第4章 地域と観光化
第1節 キリコ祭りの観光化についての取り組み
塚 本 枝 里 子 1.はじめに
輪島市は能登半島の北部に位置している地方都市である。日本海に面し、また市総面積 の大部分が高 洲 山こうしゅうざんをはじめとする山々に囲まれている。このように自然に恵まれた輪島市 には、例えば第1章で取り上げる輪島塗のような独特の文化が今もなお息づいている。ま た、第3章で詳しく述べられている白米しらよねの千枚田のような独特の風景もあり、多くの観光 客が輪島市を訪れる。
近年日本全国の市町村では、地元が持つ観光資源を最大限に利用しての観光地化が押し進 められている。それはここ輪島市でも決して例外ではない。ここでは、輪島市で行われる 輪島大祭を例にして観光化について考察していく。次に輪島市観光についての概要を記す。
2.概要
2-1.輪島市の観光についての概要
輪島市の観光資源にはさまざまなものがある。代表的なものにはまず、河井町の本町商 店街通りで正月の三が日と毎月10日、25日以外のほぼ毎日開かれ、地元の海の幸、山の 幸や民芸品などが集い、県内外から訪れる観光客でにぎわいを見せる朝市がある。また日 本の棚田百選に選ばれ、季節ごとにその姿を変える白米しろよねの千枚田や、輪島市の東外れにあ る岩倉山の岩倉観音と千体地蔵などに挙げられる厳しい自然の影響を受けた数々の名勝地 もある。そして冬の風の強い日にしか見ることができない「波の花」といった珍しい自然 現象など、輪島市にしかない多種多様なものが存在する。昭和 30 年代の初めに公開され た映画『忘却の花びら』は奥能登観光ブームが起きるきっかけを作った。また、松本清張 の小説『ゼロの焦点』の舞台にもなったことから奥能登観光ブームは白熱していった。
観光資源の一つとして、夏期輪島観光の柱の一つである輪島大祭がある。輪島大祭とは、
夏も終わる8月の第4週(22日~25日)に集中して行われる、旧輪島町の4町(河井町、
鳳至ふ げ し町、海士あ ま町、輪島崎町)にあるそれぞれの神社で行われるキリコが使われる例大祭の
ことである。次の項目で「輪島大祭」についての詳細を記す。
2-2.輪島大祭の概要
輪島大祭とは、毎年8月22日から25日まで開かれる海士町、河井町、鳳至町、輪島崎 町の旧輪島町の4町にそれぞれある4つの神社(奥津比咩お く つ ひ め神社、重蔵神社、住吉神社、輪島前わ じ ま さ き 神社)の夏祭りの総称である。この祭りはそれぞれが二日間かけて行われ、第一日目を宵 祭り、第二日目を本祭りと呼び、主に夕方から夜にかけて行われる。奥津比咩お く つ ひ め神社を除い た3つの神社の祭りは行う内容が共通している。
重蔵、住吉、輪島前わ じ ま さ き各神社での祭りの流れは、最初に神事が行われる。その後、キリコが 神社の前に集まる。全てのキリコが集まってから神輿と引きずり松明が神社を出、御輿の 後から各町内会が出すキリコがついて行き、町中を練り歩く。キリコが町内を練り歩くこ とによって、町内の一年間の厄をキリコの上部に取り付けられた御幣に集めるといわれて いる。
写真1.引きずり松明(輪島前わ じ ま さ き神社にて)
それぞれ大松明が設置されている広場(重蔵、輪島前わ じ ま さ きの場合は海岸沿いにある広場に、住 吉の場合は市内を流れる川の中州にある輪島市役所前の駐車場広場)に集結する。そして 全てのキリコと神輿が広場に集まったころに、全長 8 メートルの大松明に火が点けられ、
松明神事が行われる。松明神事は宵祭りのクライマックスで、参加者の感情の高ぶりはピ ークに達する。大松明に点火される火は、御輿と一緒に神社から出た引きずり松明の火で ある。
大松明の上部には3本の御幣が付けられていて、これを取った者は一年間勝ち運が付 くと言われているため、各町内会の代表の若者たちは必死で御幣を奪い合う。
写真2.松明神事に使われる大松明(住吉神社大祭の大松明)
松明神事はものの 10 分ほどで終わり、その後神輿はオカリヤ(御仮屋)に入り、キリ コは神輿が入ったオカリヤの前を通ってそれぞれの町に帰っていく。この時キリコの上部 につけられた御幣に新しい神様が宿り、それぞれの町内に運ぶ役割を果たすといわれてい る。以下にそれぞれの祭りについて簡単に述べる。
海士あ ま町は九州から移り住んできた漁師たちが作った町である。そのため、奥津比咩お く つ ひ め神社の 祭りの内容は他の三社と異なっている。まず、神社から担ぎ出された神輿が町内を練り歩 く。神輿を担ぐのは海士町に住む若者だが、若者達はそれぞれ腰巻きを着け、化粧をして 女の恰好をしている。これは奥津比咩お く つ ひ め神社の祭神が女性の神であり、男が御輿を担ぐと神 が嫉妬するといわれているため、担ぎ手は女装をして担ぐのである。その後輪島崎町にあ る袖ヶ浜へ行き、神輿を担いだまま海に入る入水神事が行われる。
