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第5章 海女の社会と文化

第1節 海士町の概況

図1.海士町

(国土地理院 http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?id=56360750 より作成)

海士町は輪島市の北西部にあり、北は輪島崎町、南は鳳至町に囲まれた町で、東は輪島 港、西は鳳来山丘陵に接している。

海士町自治会には現在387世帯が登録している(2006年)。その全てが海士町に住んで いるわけではない。海士町民の人口増加に伴い、町民の居住区域が近隣の鳳至町や輪島崎 町などへ拡大した。

能登の沖では、寒暖両流が流れ込むため、日本海でも屈指の好漁場となっている。中で も海士町は約350隻の船を有し、輪島市漁協の所属全船数の約40%を占める。

潜水漁を行う海女の人数と技術も全国屈指であり、また海女の夫は漁船漁業を営む漁師 が多い。

表1.平成18年海女年代別人数(人)

10代 20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代 計 海士町 ‐ 14 26 36 31 18 13 ‐ 138 舳倉島 1 6 3 10 8 13 22 4 67 統計 1 20 29 46 39 31 35 4 205

0 50 100 150 200 250 人数

10代 20代 30代 40代 50代 60代 70代 80代 計

世代

海士町 舳倉島 統計

図2.世代別海女人口(平成18年)

1.海士町の歴史

海士町民の祖先は、他の土地から来たのではないかと考えられている。それは、「アマコ トバ」と呼ばれる海士町独特の言葉や、潜水漁などの漁業方法が輪島崎や鳳至町の住民た ちと異なるからである。現在は、永禄年間(1558年~1569年)に九州筑前国鐘ヶ崎(現 在の福岡県宗像郡玄海町鐘崎)から来たという説が有力である。

海士町に住む人々の主な漁場である舳倉島は、能登半島の輪島市北方 49 ㎞の日本海上 に位置する、1周徒歩約1時間の低平な島である。海士町民はこの島を明治34 年(1901 年)に、現在の輪島市名舟町から買い取った。以降、現在に至るまで、舳倉島での居住と 近海での漁業は、海士町民にのみ許されている。

舳倉島を名舟町から買い取った 1901 年から、動力船が普及し定期船の運行が始まった 1962年までの約60年間、7月から9月のアワビ・サザエ漁解禁の時期に、海士町民は舳 倉島へ家財道具を持ち舳倉島へ渡島し、漁に専念した。現在も、舳倉島には61世帯あり、

夏の間舳倉島に住んで漁をする人も数十人いるし、1年中住んでいる人もいる。

また、舳倉島は、海女の島としてだけではなく、渡り鳥の中継地でもある。渡り鳥の種

類は世界各国から年間約300種類を超える。

図3.舳倉島

(YAHOO!! JAPAN 地図情報 http://map.yahoo.co.jp/)

表2.海士町戸数の推移 (平成18年)

2.呼称

このように、舳倉島は海士町に所属している。しかし海士町の人々は、島から見た本土 側の海士町を「天地(テンチ)」や「地方(ヂカタ)」と呼び、舳倉島と明確に区別してい る。ヂカタは、舳倉島から見た本土側の海士町(テンチ)と、その周辺で海士町民が多く 居住する地のことである。

舳倉島(戸) ヂカタ(戸) 割合(%)

1930年 220 257 85

1974年 154 369 42

1992年 89 459 19

1998年 82 428 19

2006年 61 387 16

写真1.輪島港と海士町

(輪島市 http://www.city.wajima.ishikawa.jp/index.htm)

3.海女業

ヂカタの海女は、親戚や友人同士で4人から8人くらいのグループをつくり、一隻の船 に乗って出漁する。このグループ漁には、底引き網漁の漁師たちが漁船を提供している。

ヂカタの海女のほとんどが自分の船を持っていないし、輪島漁港から舳倉島や七ツ島まで は遠いので、グループで行かないと燃費が高くなってしまうので、グループ漁を行うのだ という。

舳倉島の海女は個人所有の船で出漁する。その船は重量1t未満のモーターボートであ る。1隻の船に同乗する海女の人数は2人か3人、多くても4人で、主に家族である。海 女の夫や息子で手の空いている男性が、2,3人の海女を乗せて漁場まで送迎する船もあ る。舳倉島の海女の漁場は舳倉島近海である。

漁最盛期の海女の1日は忙しい。ヂカタの海女は午前5時から6時頃に起床し身支度を 整え、昼食用の弁当の用意をして7時頃漁港に集まってくる。一方舳倉島の海女は午前5 時頃起床する。そして6時半から7時頃、前日漁獲して海中に沈めておいたサザエを漁協 へ持っていく。海女たちが船着き場に現れるのは午前8時半頃である。

ヂカタの場合、出漁時刻は漁場によって異なる。舳倉島、七ツ島近海で漁を行う日は6 時半頃出漁し、輪島近海で漁を行う日は7時半頃出漁する。舳倉島では、漁場まで15分 ほどで着くので、出漁時刻は舳倉島近海の漁開始時刻の9時頃になる。出漁後は船上でウ ェットスーツに着替えるなど、準備をする。

漁開始時刻は磯入組合で定められており、舳倉島で漁を行う日は午前9時、輪島近海、

七ツ島近海、ヨメグリで漁を行う日は午前8時半である。漁終了時刻も磯入組合によって 定められている。舳倉島近海では午後2時半に終了し、輪島近海、七ツ島、ヨメグリでは 午後3時に終了する。

漁を終えると、海女を乗せた船が次々に帰港する。ヂカタでは、帰港する時間は漁場に よって異なるが、だいたい午後3時半から午後4時半までの間である。漁港についたら素 早く水揚げをする。漁港に隣接する輪島市漁業協同組合へ、サザエ、アワビを運び入れる。

舳倉島の海女は午後3時頃帰港する。帰港するとサザエを大きさ別で分ける作業をする。

そしてこれらのサザエは翌日漁協に持っていく翌朝まで、ナイロンの網袋に入れて自分の 船にくくりつけ、海中に沈めておく。アワビはとれた当日の午後3時半から午後4時まで の間に漁協へ持っていく。

ヂカタの海女も舳倉島の海女も水揚げが終わると帰宅するが、それからウェットスーツ と水中メガネを洗って乾かすという作業がある。それが終わると風呂に入り、休憩をとる。

しかしすぐに夕食の支度をしなければならず、とても忙しい。そして夜は次の日に供えて 9時から10時頃には就寝する。

海女は7~9月のアワビ・サザエ漁の時期以外は、それぞれのペースに合った生活を送 りながら体を休める。飲食店でアルバイトをしたり、夫の漁の手伝いをしたり、ナマコや 海藻をとりに潜ったり、人それぞれである。