第 2 編
3 識別義務
こ こ で い う 識 別 義 務 と は 、 金 融 機 関 は 融 資 な ど を 行 う に 当 た り 、 善 良 な 専 門 家 (bon
professionnel)として、借主の財政状態に問題がないことを調査しなければならない義務を
いう363。したがって、識別義務は助言義務とともに、警戒義務の内容を構成することにな
355 欧州人権条約8条:「すべての者は、その私生活、家族生活、住居及び通信の尊重を受ける 権利を有する(第 1 項)。この権利の行使に対しては、法律に基づき、かつ、国の安全、公共 の安全もしくは国の経済的福利のため、無秩序もしくは犯罪の防止のため、健康もしくは道徳 の保護のため、または他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会において必要なもの以外 のいかなる公の機関による干渉もあってはならない(第 2項)」。訳出は奥脇直也編『国際条約 集 2009』332頁(有斐閣、2009年)に依拠した。
356 Boucard, supra note 339, nos 131 - 141, pp. 140 - 148.
357 Gavalda et Stoufflet, supra note 345, no 266, p. 144.
358 Boucard, supra note 339, nos 148-151, pp. 153-157 ; François Boucard, Le devoir de mise en garde du banquier à l’égarde de l’emprunteur et sa caution : présentation didactique, RD bancaire et fin., septembre-octobre, 2007, no 25, p. 27
359 例えば、マネー・ロンダリングを始めとした、 違法な金融取引の防止のために、契約前の 顧 客 の 身 元 の 調 査 や 、 口 座 の 資 金 の 流 れ を 監 視 す る こ と な ど を 義 務 付 け る 、 通 貨 ・ 金 融 法典
L.561-1 条以下の規定がこれに当たる。
360 Gavalda et Stoufflet, supra note 345, no 267, p. 145.
361 Boucard, supra note 358, no 25, p. 27.
362 Terré et Simler, supra note 288, no 062-14, p. 721 ; Gavalda et Stoufflet, supra note 345, no 266, pp.
144 - 145.
363 Buthurieux, supra note 303, nos 173 - 185, pp. 76 - 81 ; Bouchery, supra note 314, p. 56.
89 る364。
第3款 まとめ
以上みたように、金融機関は融資取引の際に、様々な義務を課されているのであるが、
その内容を概観し、定義を確認したところで、それぞれの義務同士の境界線や関係はなお 不明確な点が多い365。このような中で、破毀院は「玄人」と「素人」という当事者の区別 をもとに、「警告義務」を中心とした規律を次第に生成して行くことになる。そこで、以下 では、破毀院による融資取引に関する規律の生成を検討し、これをもとに、とりわけ警告 義務の内容を中心に、それぞれの義務の関係性を考察する。なお、近時、 金融機関の融資 上の責任を制限する旨の規律を有する、商法典 L.650-1 条366が制定されたが、この点につ いては、保証人の責任追及方法との関係 IVにおいて検討する。
第3節 判例の変遷:当事者の性質決定と警告義務による規律への統合 第1款 破毀院第1民事部 2005年7月12 日判決以前
破毀院による、「玄人」と「素人」という用語による当事者の区別と「警告義務」を中心 とした金融機関の融資取引に関する規律は、破毀院第 1民事部が2005年 7月 12日に下し た複数の判決以降に明確となって行く。そこに至るまでには、第 1民事部と商事部による 責任の認定方法をめぐる対立があった。ここでは、まず、その両者の基本的な態度を確認 する。
【①破棄院第 1民事部 1994年6月8日判決367】
(「過剰または不適合な融資」+「借主自身が責任を追及」した事案)
農業を営むYは、トラクターの購入等に充てるために、6年間の均等払いで94,000 フラ ンの融資を X銀行から受けた。その後、Yからの返済がなされたなったため、X は融資対 象であるトラクターを競売にかけて融資額の一部を回収するとともに、残額について Y に
