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越国家史型グローバルヒストリー教育

-ワールドヒストリー・フォー・アス・オール・プロジェクト

(WHFUA)の場合-

第1節 WHFUAの概要

本章では,越国家史型グローバルヒストリー教育カリキュラムの代表的事例として,ダ ンが,全米学校歴史センター(NCHS;National Center for History in the Schools)と協力し ながら,全米の中等学校や大学の教員などと共同開発している世界史カリキュラム「ワー ルドヒストリー・フォー・アス・オール・プロジェクト(World History for Us All model

curriculum project;WHFUA

と示す)」をとりあげ,検討する。この

WHFUA

では,そのカ リキュラムの構成方法自体が国民国家や文明・文化・民族等の枠組みに囚われず,また時 間的空間的に柔軟な構造を有しているからである。

この

WHFUA

は,ダンや,後になってビッグヒストリー・プロジェクト(Big Hisotry

project)を創始する D.クリスチャン

114)らをはじめとするカリフォルニア州立大学サンデ

ィエゴ校の歴史教師が,全米の世界史教師に呼びかけて取り組んだプロジェクトであり,

2001

年以来,Web 上に教師や生徒用の史資料や教材をそろえ,誰でも自由に使用できる ように公開している。(現在,カリキュラムに設けた全ての単元の授業モデルが公開され ているわけではなく,逐次,新しい単元モデルが追加されている状況にある。)

第2節 カリキュラムの全体構成とその論理

1.パノラマ,ランドスケープ,クローズアップといった三層構造

表4-1は,この

WHFUA

の全体構成を示したものである 115)。これを見ると

WHFUA

のカリキュラムは,パノラマ,ランドスケープ,クローズアップといった3種のカテゴリ ーに分類される単元から構成され,各単元に数時間分の教育内容が設定されている 116)。 これらのカテゴリーは時間的間隔と地理的空間の大小によって分類されており,それぞれ,

広範で地球的な変化や人類的史な出来事,国家を越えた規模の出来事,諸地域・諸社会・

諸民族・諸国家で起こった出来事を学べるように設計されている。教師は自らの意図にあ わせてこれらの小縮尺・中縮尺・大縮尺といった3層の時空間の尺度に基づく単元を組み 合わせて授業を行うことができるようになっている。

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-【表4-1:World History for Us All の全体構成】

パノラマ単元は,地球全体を俯瞰する視点から地球の誕生から現在に至るまでを9単元 で構成している。ランドスケープ単元では,人類規模,大陸規模といった国家を越えた比 較的大きな尺度の歴史を扱う。クローズアップ単元では,ランドスケープより時間も空間 も制限された諸地域・諸社会・諸民族・諸国家などの出来事を世界史上のトピックとして 掘り下げている117)

2.全体構成に見られる論理

WHFUA

のカリキュラムの最大の特徴は,パノラマ,ランドスケープ,クローズアップ

といった3層の時空間の縮尺を設定し,時間と空間の「解像度」を柔軟に変化させること で,国や民族の境界線を相対化しつつ,自然,社会,文化等の諸条件に制約されながら活 動する人間を描こうとしていることである。このような時間と空間の枠組みを柔軟に組み 合わせるカリキュラムを構想することによって,国家の枠組みを大前提としない地域的な 相互作用や諸関係の歴史の学習をカリキュラム上からも可能にし,越国家史型グローバル ヒストリー教育を実現するものとなっている。

第3節 単元の展開とその論理

1.カリキュラムを貫く「三つの本質的な問い」

表4-2は,表4-1に示したパノラマ7「工業化とその結果(現代化革命)

1750-1914」

を構成するランドスケープ,クローズアップといった諸単元の構成とそれぞれの単元の主 題等を整理したものである 118)。表4-2を見ると,WHFUA では,カリキュラム全体を 貫く「三つの本質的な問い(Three Essential Questions)」として「人と環境(Humans and the

Environment)」「人と人(Humans and Other Humans)」「人と思想(Humans and Ideas)」とい

う枠組みが設定されていることが分かる 119)が,これを見ると,ランドスケープとクロー ズアップの各単元における三つの枠組みにあわせて課題が設定されていることが分かる。

例えば,ランドスケープ単元

7.6「新しいアイデンティティ:ナショナリズムと宗教,

1850-1914」では,「人と環境」に関して,当時の各国の工業化競争が環境に与えた影響に

ついて問い,「人と人」に関して,西欧化の意味を問いながら今日のアメリカナイゼーシ ョンとの比較をさせ,「人と思想」に関して,当時のナショナリストと宗教の関係を考え させ,今日のアメリカのナショナリズムと宗教の関係について問うている120)

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-【表4-2 「大きな時代区分7;工業化とその結果」の単元構成】

(表4-2続き)

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-2.「三つの本質的な問い」に関連づけられる「七つのキーテーマ」

また,WHFUAには「七つのキーテーマ(Seven Key Themes)」も設定されている121)。 これは,「三つの本質的な問い」に関連づけられ,内包されるもので,「1 人口のパターン」

