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多文化史型グローバルヒストリー教育

-ニューヨーク州のグローバル・スタディズ(GSNY)の場合-

第1節 ニューヨーク州のグローバル・スタディズの概要

本章では,ニューヨーク州の高等学校社会科の第

9

10

学年で

1987

年から

1996

年ま で実施された「グローバル・スタディーズ(Global Studies;New York州のカリキュラム であることも含意して

GSNY

と示す)」をとりあげ,多文化史型グローバルヒストリー教 育の事例として検討する。GSNY が登場する

1987

年のニューヨーク州社会科カリキュラ ム改訂の際の最大の優先課題は,児童生徒の文化的背景の多様化に対する対応であった。

ニューヨーク州の公立学校では,マイノリティの児童生徒数が増加し,ニューヨーク州全 体では

3

割強,ニューヨーク市のみで見ると

8

割以上がマイノリティ出身となり,児童生 徒の多様性に対応したカリキュラムの在り方が求められていた99)。そのような状況下で誕 生した

1987

年のニューヨーク州社会科カリキュラムは多文化的要素が強く,アーサー・

シュレジンガー・ジュニア(Arthur Meier Schlesinger, Jr.)らの批判により,合衆国に多文 化主義論争を巻き起こした 100)。GSNY はこのカリキュラムの一部であるが,日本では未 だ十分な分析がなされていない101)

ただし,この

GSNY

は,

1987

年改定以前の第

9

学年「アジア・アフリカ学習(Asian and

African Culture Studies)」,第 10

学年「ヨーロッパ文化学習(Europian Culture Studies)」の 後継科目として設置された 102)ものであり,地理的科目としての性格もあわせ持つ。しか し,ここでは

GSNY

が多文化史型グローバルヒストリーの特徴を強く持つものと判断し,

歴史科目としての面に着目して,分析・検討する。

第2節 カリキュラムの全体構成とその論理~七つのユニットと五つの大項目~

表3-1103)は,GSNYの内容構成である。GSNYでは,まず,導入ユニットにおいて,

地球の大陸や海洋といった地形の概念と地図の見方(「Ⅰ地球環境」),世界について考え るため枠組みとしての地域概念(「Ⅱ地域」),文化の意味・要素・伝播についての概念(「Ⅲ 文化と諸地域」)が扱われる104)。次に,ユニット

1

からユニット

7

では,順次,アフリカ,

南・東南アジア,東アジア(中国と日本),ラテンアメリカ,中東,西欧,ソ連と東欧と いった七つの文化圏(地域・国)について,それぞれ「Ⅰ自然的歴史的状態」「Ⅱ変化の

42

-【表3-1

GSNY

の全体構成】

(表3-1続き)

44

-ダイナミズム」「Ⅲ現代の国家と文化」「Ⅳ経済発展」「Ⅴ地球的文脈」といった五つの大 項目が設定されている。

表3-2 105)は,このユニット

1

からユニット

7

に共通して設定されている大項目Ⅰ~

Ⅴの趣旨である。この表3-2をもとに表3-1を見ると,例外はあるが,概して「Ⅰ自 然的歴史的状態」においては各文化圏(地域・国)の自然的特徴に規定された前近代史,

「Ⅱ変化のダイナミズム」においては各文化圏(地域・国)の近現代までの歴史,「Ⅲ現 代の国家と文化」「Ⅳ経済発展」「Ⅴ地球的文脈における地域」においては現代史的視点 は維持しつつ,各文化圏(地域・国)の政治・経済・外交等についての考察がなされるよ うになっていることが分かる。その意味で,ユニット

1

からユニット

7

までの各ユニット では各文化圏(地域・国)に関する現代史重視の通史的アプローチがなされていると同時 に,他の諸社会科学も関連させながら,総合的に地域研究(Area Studies)がなされるも のとなっている。

また,最後のユニット

8

では「Ⅰ人口増加と地球的問題への影響」「Ⅱ経済問題と世界 貿易」「Ⅲ政治的権力構造の変化」「Ⅳ環境問題」「Ⅴ人権」「Ⅵ技術」「Ⅶヨーロッパと非 ヨーロッパの互いのインパクト」といった大項目が設定され,ユニット

7

までの各文化圏

(地域・国)についての地域研究を生かして,「地球村の相互依存(interdependence of the

"global village")」

106)というグローバルな視点から現代における世界の諸課題を考察するも のとなっている。

【表3-2:ユニット1~7 の各大項目の趣旨】

第3節 ユニット内の各項目の展開とその論理

~日本関連部分(ユニット3 Ⅵ~Ⅹ)を事例に~

ここでは,GSNYのユニット

1

7

の展開について,事例として日本関連部分にあたる

「ユニット

3

東アジア」の大項目Ⅵ~Ⅹ(このⅥ~Ⅹは,他のユニットのⅠ~Ⅴに相当)

をとりあげる。日本自体は一つの国民国家ではあるが,GSNYでは日本を一つの独立した 文化圏として扱っており,また,日本における日本史学習との相違が明確になりやすいこ とから,具体的な考察の対象としたい。表3ー3のⅠ~Ⅴ 107)は,日本関連部分のユニッ トの各大項目の中項目・小項目と,そこで生徒に獲得させたい主な認識とその為のアクテ ビティの事例を整理したものである。