重蔵神社の祭りでは、もっとも多い 20 基のキリコが各町内会から出される。夜にキリ コが行列を組んで大松明のある広場まで行進していく様子は幻想的の一言に尽きる。この とき、他県から来た人に対して、キリコ担ぎ体験を行えることがある。また、宵祭りのク ライマックスである松明神事を間近でよく見えるように、桟敷席が設けられている。
住吉神社の祭りでは、キリコを担いでの激しいパフォーマンスが行われる。これは担ぎ手 の多くが若者であるからこそ可能なのである。この祭りで行われるパフォーマンスの目玉 は、キリコが大松明の設置されている広場まで練り歩く最中で輪島川に架かる、松明でラ イトアップされた橋の上を走るパフォーマンスである。住吉神社の前での激しいパフォー マンス(キリコを担いだままその場を回転する)の後で行われるため、橋の上で転倒して しまう場合もあるという。この時にキリコが壊れてしまう場合があるという。その時は、
キリコを持つ町内の家々が平等に修理費を出し合ってキリコを修理する。
輪島前わ じ ま さ き神社の祭りにはキリコ以外にも「天神昇龍燈てんじんしょうりゅうとう
」という青森のねぶたに似た灯籠も出 される。しかし、この灯籠は担ぎ出されることはなく、展示されているだけである。これ 以外にも、輪島崎の若者が祭りを盛り上げるために、お金を出し合って手作りの竹製のキ リコを作って担いでいる。このキリコは祭りも終盤になってくると、足が折れ、ぼろぼろ に壊れてしまう。これは当日の祭りの動きがいかに激しいかがうかがわれる。また、タイ の形をしたキリコも出る。輪島前わ じ ま さ きの松明神事の時には、御輿と一緒にこのタイ型キリコも 大松明の周りを回るため、非常に盛り上がると地元の人からうかがった。
写真3.輪島前わ じ ま さ き祭りの天神昇龍燈
また、輪島大祭は過去に四つの祭りを一つにまとめて行おうという案があったのだが、
各町民の意識の違いにより実現することはなかった。しかし、輪島前わ じ ま さ きと重蔵の神主さんは
肯定的な考えであったという。また、ある市民の考えでは、①それぞれが奉っている神の 違い、②重蔵神社と住吉神社の格の違い(住吉神社の神格が重蔵神社の神格より高い)と いった理由から、一緒に祭りを行うことは出来ないし、もし一緒に出来たとしても、各神 社の氏子がそれを許さないだろうと思うということをうかがった。次にこの祭りに欠かせ ないキリコについて詳しく触れる。
2-3.キリコについて
奥能登地方の夏から秋にかけての祭りに欠かせないものが、『キリコ』と呼ばれる御神燈ご し ん と う である。大きさとしては、もっとも小さいもので2メートルほど(これは子どもキリコと 呼ばれる)、祭りでよく使われるキリコは 4~5メートルのものから最大 15メートルとさ まざまである。輪島大祭で使用されるキリコは4~5メートルの20人ほどで担ぐことがで きる小型のキリコがほとんどだが、70人以上でようやく担げる10メートル以上の大型の キリコも使われる。輪島大祭のキリコは総輪島塗製のものが使用されている。
『キリコ』は『切子き り こ灯とう籠ろう』を縮めた呼び方で、漢字で『切籠』と書く。輪島市から南に下 った辺りの中能登地方では、キリコを『オアカシ(御明かし)』、または『ホートー(奉灯)』
と称するところもある。
キリコのルーツは、もとは神行行列で使われていた、子供が一人で持ち歩ける「笹キリ コ」という、笹竹に小さな角灯をつけ、中にロウソクを点す簡素なものであると言われて いる。この笹キリコは現在もお祭りで使われている。これが長い年月をかけて「担ぐ山車だ し」 と喩えられるような現在の巨大で豪華な装飾を持つものに変化していった。また同じキリ コと言っても、地域によってはさまざまな形状のキリコがあり、祭りに華を添えている。
きらびやかで地域性の強いキリコは、観光資源として重要であり、パンフレットで紹介さ れているキリコ会館がキリコの魅力をアピールしている。
次の節で「キリコ会館」という、キリコを展示している博物館について説明する。
3.キリコ会館
3-1.キリコ会館の概要
輪島市塚田町にあるキリコ会館には、輪島大祭で実際に使用されるキリコを含め 20 数 本のさまざまな大きさのキリコや3基の神輿、松明神事で使用される実物大の大松明(約 8 メートル)が展示されている。また、実物のキリコ以外にも能登の各地の祭りを撮影し た写真のパネルや祭りを描いたイラストの展示や、奥能登で行われる奇祭を再現したマネ キンの展示もあり、能登各地の主なキリコ祭りの映像を、常時放映して説明したりなども している。
キリコ会館の建物は元々ボーリング場であった建物を稲 忠いなちゅう(株)(輪島市内にある輪島 塗直販と観光施設を経営する企業)が買い取り、お祭りに関するものを展示して作られた
“お祭り”博物館である。