364 Gavalda et Stoufflet, supra note 345, no 270, p. 146.
365 例えば、情報提供義務、警告義務、助言義務自 体の区別も絶対的なもの ではないという点 について、後藤・前掲注(1)「法理論」12 - 13頁を参照。
366 商法典 L.650-1条「保護手続、裁判上の更生または裁判上の清算が開始された場合、債権者
は、合意された融資を行ったことによる損害賠償の責任を負わない。ただし、詐害行為(fraude) を犯した場合、債務者の経営についての干渉した場合、または、その融資契約の相手方におい て設定された担保が当該融資と不均衡である場合は、この限りではない(第 1 項)。債権者の 責任が認められる場合、融資の相手方において設定された担保は裁判所により取消すかまたは 削減することができる(第 2項)」。
367 Cass 1re civ., 8 juin 1994, Bull. civ. I, no 206. 本判決を助言義務の観点から考察しているもの として、後藤・前掲注(1)「法理論」105-106 頁を参照(なお、判決の訳文についても同書を 参考としている)。
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対し支払うように求めた。当該融資について X 銀行のフォートを認定し X 銀行の Y に対 する金銭債権を16,000フランまで減額したボルドー控訴院1992年3月12日判決に対して、
X 銀行が破棄申立を行った。破棄院は、「……X 銀行は Y に対して融資契約の締結を誘引 し、その負担は小規模経営の農業が..............
Y.
に対してもたらす........
収入を超える......
ものであったこと........
、 X.
銀行..
が.
、. Y.
の(取引).....
銀行から入手したと主張する情報...............
は、Y の会計報告(compte)に 記載されている取引量の少なさからして、Y.
の(経済)状態を著しく不安定にし................
、かつ..
、 Y.
が債務不履行に陥る危険性を裏付ける性質を有して.......................
いたこと....
(Y の唯一の資産を支払能 力として考慮することは、Y を破滅に追いやることを意味していた)、エンジンが通常の使 用に適さない場合には 30,758フランで買戻すということを、その売主が承諾しないであろ うトラクター1 台を既に保有していたのであるから、新しいトラクターの取得はより時宜................
を得たものではなかった...........
こと……」(傍点および括弧内は筆者)を理由として、「……X 銀 行の行動には非難されるべき軽率さ(légèreté blâmable)があり、このフォートは、融資の 弁済がなされないことから生じる X銀行の損害に寄与した……」とする控訴院の判断を支 持した。
【②破毀院第 1民事部 1995年6月27日判決368】
(「過剰または不適合な融資」+「借主自身が責任を追及」した事案)
X 夫妻は取得した土地上に家を建築する契約を Y1社と締結し、その建築のために Y2銀 行、Y3銀行および Y4銀行との間で、合計 465,000フランの融資契約を締結した。その後、
X 夫妻は本件建築契約および融資契約は無効である旨主張したという事案において、 破毀 院は、「……1979 年 7 月 13 日の法律第 5 条の要求に従った申込の提示は、特に、融資の負....
担が消費者の資産の少なさと比較して過剰であることが金融機関に分かる場合には、金融........................................
機関の借主に対する助言義務を免除するものではない........................
……Y1 社により作成された融資計 画により提案され、かつ、各金融機関も知っていた負債の額....
(taux)は.
、わずかな収入し かなかったX.
夫妻には耐えられるものではなかった.................
……各金融機関は本件融資の結果生じ...............
る負債の大きさ.......
(importance)について....
X.
夫妻に警告した.......
(avoir mis en garde)ことを立証.....
も主張もしていない.........
……したがって、各金融機関は助言義務を怠り.............
