1 AAA
報 告 書 に お け る 実 現 概 念 の 変 遷アメリカにおいて、一定規模以上の SEC登録会社に対して1976年から始まっ た物価変動情報の強制開示は、その後、 1979年の財務会計基準書 (SFAS)第33 号、 1984年の SFAS第82号を経て、 1986年に SFAS第89号によって任意開示に 移行した。その背景のーっとして、「フローのインフレ jの終息があったと考えら れるo すなわち、 1980年代に入ると、石油をはじめとする一次産品価格の下落、
累積債務の深刻化等によるディスインフレーション
( d i s i n f l a t i o n )
の傾向が現 れ、それ以後、特に商品市況は低迷し続けている。注目すべきは、にもかかわら ずその後、 FASBの基準や国際会計基準において市場性ある有価証券や短期投資 の時価評価が問題になったという点である。 1970年代から1980年代以降問題とき れている資産の時価評価の中心は、 AAAの1951年のサプリメンタリー・ステート メント第2号に始まり FASBのSFAS第33号の結合会計に至る、「フローのイン フレJ
による会計数値への影響を中心に修正しようとする系譜とは異なり、経済 のグローパル化の下でマネーゲーム化した国際マネー市場の登場を背景とした「新しい現実」の問題として捉えられねばならない。
1920‑30年代以降の産業経済という現実を基礎に確立きれた会計が、発生主義 会計である。したがって、発生主義会計は、一般に製造業の利益計算として説明 される。それは、投資という観点からみると、製造業への投資は実物経済で、の富 の創造につながる「健全な」投資であり、マネーゲームとしての投機とは一線を 画する世界である。しかし、アメリカでこときらその事が強調された背景には、
大規模な投機経済の破綻があった。そもそもアメリカの財務会計公開制度自体が、
1929年のニューヨーク市場の株式大暴落という投機経済の破綻の落とし子であっ た。アメリカの財務会計公開制度が投資者保護を掲げて生まれたように、今日の 新金融商品ないし金融派生商品の情報開示も、それ自体が規制という問題との関
わりで注目されているのである。
88 第II部 「第2次パライダム・チェンジ」としての資産・負債アプローチへの移行
市場経済の展開ないし高度化は、一方で、市場情報指向の生産という点で、消費 者のニーズに応えたか否かという「市場のテスト
J
としての実現概念の意味合い を増大せしめている。他方、マネー市場の質・量両面の拡大は、金融資産の保有 損益認識という問題をかつてなく重要なものとしている。金融資産、特に市場性 のある有価証券の評価基準をめぐっての近年の議論では、「原価評価・実現基準」対「時価評価・実現可能性基準」という整理に基づき、伝統的原価・実現アプロー チの堅持か、そこからの離脱かということが論点となる場合が多い。しかし、金 融資産の評価基準が問題とされるについては、営業資産向けに開発された伝統的 原価・実現アプローチないし「収益・費用アプローチjが適用できない金融資産 の重要性が過去になく高まったという事実の認識が重要で・ある。そうした認識を もとに、以下では、実現概念の変容について明らかにする。
実現概念を取り上げた重要なAAAによる公表物として、次の3つが挙げられ る。
(イ) 1957年版会社財務諸表会計報告基準 (AAA [1957J)。
(ロ) 1964年概念・基準調査研究委員会(実現概念)報告書 (AAA [1965J)。 付 1973年概念・基準委員会(外部報告)報告書 (AAA [1974J)。
1957年版の会計基準では、実現は次のように定義されている。
「実現の本質的な意味は、資産または負債における変動が、会計記録上での認 識計上を正当化するに足るだけの確定性と客観性とを備えるに至ったということ である。このような実現の認識は、独立の当事者聞の交換取引が行われたこと、
これまでに確立された取引上の実践慣行にかなっていること、あるいは、その履 行が実質的に確実視されるような契約諸条件を基礎として行われることになろう。
その認識は、銀行制度の安定性、商業上の契約の拘束力、あるいは、高度に組織 化された市場が資産の他の形態への転形を容易にしうる能力のいかんによって規 定される。J(中島訳 [1964J 194頁)。
認識を規定する要因として「高度に組織化された市場が資産の他の形態への転 形を容易にしうる能力」が挙げられている点に注目しなければならない。金融シ ステムの成熟度が会計上の認識・測定に影響を及ぽした例は、今に始まったわけ ではない。例えば、カールスパーグ=ノーク(B.Carsbergand C.Noke)は、現
金とその他資産との区別が見かけはど明確で、はないことを指摘する。すなわち、
「銀行預金」は、銀行制度の今日の安定性が達成きれる以前の時代には、今日の ように現金と同等とみなされなかっただろうとし、その意味で、おそらくより正 確には売掛債権とみなされただろうと述べている
