第4章 地域と観光化
第4節 輪島市での地酒普及への取り組みについて
稲 田 有 香 里
1.はじめに
能登は酒造りに適した気候で、日本の主な杜氏(とうじ)集団の1つであるとされる能 登杜氏の技術が根付いており、美味しい日本酒を造ることができる条件が揃っているとい われている。しかし、国税庁発表の資料によると、1973年(昭和48年)を境に全国的に 日本酒の消費量は減少へと転じており、2002年(平成14年)には全盛期の半分近くまで 落ち込んでしまっている。
表 1. 酒類販売(消費)量の推移
年度 平 6 平 11 平 14 平 15 平 16
(単位) キロリットル キロリットル キロリットル キロリットル キロリットル 清酒 1,256,849 1,029,854 888,283 826,467 745,734 ビール 7,056,792 5,508,143 4,132,270 3,783,324 3,616,890 焼酎 606,402 721,153 832,089 921,490 983,070
「酒のしおり」(平成 18 年 5 月 国税庁課税部酒税課発行)より引 用
原因としては、食生活の欧米化に伴ってビールやワインを好む人が増えたこと、焼酎ブ ームによる焼酎の普及など、アルコール飲料に関する趣向が多様化したことが挙げられ る。また、若年者や健康志向者によるアルコール離れが進み、日本酒の消費量は激減した。
このように、日本酒の消費量が低迷している中で、輪島市にある酒蔵や小売店が地酒普 及についてどのような意識を持っており、どのような取り組みを行っているかについて調 査した。
2.調査と調査地の概要
石川県輪島市の河井町と鳳至町、釜屋谷町を中心に、調査を行った。輪島市にある酒蔵、
酒の販売を行っている小売店、「のまんかいね輪島」で活動を行っていた方々、鳳珠酒造組 合と輪島市の方々を対象として聞き取り調査を行った。
2-1.輪島市で日本酒の製造・販売を行っている酒造
輪島市には過去多くの酒蔵があり、日本酒の製造が行われていた。昭和のはじめには市
内に 10 軒以上あったという。しかし、時代が進むに連れて、米の不作や日本酒消費量の 減少などの影響により、多くの酒蔵が日本酒造りから退いていった。そのため、現在輪島 市にある酒の小売店は、もともと酒蔵であった店が多い。近年では、平成15年の時点で6 軒あった酒蔵が、平成16年に4軒に減少した。現在輪島市には4軒の酒蔵があり、それ ぞれが小規模で丁寧な酒造りを行っている。
清水酒造:1862年(文久2年)創業。創業者が杜氏の肩書きを持っている異色の蔵元。
創業者の精神を受け継ぎ能登杜氏が丹精込めて醸す酒は、普通酒でも本醸造 規格で品位の高い酒である。大吟醸は、平成5・6・8年全国金賞受賞。
代表銘柄は「能登誉」。
日吉酒造:1912年(大正元年)創業。輪島の朝市通りに面した比較的新しい酒造。
代表銘柄は「白駒」。
白藤酒造:1722年に廻船問屋として創業し、質屋を経て江戸時代の末より酒造りを始め る。現在8・9代目を中心に家族で酒造りに励んでいる。
代表銘柄は「白菊」。
中島酒造:蔵元自ら酒造りを行うユニークな酒蔵として注目を集めている。品質追及に 意欲的で、小量生産に徹し、味わい重視の旨い酒を目指している。
代表銘柄は「能登 末廣」。
奥能登「輪島・曽々木・門前」完全攻略ガイド(平成 15 年 3 月)より引 用
2-2.日本酒の製造過程
日本酒を造るための仕込み作業は、江戸時代の後半ごろから「寒造り」といって、空気 の澄んだ冬の寒い時期に行われる。酒蔵では杜氏をはじめとする酒造りの職人を蔵人(く らびと)という。蔵人にはさまざまな役割があり、酒造りの責任者である杜氏を筆頭に、
杜氏を補佐して酒造りの進行を管理する頭(かしら)、麹造りの責任者である麹屋(こうじ や)、酒母(酛)造りの責任者・酛師(もとし)、酒を搾る責任者・船頭(せんどう)、蒸米を 担当する釜屋(かまや)など、実に 10 種類以上の役職がある。そして、杜氏の下で働く蔵 人は、杜氏の出身地を中心に集められ、酒造りの季節になると集団で移動し、住み込みで 仕込み作業を繰り返す。しかし今日では、杜氏の数は減少傾向にあり、作業工程の合理化 や機械化が進むことによって、仕込み作業は時代とともに変化してきている。また、酒蔵 の規模によっても工程は異なるが、ここでは一般的な作業工程を説明したい。
①精米・蒸米(むしまい)
酒造りは、原料となる玄米を精米し、蒸すことから始まる。蒸し米は麹造り、酒母(も と)、もろみの仕込みに使われる。
②麹(こうじ)
