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海士町の食文化

第5章 海女の社会と文化

第2節 海士町の食文化

飯 塚 芳 恵 1.はじめに

輪島市海士町

あ ま ま ち

には、海女業を営んでいる女性が平成18 年現在で217人いる。既婚の海 女の女性の配偶者は、漁師である場合が多い。このように海士町には海と密接に結びつい た生業をおこなっている人が多く住んでいる。かつては食事の主な素材は海産物であった と思われるが、スーパーなどで様々な食材が簡単に買えるようになった現在でも、日常の 食事に海産物が多く使われているのだろうか。

以前は海士町町民どうしの結婚が多かったが、現在では広く他地域との通婚がおこなわ れるようになり、親戚関係も近隣の鳳至町や河井町に広がっている。海士町出身者で現在 は海士町以外の町に住む人も多い。また、海士町の概況で示したように20代、30代の比 較的若い海女も少なくない。

これらの事情から、海士町の海女の人々の食生活は、かつてと比べると、輪島市内の港 から離れた他の町と変わらない、特徴のないものになってきているとも考えられる。

現在の海士町の食生活には、海女漁や漁業といった生業が反映した独特の特徴が見られ るのだろうか。本報告では、このことについて、海士町の女性を中心に聞き取り調査をお こなった。

2.海士町の食材

海士町には、海女だけでなく、漁業を営む漁師も多い。そのため、海藻類や貝類の他、

さまざまな種類の魚も水揚げされる。たとえば、春はメバルやタイ、夏はサザエにアワビ、

秋はフクラギやハタハタ、冬はカワハギとカニ、といったように、海士町の前に広がる輪 島漁港は一年を通して魚介類の水揚げで賑わう。

海士町の人々が海女業(潜水漁)と漁業で獲っている海産物を表1に示した。

表1.海士町の海産物

正式名称 ()内は方名

海女漁 海藻 ツルアラメ(カジメ)、イワノリ、ワカメ、ツルモ、アオサ、モズク メカブ、エゴ

貝類 アワビ、サザエ、シタダメ、ジメ

漁船に よる漁

まき網漁業 アジ・サバ・イワシ・フクラギ・ガンドブリ・ブリ 定置網漁業 イカ・タイ・ヒラメ・スズキ・アジ・カマス・ブリ 底引き網漁業 カレイ・ヒラメ・タイ・イカ・ニギス・カニ

刺し網漁業 タイ・ヒラメ・メバル・アカラバチメ はえなわ漁業 アラ・トラフグ・アナゴ

3.海士町の調理、保存法

海士町の主な収穫物である貝類、海藻類、魚類について、海士町の女性に聞き取り調査 を行った。そして、海士町で採れる海の食材の中から実際に海士町民が普段食べているも のに焦点を当て、日頃どのように調理、保存されているかを調べてみた。

3-1.貝類

まず、海女の最重要収穫物である貝類について見てみよう。

表2.貝類の調理法、保存法 食材 調理法、保存法

アワビ 刺身、塩茹で、麹漬け、塩漬け、貝焼き、アワビご飯 サザエ 刺身、麹漬け、塩漬け、サザエご飯、つぼ焼き、串焼き シタダメ シタダメ汁、ぬか漬け

1)アワビ

7 月になり漁が解禁されると、海女は競い合うようにアワビ採り漁に励む。家庭で食べ る場合、とれたてのものは刺身にして食べる。また、アワビを塩水で煮る場合もある。煮 る際には、濃度の高い塩水で茹でて、塩辛い味付けをする。アワビの殻には排泄のための 孔があいているが、この孔にワカメなどの海藻を詰めて、後で詳しく述べる魚醤油のイシ ルを入れて焼く「貝焼き」という調理法もある。

アワビをご飯の具にして炊き込んだり、麹漬けや塩漬けにしたりもするが、こういった 調理法はサザエの方でよく用いられる。

この他にも、バターで炒めたり茶碗蒸しの具にしたりするということがある。

海士町に住む人は、アワビを口にする機会は多い。たとえば、海士町の80代の女性は、

「アワビの貝焼きが大好き」と語っていた。一方、河井町のAさん(30代、男性)は「ア ワビは高いからなかなか食べられないね」と言い、同じく河井町の 20 代の女性は「親戚 からもらったら食べるくらいかな」と語り、海士町以外の輪島の人々にとってアワビは身 近な食材とは言えないようである。

2)サザエ

輪島市の海士町以外でも作られるが、特に海士町で「サザエご飯」という料理がある。

「サザエご飯」は地元ではお祝いや祭りのときに食べられる他、日常的に作る家もある。

作り方は、まずサザエの殻を割って肝を取り除き、次に鍋でサザエをさっとゆでて薄切り にする。炊飯器にといだ米とだし、しょうゆ、酒と、サザエの煮汁を入れて炊く、という ものである。「サザエご飯」を、どのような時に食べるのかを海士町の人に尋ねてみた。す

ると、60代の女性は「孫の誕生日にサザエご飯を作った」と話していた。また、Bさん(30 代、女性)は「金沢から親戚が来たときに作る」と語っていた。そして、60代の女性は「(サ ザエご飯は)普段でもよくするよ」と言っていた。しかし、70 代の女性からは「(サザエ ご飯なんて)そんなめんどくさいものしないよ」という話を聞いた。特別な日に作る家も あれば、日常的に作る家もあったが、手間がかかるため作らないという家もあった。

