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ないということだった。漆器組合の人の話によると、現在、弟子入りしたいという若者が いても、受け入れる親方が少ないということである。それには経済的な事情が深く関わっ ている。

1980年代後半から1990年代前半にかけてはバブル経済で、高級漆器である輪島塗が飛 ぶように売れた。しかし、バブル崩壊後、高級品は売れなくなり、輪島塗もその打撃を受 けた。仕事量が減り、弟子にやらせる仕事も減った。「仕事量と比較してみても、現状で大 丈夫。若い人は必要ない。」と言う人もいる。また、仕事量が減ることで、親方の収入も減 ることになる。そこに弟子をとった場合、弟子への給料が親方にとって、大きな痛手とな るのである。給料については、昭和 50 年代頃から労働基準局が、弟子に仕事をさせるこ とを雇用と考え、賃金を支払うように取り締まるようになった。現在の石川県の最低賃金 は時給649円である。ある木地職の弟子に話を聞いたところ、現在の日給は5,200円であ った。親方によっては、弟子に教えてやっているのだから、給料は必要ないということで、

最低賃金以下の給料しか与えない場合もある。また、弟子は賃金に見合う技術がないため、

雇わないという職人もいる。景気が良いときは、弟子を雇っても投資ができるが、不景気 ではそれも不可能なのである。

また、「中途半端に辞めていくかもしれない若者を雇うことはできない。」と、現代の若 者に対して、否定的な意見も聞かれた。現代の若者は金沢や首都圏に就職や進学する人が 増えている。これは、輪島塗という収入の安定性がない地味な仕事に魅力を感じていない 若者が増えているということである。若者の価値観、考え方の変化も後継者が減少してい る理由である。

経済的な事情や、若者の価値観の変化以外にも理由がある。それは、道具の減少という 事情である。研ぎの工程で使用する研ぎ石がなくなってきていることや、蒔絵ま き えに使用する 筆は“ねじ筆”といって、ねずみの毛を使っているのだが、そのねずみが絶滅しそうなた め、筆が作れないということである。現在蒔絵の筆は1本、4万円から5万円するという。

今の職人は、すでに自分の道具を持っているが、今後職人になろうとする場合、道具に多 額のお金をかけなければならず、親方も弟子に道具の投資をしなければならなくなる。道 具がないと仕事ができないため、道具の減少は、新しい職人の減少につながってくる。

現在、弟子として親方のもとで修業している人の数は、正確には把握されていないが、

漆器組合の人の話によると、およそ10人から20人くらいということだ。

弟子となる若者は減りつつあるが、現在でも職人になるために修業する場合、親方と弟 子との間には“徒弟制度”が存在する。これから、その“徒弟制度”について詳しく見て いく。

3.徒弟制度

輪島塗の世界では、徒弟制度のもとで親方と弟子という関係を組み、技術を伝承してい く。親方と弟子は本当の家族、親子のような関係であるという。よってその関係は、仕事 場を離れた日常生活においても切れることはない。このような関係や、徒弟制度のもとで

技術を伝えるやり方は、昔から現在に至るまで変わることはなかった。しかし、細かく調 査していくと、徒弟制度において、内側の詳しい内容が徐々に変化していることが分かっ た。これから、徒弟制度の変化について、仕事内と仕事外の両方の面から詳しく示してい きたいと思う。

3-1.仕事内での関係

昔は親方の家に住み込みで生活し、修業していた。現在、住み込みで技術を教わってい る人はいない。いつ頃まで住み込みという形が残っていたかは、正確ではないが、35年ほ ど前が最後だったのではないかということだ。

住み込みで修業する場合は、輪島塗の技術を教わるだけではなく、親方の家のトイレ掃 除、風呂掃除、子守りやお遣いまでしなければならなかった。いわゆる雑用の方が多かっ たという。これらの雑用も仕事の一つと考えられていたのだ。現在は住み込みではなく、

トイレ掃除や風呂掃除、子守りなどをさせられることもないが、仕事場で立場が一番下の 者は、仕事が始まる前に、他の人よりも早く来て、仕事道具の準備や仕事場の掃除をしな ければならない。

