な方策は、授業をぎりぎりまで 休んで、課題・宿題はなるべく提出しないですまし、最低限の努力で 23
単位を落とすことなく 「うkく切り抜けよう」とすることであり、い わば努力を回避する行為の積み重ねの果てに高校卒業が目指されてい る。しかし、このようなことは変化の箸しい社会に日を向けてみれば、
おとなも「こつこつ」やる努力ではなく「切り抜ける」能力を求めら れている現実がそこにはあり、学校にもそのことが波及していると見
ることもできる。
そうだとすれば、生徒たちは学習指導や進路指導から一’方的に「降 りる」ことによってのみ自己肯定感を保つだけではなく、むしろ計画 的に可能な限り少ない投資で楽をしながら、成績はオール2の評佃iiで あっても卒業して、フリーターも含めたなんらかの進路実現を果たす ということが、「自己を充足させるメカニズム」の全貌だといえる,,し たがって、そのような進路選択過程をも含めたメカニズムを解明し学 校の対応を検討することが必要な課題として浮きヒがってくると考え
る。
第2節 A商業高校という進路多様校における調査
A商業高校は、関東地方の大都市中心市街部にある1学年定員160
名ほどの比較的小規模な全日制商業高校である,,経済バブル崩壊後の 1990年代後半以降、高卒求人数の激減から商業高校の人気が低下した のに伴い、入学試験において全員合格に近い状況がつづき下位校とい うイメージが定着した。その結果、近隣区域からの入学者は減少し、利便な交通網を利用して遠隔地から来る低学力の入学者が増加したc、
また、いわゆるギャル雑誌に在校生が読者モデルとして紹介されたこ となどから、服装や頭髪の生活指導がきびしくない学校という風評が 中学生の間に広がり、低落傾向に拍車をかけ進路多様校としての学校 の評価が確立された.)2003年度の大手高校入試模試のA商業高校の偏 差値は30台後半で隣接県を含む地域における最もド位の高校の1校で
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ある.
中途退学率も高く、2000年から現在まで、人学から卒業までの3年 間の間に2割から3割程度が中途退学するという状況が続いている、
進路状況も卒業時未定者の割合が高く、この数年は景気回復に伴い求 人数が増え状況は改善されたが、卒業生のなかで、就職、進学、未定 がそれぞれ1/3という状況が続いているtt
本章では、この間のA商業高校の状況を分析するために、進路指導 部が実施した調査(進路指導部調査)の結果と生徒へのインクビ・・一 調査での生徒の語りをデータとして用いる、,そして、生徒の語りにつ いて解釈をおこない、進路指導部調査の結果とも比較検討しながら、
進路多様校に通う生徒の側から、彼/彼女らのとった学校生活を送るた めの方策の実態を描くものである。
進路指導部調査は、1年の入学時と3月、2年のll/|と3年の4月、
6月、9月に合計5回実施されたものを用い、その内容はおもに進路志 望とそのための準備状況を把握するための記名式の質問紙調査である、,
各学年全員を対象に進路指導部から担任が委託されHRにおいて集合 自記式で実施する。回収率はいずれも90%以上である。
生徒の語りについては、個人面接及びインフォーマルインタビュー
の形式で1999年から2005年までの在校生約200名分について作成さ
れたデータの一部を利用している。これらのデータは筆者が学年、生 活指導部、進路指導部の業務をおこないながら生徒指導ために記録し たもので、日々の学校生活における生徒の様々な語りが蓄積されているnその中で学年担任としてかかわった1999年のA商業高校業高校2
年生のうち6名については、ケーススタディとして1999年17歳の時
点から2006年24歳までの継続的なインクビ・t一をおこなったものを データとして用い、妥当性・信頼性を確保するために、①調査対象者 本人によるメンバーチェック、②高校2年生在学時から卒業後にわた25
る長期観察(8年間)、③当時の担fl:、進路指導担当の教師間での検証、
をおこなったt
第3節 進路多様校の生徒像
一r潜在的」不本意入学意識と学習への構え
A商業高校では、毎学期始業式後の1週間を全学年f固人面接週川とし て、午前中授業、午後は面接という臨時時間割を亘錐定している,これ は、長期休業明けですぐに全日の授業ではなかなか生徒がついてこな いという事情もあるが、担任と生徒が時間をかけてコミ・・ニケーショ ンをとるもので、進学校などには見られない取り組みである。
具体的には、各担任、副担任がクラスの生徒に対して面接をおこな う時間を時問割変更により設定し、午後の授業時間(5,6時lll]目)を面 接の時間帯として、一人当たり30分程度の時間をかけて実施している、、
年3回、繰り返し実施される面接は、教師と生徒のお圧いが惰性的に なる危惧がある一方で、教員間では生徒とのコミュニケーションが図 られ、生徒の不満などの本音を知るよい機会であるという意識が教師 の問で共有されている。
ここでは、1年生の入学直後に担任と副担任が実施した面接記録をも とに生徒の学校に対する意識や学習、進路選択についての構えをあき
らかにするIL」h。
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高校生C(2年女子)2001年9月
ここで示した3名は、年度は異なるがいずれも入学直後の進路指導 部が実施したアンケートでは、A商業高校が第1志望と同答している。
その理由は高校入試において、ほかの様々な高校ではなくA商業高校 を結果として実際に受験して入学したからである。ところが、個人面 接で直接話を聞くと、A商業高校に入りたくて入学したわけではなく、
A商業高校を受験することになったそれぞれの事情を語り、積極的に是 非、A商業高校に入学したいからと受験を選択している者はいなかった。
つまり、質問紙による調査では高校入試において、実際に受験したA 商業高校が第1希望だったと回答するものの、実際のところはA商業 高校について十分に考え自分で納得した上での選択ではなく、ほかに 27