( C a r s b e r ga n d Noke [ 1 9 8 9 J p . 2 6 )
。つまり、銀行制度というシステムの成立及びその普及が、銀行預金の性格 を「売誰ト債権」から「現金」へと変化させたことになる。一方の端が硬貨から始 まり、銀行預金及び様々な長期の有価証券を経て、もう一方の非流動資産に達す るスベクトル内の区分に付される個々の名称が勘定科目ということになるが、そ の線引きは、一意的に決まるのではなく、銀行制度や証券市場といった社会経済 システムのいわば成熟度によっても規定されるのである。1 9 6 4
年委員会は、収益取引の実現決定の際に重要と考えられてきた要因として 次の3
つを挙げている(AAA[ 1 9 6 5 J p . 3 1 4 )
。(i) 受領資産の性質、 (ii)市場取引の存在、制サービス遂行の程度
このうち、 (ii)の要件について、委員の一人であるビーアマン
( H . B i e r m a n n
,Jr.) は、企業が所有資産を市場価格で売却することが100%
近〈可能でbある場合、保有 利得は実際に市場取引に関わらずとも実現したとみなしうるという見解を示した とされる(AAA[ 1 9 6 5 J p . 3 1 5 )
。しかし、委員会の多数意見としての勧告は以下 のようなものであった。「資産価値の『未実現』の変動は純利益の算定に含めず、損益計算書の純利益 額の次に示されるべきであり、貸借対照表では未実現の価額変動の累積額は留保 利益の部の独立項目として示きれるであろう。
J(AAA [ 1 9 6 5 J p . 3 1 2 )
。1 9 7 3
年委員会は、実現の本質的意味に関して伝統的会計に相当の混乱があると し、利益概念と利益測定との聞の区別が有用であり、さらに実現概念は不確実性 の分析と報告の手段として理解されるべきだとする(AAA[ 1 9 7 4 J p . 2 0 4 )
。そし て、委員会は、実現概念が利益測定のフ。ロセスの不可欠な一部であるという1 9 6 4
年委員会の見解に同意し、更にそれが
ASOBAT
の検証可能性と不偏性の基準の 内容と撲をーにすることを指摘している(AAA[ 1 9 7 4 J p p . 2 0 6 ‑ 2 0 7 )
。委員会は、利益が実現しているか否かという二者択一アフ。ローチと、不確実性 の度合いの報告に関わる多元的アプローチとについて検討を加えている。二者択
90 第II部 「第2次パライダム・チェンジjとしての資産・負債アプローチへの移行
ーアプローチは、実現を単一時点に生じるものとして扱う。けれども、そこで扱 おうとする不確実性は、現実の世界では一つの連続体として存在する。そこで委 員会は、不確実性の分析は、販売ないしは決定的事象といった単に1つの変数の 適用ではなく、多くの事象および変数の結合された影響の査定の試みを必要とす ると考え、二重の不確実性レベルの導入という多元的アフ。ローチを示す。すなわ ち、不確実性の高い潜在的利益効果を認識するが、不確実性のレベルが下がるま で実現を延期するというアプローチである。これは、認識と実現とを区別し、認 識時点での不確実性許容の範囲を広げることによって、早い段階で情報を提供し、
実現にはより厳しいテストを課すことを意味する。このアプローチをさらに突き 詰めた一つの例示として、不確実性の影響を直接組み入れた、全面的確率計算書
(full‑scale probabi1istic statements)が 紹 介 き れ て い る (AAA [1974] pp. 219‑222)。
1973年委員会報告書は、その萌芽が既に1964年委員会報告書にあったとはいえ、
実現の問題を会計測定問題として明示的に扱っている点に特徴がある。それは ASOBAT以後の報告書として当然のこととも言えるが、その背景には、ビジネ ス事象及び取引が、その性質上、複雑さを増し、多元化してきており、実際の事 業活動に現れる様々なタイプの詳細を思い描くことが困難であるという事情が存 在する (AAA[1974] p.214) 0 そうした状況に対応するについて、「判断」の重要 性が強調される。すなわち、ビジネス世界の複雑きの増大及びそれに付随する事 象によって、莫大な現実世界の環境に特定のルールを適用できなくなるが故に、
健 全 な 判 断 を 行 使 す る 能 力 が 重 要 性 を 増 す と い う の で あ る (AAA [1974] p. 215)。
「ビジネス世界の複雑さの増大」という現実が、例えば、アメリカにおける実 現に関する論考の減少にも影響を及ぼしていると考えられる。 1973年委員会報告 書でも土地開発業やフランチャイズ業の事例が、実現との関わりで取り上げられ ているが、そうした個々の業種の新たな現実を拾って実現概念を検証・拡大する 作業がとても学術的な研究の範囲では手に負えなくなったことは、容易に想像し うる。そこで、以下では、現代という時代の文脈における実現概念の意味につい て考察を進めたい。