「2 経済的なネットワークと交換」「3 権力の使用と乱用」「4 持つ者と持たざる者」「5 ア イデンティティを表現すること」「6 科学・技術と環境」「7 精神的な生活と倫理的なきま り」が示されている。これらは,それぞれ社会学(テーマ

1,5,6),経済学(テーマ 2,4,6),

政治学(テーマ

3),倫理学(テーマ 7)といった社会諸科学における諸課題から設定されて

いる。

WHFUA

の教師用の解説には,例えば,「7.6 新しいアイデンティティ:ナショナリズム

と宗教,1850-1914」では,「3 権力の使用と乱用」「5アイデンティティを表現すること」

「7 精神的な生活と倫理的なきまり」といった三つのテーマを扱うように明示されており

122),おそらく「人と環境」の問いを考察する際には「3権力の使用と乱用」について,「人 と人」の問いを考察する際は「5 アイデンティティを表現すること」について,「人と思 想」の問いを考察する際は「7 精神的な生活と倫理的なきまり」のテーマが反映されるよ うになっているものと思われる。

3.単元構成に見られる論理

WHFUA

は教師が自らの意図に合わせてパノラマ・ランドスケープ・クローズアップと

いった異なる時空間の縮尺を取捨選択し,組み合わせてカリキュラムを編成することが可 能になっており,国家の枠組みにとらわれず,単元ごとに設定された課題に基づいて,地 域的・時間的空間を切り取り,その範囲における相互作用や諸関係を考察する構造になっ ている。ただし,各単元には「三つの本質的な問い」と「七つのキーテーマ」をもとにし てカリキュラム全体を貫く枠組みが設定されており,その為,教育内容としての歴史解釈

・理論の選択は教師のフリーハンドでなされるのではなく,WHFUA の設定した課題の選 択という形でなされることになる。その意味で,なぜ「三つの本質的な問い」が「人と環 境」「人と人」「人と思想」から構成されるのか,なぜキーテーマが「1 人口のパターン」

「2 経済的なネットワークと交換」「3 権力の使用と乱用」「4 持つ者と持たざる者」「5 ア イデンティティを表現すること」「6 科学・技術と環境」「7 精神的な生活と倫理的なきま り」なのかについての選択基準を明確化することは重要であり,今後の課題となろう。

第4節 授業(アクティビティ)展開モデルとその論理

1.「新しいアイデンティティ:ナショナリズムと宗教,1850-1914」の授業展開モデル 資料4-1は,表4-1・表4-2に示したランドスケープ

7.6「新しいアイデンティ

ティ:ナショナリズムと宗教,1850-1914」について,Web 上の教師用解説や生徒用ハン ドアウトから再構成した授業展開例である123)

この「7.6 新しいアイデンティティ:ナショナリズムと宗教,1850-1914」は,四つのレ ッスンで構成されている。レッスン1では,まずイタリアの統一や中国の義和団事件,メ キシコ大統領のフアレスの資料(1.1)を提示し,ナショナリズムの特徴をグループで検 討させ,その後,学問的な立場に基づくナショナリズムの特徴を四つ紹介する。そして次 に,女性参政権運動,ボーア戦争,バルカン半島の民族対立の資料(1.2)を提示して,

それらがナショナリズムにあたるかどうかを検討させる。そして最後にナショナリズムの 特徴を確認・再検討させ,クラス内でナショナリズムの定義を整理する展開になっている。

レッスン2では,露土戦争からバルカン戦争頃までのオスマン帝国の資料(2.1)とイン ド大反乱から第一次世界大戦前の自治獲得運動までのインドの資料(2.2)を提示し,生 徒各自にはさらに自分が見つけてきた資料を加えさせ,両地域のナショナリズムの進展に ついての年表を作成させる。そして,両地域の年表を比較させながら,異なる地域ではナ ショナリズムの顕れ方は異なっているということを理解させ,その相違の原因について仮 説を立てる展開になっている。

レッスン3では,まず,ナショナリズムと宗教と帝国主義を題材にブレーンストーミン グを行い,次に,資料としてキップリングの「白人の使命」(3.1)やB.アンダーソンら数 名の研究者のナショナリズムと宗教と帝国主義についての考え方をまとめた資料(3.2)

を提示し,「19 世紀中頃までに,ナショナリズムと宗教と帝国主義は西洋人のアイデンテ ィティにどのような影響を与えたか」というテーマでエッセイを書かせる。そしてその後,

ヘルツェルの「ユダヤ人国家建設」についての資料(3.3)を提示し,ユダヤ人国家建設 の正当性について討論させる展開になっている。

レッスン4では,まず,クラスを二つに分け,それぞれに提示した日本の明治維新の資 料(4.1)とイギリスのエジプトの支配とそれに対するムスリムの抵抗の資料(4.2)をも とに,この時代に日本やエジプトがどのようにして国家としてのアイデンティティを守ろ うとしたかを調べさせ,西洋の覇権の広がりに対応した非西洋地域のナショナリズムにつ