1.大項目「Ⅵ日本の自然と歴史的状態」の展開

表3-3-Ⅰ 108)は,ユニット

3

の大項目「Ⅵ日本の地理的歴史的状態」における指導 上の留意点をまとめたものである。これを見ると,まず,中項目「A位置と大きさ」では,

日本が東アジア文化圏の東端に位置し,大陸とは海を隔てた島国であるという地形的な特 色をおさえつつ「日本の島国としての自然地理が,他文化に圧倒されることなく,それを 観察し,選択的に取り入れることを可能にした」という認識を培う。次に「B地形,気候,

資源」では,日本の地理的諸条件として,農耕上の利点,自然災害の多発,資源の不足な どを扱いつつ「極めて早い時期にアイデンティティ意識を発展させることになった」こと と「日本の環境における繊細さや誇り高さは,日本の文化に影響を与えている」という認 識を培う。そして「C 初期の歴史」では,大陸からの移民や農耕・諸技術の伝播,天皇制 の成立から平安時代あたりまでを題材に,「移民は(中略)生活様式や思考様式を運ぶこ とによって,文化の拡散をもたらす」という大陸からの影響と,「日本の歴史は,天皇に よって権力を正当化された家柄によって(時代が)区分される」という日本社会の独自性 についての認識を培う。「D 宗教」においては,大陸から伝播してきた仏教と,日本社会 固有の神道について扱い,例えば,仏教を基盤とした武道・華道・茶道・弓道,日本の自 然地理を背景にした神道の絵画などを題材に,両者の併存する日本の文化的な状況につい て考察させる。「E 中国の影響」においては,朝鮮半島経由,遣隋使・遣唐使の派遣など を通した中国の文化や政治の輸入,奈良時代の天平文化と平安時代の国風文化などを扱い,

「文化的拡散は他の地域や民族から思考や行動様式を選択的に取り入れることであり,こ れらの思考や行動様式は,その文化に合わせて修正されるのが普通である」という認識と,

「日本人は外国から多くのものを学ぶ一方,かれらは彼ら自身が必要であるものを吟味し,

46

-【表3ー3-Ⅰ:「Ⅵ日本の地理的歴史的状態」の展開】

変化させていた」という認識を培う。最後の「F 封建時代」では,武士の時代の武士の位 置づけや文化などを扱い,「日本の封建時代は権力が天皇ではなく,軍事的統治者にゆだ ねられていた」という認識と,「封建主義は土地の権利と各個人の忠誠に基づく政治的経 済的システムだった」という認識を培い,領主と臣下の関係や女性の位置づけ,学問の役

割などを通して中国の影響の在り方を考えたり,日本特有の文化としての「武士道」の在 り方について考えるようになっている。

以上のことから,大項目「Ⅵ日本の地理的歴史的状態」の目標にも示されているように,

ここでは日本の前近代史を扱い,地理的自然的条件下で,日本が大陸文化の選択的借用を 行い,大陸の影響を受けつつ,日本独自の文化を創造していたことが強調されている。そ れは「D 宗教」でのアクテビティで禅宗の影響による華道や茶道などといった中世の文化 を扱う一方で,その後の「E 中国の影響」で遣隋使・遣唐使といった古代の出来事を扱っ ていることからも分かる,この大項目では時代を追った政治的時代区分に従った学習にこ だわっておらず,生徒に培う「主な認識」や「アクティビティの例」からは一貫して,日 本文化の成立とその特徴についての学習が意図されている。

2.大項目「Ⅶ日本の変化のダイナミズム」の展開

表3-3-Ⅱ 109)を見ると,「Ⅶ日本の変化のダイナミズム」の展開は,先ず中項目「A ペリー提督の遠征」から始まる。次に「B 明治維新」で日本が帝国主義列強の進出にどの ように対応し,どのように国民国家を創っていったかを扱い,生徒は近代化や西欧化の意 味について考察する。「C 日本の工業立国への努力」「D第二次世界大戦前の日本の膨張」

「E 第二次世界大戦中の日本の膨張の範囲」「F 広島と長崎への原爆投下」では,日本が 天然資源に乏しいという地理的自然的条件を前提に,台湾・朝鮮,さらには「大東亜共栄 圏」を唱えてアジアに広く領土的拡大を進め,やがては合衆国との対立を深めて第二次世 界大戦となり,合衆国の原爆投下の後,日本が敗戦するという経緯を扱い,「日本の周辺 国への侵略は西洋列強の

19

世紀末から

20

世紀初頭にかけての帝国主義的行動をモデルに していた」という認識を培う。そして「G合衆国の日本占領」では,合衆国による日本占 領期の諸改革と日本の再建を通して,大日本帝国憲法と日本国憲法の比較や日本でのアメ リカの諸改革と日本の再建を扱い,大日本帝国憲法と日本国憲法の比較や日本でのアメリ カ的生活の普及などについて考えさせ,「合衆国の占領は日本文化の中にアメリカの思想 と行動様式の拡散を招いた」という認識を培うようになっている。

以上のことから,大項目「Ⅶ日本の変化のダイナミズム」では日本の近代史を扱い,地 理的自然的条件下で,日本が西洋化と近代化を目指した結果,アジア諸国への膨張政策を 採るようになったこと,そして,戦前・戦後を通じて,欧米,特に戦後は合衆国に対する 選択的文化借用が顕著なことを扱い,現代の日本文化が形成されていることが強調されて