技術の教わり方については、聞き取り調査を行っている限り、昔と今で大差はないと感 じた。1 年目の人にはこの仕事、というような決まった仕事はなく、弟子の技術に応じて 親方が仕事を与えていく。手取り足取り詳しく教えてもらうのではなく、親方や兄弟子た ちの作業を見て覚えていく。親方が「これやっとけ」と言った仕事を見様見真似で実践す る。したがって失敗するのは当たり前で、その失敗したものを親方や兄弟子が直しながら 教えてくれて、どんどん仕事を覚え慣れていく。

「見て言われたことをやるから失敗は多い。でもそれで慣れていく。」(蒔絵師50代男性)

「見て盗む。あとは慣れるだけだよ。」(上塗師40代男性)

技術の伝承の仕方は昔も今も変わりなく、慣れることによって上達していくことが分かる。

技術を習得していく過程に昔と今では大きな変化はないが、親方の弟子に対しての接し 方には違いが見られた。昔は親方の弟子への接し方はとても厳しかったという。実際に厳 しい親方のもとで修業した人は生存されていないが、現在職人の親方が弟子だった時代は、

厳しい親方が多かったという。その頃の話を親方から聞いたことがあるという職人に話し を聞くことができた。

「昔は親方が厳しく、失敗をした時、なにか口答えをした時には殴られることが頻繁に あったそうだ。戦前、戦中の親方はとても厳しかった。しかし、それは貧しい時代の、モ ノを大切にするという気持ちからくるものだった。戦後、裕福な時代になっていくと、道 具や材料はすぐ買えるようになり、モノを大切にするという気持ちが薄れていった。」現在 では弟子を殴るような親方は減り、厳しい人が減っていったそうだ。

また、休みや給料の面では、昔は連休や土日は関係なく、ずっと仕事で、たまに休みが あるくらいだった。夜なべも当然のようにあった。給料は盆と年末に2回もらえるだけだ った。現在は連休もあり、週休2日制で、給料は毎月もらうことができる。親方と弟子と

いう関係ではあるが、雇用者と労働者という関係が強く見られるようになってきたと思う。

表1.仕事内での関係

昔 今

雑用 トイレ・風呂掃除 仕事場の準備・掃除 子守り、お遣い

指導法 親方が弟子の技術にあった仕事を与える 弟子は見て覚えて慣れる

休日 なし(親方次第) 土・日

給与 盆・年末のみ 毎月

3-2.仕事外での関係

親方と弟子、弟子兄弟は血の繋がった家族のような繋がりを持ち、仕事をしている時間 だけの付き合いではない。

昼の休憩時間は、どこの仕事場でも昼食はみんなで一緒に食べる。みんな自分で弁当を 持ってくるが、親方の奥さんが、味噌汁やお茶を作って出してくれる場合が多い。現在は 朝食、夕食は各自自分の家ですませるが、昔の住み込みの時代は、言うまでもなく、親方 の家族や弟子兄弟たちと同じ釜の飯を食べた。

また、昔は季節ごとの余暇活動や、祭りが頻繁に行われていた。昔は休みが少なく、一 日中座って作業しなければならないので、親方が頃合いを見はからって、飲みに連れて行 ってくれたりしたそうだ。また、景気が良かったため、余暇活動に使うことのできるお金 にも余裕があったそうだ。

<季節ごとの余暇活動>

春:山菜採り、たけのこ堀、花見、5月8日の高州山登り 夏:海水浴、バーベキュー

秋:アブラメ釣り、きのこ採り 冬:忘年会、新年会

現在でもまだ行われている余暇活動は、花見、忘年会、新年会くらいで、ほとんどの行 事はもう行われなくなっている。その理由は、経済的なものである。余暇活動の費用は親 方が持つが、現在はそのような負担を負うことができるほど、余裕があるわけではない。

しかし、親方や弟子兄弟と飲みに行くことは現在でもよくあることだそうだ。また、加飾 の場合、スケッチをしに、職場の人全員で外に出かけて行くという職人の話も聞いた。余 暇活動以外では、正月のあいさつ回りは昔から今まで変わることなく行われている。

冠婚葬祭においては、昔も今も、親方と弟子は強いつながりを持っている。結婚式には 親方、弟子兄弟から祝儀が渡される。子供が産まれた時は祝いのお金をあげたり、子供に