蒸し米に黄麹菌を植えて麹を造る。麹は酒母、もろみにいれて米のデンプンを糖化し ていく役割を果たす。
③酒母
酒母は蒸し米、水、麹に酵母を加えたもので、もろみの発酵を促す酵母を大量に培養したものである。
日本酒造りには、良い酵母が大量に必要であり、文字どおり「酒の母」といえる。
④段仕込み
ここで日本酒造りの特徴である 3 段階に分けて仕込みをする段仕込みが行われる。1 日目は初添え。翌日は仕込みは休みである。酵母はゆっくりと増えていき、3 日目に 2 回目の仕込み(仲添え)をし、4 日目に 3 回目の仕込み(留添え)をして仕込みは完了 する。段仕込みは、雑菌の繁殖を抑えつつ酵母の増殖を促し、もろみの温度管理を行い やすくするための日本酒独得の方法である。
⑤もろみ(造り)
この酒母に麹、蒸し米、水を加えてもろみを仕込む。このもろみがやがて原酒となる。
⑥新酒
20 日ほどかけて発酵を終えたもろみは、圧搾機で搾られ、酒と酒粕に分けられる。搾 りたての新酒は、ろ過、加熱(火入れ)され、そして貯蔵される。また製成後、一切加 熱処理をしないお酒を生酒といい、製成後、加熱処理をしないで貯蔵し、出荷の際に加 熱処理するお酒を生貯蔵酒と言う。精米から、並行複発酵、段仕込みというとても複雑 な工程を経て、約 60 日間をかけて、日本酒は造られる。
3.調査の結果 3-1.製造
現在、輪島市には酒蔵が 4 軒あり、それぞれ大体 12 月から 3 月にかけて、日本酒の仕込 み作業に取り掛かる。作業は手作業で、機械に頼らない昔ながらの作り方で行われており、
いずれの酒蔵も 500 石以下の小規模生産である。4 軒のうち 2 軒は杜氏を呼び、杜氏、杜 氏が連れてくる下働き数人、蔵元とその家族で 5~6 人のグループを編成し、作業を行う。
残りの 2 軒は杜氏を呼ばずに、蔵元が杜氏としての役割に就き、蔵元(杜氏)、蔵元の家族 と雇用人で 5~6 人のグループを編成し、作業を行う。この編成方法が各酒蔵で基本的に取 られているスタイルであるが、何らかの理由により違った形態で作業を行う場合もあるそ うである。また、現在では作業を行う際などに女性も蔵に入るが、昔は蔵への女性の出入 りは禁止されていたそうである。はっきりとした理由はわからなかったが、酒蔵の方に聞 いたところ、「女性の月経が不浄だから」、「仕込み中の蔵は暑くなるので蔵人が上半身裸で 作業することもあり、そこへ女性が出入りするのは良くないと考えられていたのでは」と
いう意見が得られた。
各酒蔵とも、創業以来変わらぬ土地で製造・販売を行っており、蔵や家屋は文化的にも 貴重なものである。日本酒を造るために使用する水は、それぞれ井戸水や山から引いてき ている水であり、米は、酒造好適米である山田錦や五百万石が主に使用され、輪島市で生 産された米を使った日本酒も作られている。
どの酒蔵も質の高い日本酒を造ることを目指しており、利益やコストダウンだけを目標 としてはいない。精米歩合が高く、コストのかかった日本酒を造っており、少し高くても おいしい日本酒を製造したいと考えていることがわかった。
写真 1. 日本酒を仕込むタンク
3-2.杉玉
酒蔵の軒先に杉玉が吊るすという習慣が日本全国で見られる。杉玉とは、スギの葉を集 めて丸い玉の形にした造形物である。酒林(さかばやし)とも呼ばれる。莚(むしろ)を 丸めたものに杉の枝を刺して固定し、丸く整えて作られる。今日では核となる部分には莚 ではなく、針金や発砲スチロールなどが使用されることが多い。2 月~3 月に、新酒が出来 上がると軒先に杉玉を吊るすことによって、周囲に新酒が出来たことを伝える。吊るし始 めたときは杉の枝は青いが、日がたつにつれて枝は枯れて茶色くなっていくため、杉玉の 青色から茶色へという色の変化が、新酒の熟成具合を周囲の人に知らせる役割ももってい た。杉玉の起源は、酒の神様に感謝をささげるものであったとされる。また、もろみを甑
(こしき)でこす際に、もろみを入れた袋が破れてしまったときなど、その破れた箇所に 杉の葉を刺して応急処置をするのだが、この杉の葉を新酒が出来上がった後に、しばって 屋根の上に投げるという習慣がかつて存在し、それがいつの間にか、球体に成形した杉玉 を吊るすという習慣になった、という考えもある。現在では酒蔵だけでなく、小売店など でも店内や軒先の杉玉を吊るすこともあり、酒蔵や酒屋の看板的存在として認識されつつ ある。
輪島市にある酒蔵・小売店でも杉玉は吊るされており、その大きさは店によって違いが あった。杉玉は杜氏などが手作りするところもあるが、業者から買う場合もあるという。