一方、河井町のAさんは「子どもが(祭り会場からサザエご飯を)タッパーでもらって くると、そういえば今日はお祭りだったなと思う」と言っていた。珍しいものではないが、

日常的に食べてはいないようである。

サザエを使った料理で、サザエのカレーというのを聞いた。しかしサザエのカレーは、

「舳倉島ではよく作ったが、最近では肉を使うカレーがほとんどで、年に1回あるかない かだ」という話がほとんどだった。しかし 50 代以上の女性は、サザエのカレーの方が好 きだという声が多く聞かれた。そこで、「ではなぜサザエのカレーをしなくなったのか」と 聞いたところ、「今ではご飯は娘が作るようになったので、肉のカレーしかしなくなった」

や、「子供に合わせるので」という回答がいくつか得られた。

サザエはアワビと同じように、麹漬け、塩漬けにもされる。作り方は、採ってきたばか りのサザエの殻を割り、身を取り出して内臓を取り除き、塩に漬ける。漬けるときに、魚 醤油のイシルを少量入れるという家もあった。塩漬けや麹漬けにすると、冷蔵庫で1年く らいもつという。調査中も、漁から帰ってきてすぐに港で採ってきたサザエの殻を金づち で割っている海女を多く見かけた。塩漬けや麹漬けはご飯にのせて食べたり、酒のつまみ として食べられている。また、サザエの麹漬けは正月料理の一品として海士町の多くの家 庭で食べられている。

「どうして漬けて保存食にするのか」と聞いたところ、ヂカタでは、「1年中食べられる ように」や、「売り物にするため」といった回答が多かったのに対し、舳倉島では「保存食 として」という声がほとんどだった。なぜこのような違いがあるのかというと、塩漬けや 麹漬けは、ヂカタでは観光地の食べ物として朝市で売られていたり、旅館やホテルに売っ ていたりする一方、舳倉島では海が荒れた日は定期船が運行しないため、島のどの家庭で も保存食が作られているということに由来する。

3)シタダメ

シタダメとは巻貝の一種である。シタダメ汁とはシタダメが入っている、味噌で味付け をしたおつゆなのだが、私がごちそうになったシタダメ汁は、シタダメ以外の具はなく、

汁にシタダメのだしがしみ出ていてとてもおいしかった。汁を飲みながら貝の身をつまよ うじで取り出して食べる、と教えられた。

また、Bさんは「うちのおばあちゃんがシタダメのぬか漬けを作ってるんだけど(小さ い貝なので)ちょっとしかできないから、ばあちゃんしか食べない」と言っていた。この Cさんの義母(元海女)は、自分で作ったシタダメのぬか漬けをご飯にのせて食べるとい う。このように、シタダメをぬか漬けにする家もあった。

その他にも、輪島では、居酒屋の先付けとしてシタダメを食べたりもするという。

輪島ではアワビ、サザエ、シタダメの他にも、ジメ(ズメ)という貝が一般的に食べら れている。ジメ(ズメ)貝は、海岸の岩場にくっついている。よいだしが出るため、味噌 汁に入れたりそうめんつゆのだしとして使われたりしている。

3-2.海藻類

次に、海女のもう一つの重要な収穫物である海藻について聞いた。メカブ、カジメどち らも、採れたての生のものと保存用に乾燥させたもののそれぞれの調理法がある。

表3.海藻類の調理法、保存法 食材 調理法、保存法

メカブ 味噌汁の具、お茶菓子、メカブ茶、ご飯にのせて食べる、酢の物 カジメ 味噌汁の具、和え物、煮物

1)メカブ

メカブは4月から5月にかけて採られる。旬の生のメカブは、塩をかけてご飯にのせて 食べたり、茹でて酢醤油をかけて食べるなど、食事のメニューのひとつとして食べられて いる。また、乾燥させて保存し、味噌汁の具として入れたり、小さく切ったものはそのま まお茶菓子にして食べたりお湯を注いでメカブ茶にするなど、食事のメニューのひとつと してはあまり使われていなかった。しかし使用頻度は高く、1年間を通して食べられてい る。

2)カジメ

輪島市で一般的に「カジメ」と呼ばれているものは、正式にはコンブ科カジメ属ツルア ラメである。本当のカジメは太平洋側にしか生息していないが、このツルアラメは日本海 側に生息し、特に舳倉島近海や七ツ島近海ではツルアラメがよく採れる。以下ではツルア ラメを「カジメ」と記す。「カジメ」は冬が旬であり、1月から2月に採れるものは生のま ま刻んで味噌汁に入れたりゴマ和えにしたり油揚げと一緒に煮るなどして食べられている。

3月から4月のものは生のものを茹でて乾燥させ、保存食とする。乾燥させた「カジメ」

は、味噌汁に入れる程度だという。9月から10月のものは天日干しにして乾燥させ、燃や して出た灰を入浴剤にする。そうすると体が温まるという。5月から8月頃のものは硬い のでほとんど採らない。

60 歳の女性は、「初雪が降る頃になるとカジメがおいしくなる」と言って、少し時期は 早かったが採れたての「カジメ」汁をごちそうしてくれた。「カジメ」は初め茶褐色だが、