X 夫妻に対して責任を 負う……」(傍点は筆者)として 150,000 フランの賠償金を認めたリオン控訴院 1992 年 6 月 11判決を支持した。
【③破棄院商事部 1999 年5月11 日判決369】
(「融資の不当な支援」+「借主および保証人が責任を追及」した事案)
莫大な赤字を抱え、経営困難な状態にある A社(個人会社)の赤字の一部の補てん等の ために、Y 銀行がその経営者たる X1へ融資を行い、その妻である X2がその弁済の保証人 となった後、Y 銀行がその返済を求めてきたところ、X らが、A 社の返済能力に比べて過
368 Cass. 1re civ., 27 juin 1995, Bull. civ. I, no 287.本判決の評釈として、後藤・前掲注(1)「法理 論」106頁を参照(なお、判決の訳文についても同書を参考としている)。
369 Cass. com., 11 mai 1999, Bull. civ. IV, no 95.
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剰な融資を行った Y 銀行の民事責任を債務不履行(仏民 1147 条370)を根拠として追及し たという事案において、破毀院は、Y 銀行の責任を認めるにあたり「……A 社が再建不能 なほどに危険な状態にあることを銀行が知っており、かつ、例外的な状況として.........
、X1がそ の事実を知らなかったということについて検討していない……」(傍点は筆者)として、Y 銀行の責任を肯定したヴェルサイユ控訴院 1996年4月 5日判決を破毀した。
【④破棄院商事部 2001 年2月6日判決371】
(「融資の不当な支援」+「保証人が責任を追及」した事案)
Y 銀行が A 社に対し て行った 670,000 フ ラ ンの融資につ いて、A 社の取締役会 会長
(président du coseil d’administration)たるX が保証人となったが、A社が裁判上の清算372
(liquidation judiciaire)に付されたため、Y銀行が X に対して保証債務の履行を求めたと
ころ、X は、Y 銀行の行った融資についてフォートがあったとし、仏民1147条を根拠とし てその責任を追及した。
本件においてボルドー控訴院1996年12 月12日判決は、X に対して法定利息を含む総額
約 770,020 フランの支払を命じた。これに対して、X は「……融資の専門家たる銀行は、
企業を意図的に存続させ、その支払不能状態を悪化させた場合には ……フォートを犯した ことになる……その企業は更生の現実的な可能性を示していないにもかかわらず、 企業の...
存続という点から融資が時宜を得ていることおよび有効であることを調査することなく融........................................
資に合意した銀行........
にはフォートがある(これらの点について検討することなく銀行の責任 を否定した原審の判断は法的根拠を欠く);融資の専門家たる銀行は、会社の経営者たる保 証人に対して助言義務を負っている……融資が時宜を得ていることは、その専門家である 銀行に対して、単に商売関係の専門家に過ぎない会社の経営者が必ずしも保有していない 技術的な金融上の知識を前提としている……会社の経営者が、金融に関して、銀行と同じ....................
く特別な知識を有しているかどうかを検討することもなく会社の経営者たる保証人は銀行........................................
のフォートを援用することができない.................
とした原審の判断は法的根拠を欠く……」(括弧内、
傍点は筆者)などとして、破毀申立を行った。
これに対して、破毀院は、これらについて検討はせずに「……証明責任を転換すること なく、X は融資契約および保証契約に署名がなされたとき……主たる債務者(.......
A.
社)が再....
建不能なほどに危険な状態にあることを..................
Y.
銀行が知っていたことを証明しておらず、また、......................
X. は.
A.
社の経営者であった.........
……」(括弧内、傍点は筆者)として Y 銀行の責任を認めなか った控訴院の判断を支持した。
370 仏民 1147 条:「債務者は、必要がある場合には、その者の側になんら悪意が存しない場合 であっても、不履行がその者の責めに帰すこ とができない外在的事由(cause étrangère)から生 じたことを証明しないときはすべて、あるいは債務者の不履行を理由として、あるいは履行の 遅滞を理由として損害賠償の支払いを命じられる」。
371 Cass. com., 6 fév. 2001, Bull. civ. IV, no 29.
372 要するに、我が国で言うところの倒産手続の一 種である。裁判上の清算については、その 訳語も含めて、 中村ほか・前掲注〔37〕260-261頁(Liquidation judiciaire)を参照。