第 3 編
1 導入の経緯
フランスの保証制度における比例原則の規律は、もともと、立法によってもたらされた ものであった。すなわち、「個人および家族の過剰債務に係る困難の予防および解消に関す る 1989年12月 31日の法律第1010号」により、「一定の信用供与取引の領域における消費 者の情報および保護に関する 1978 年 1月 10日の法律第22 号」(以下、「1978 年法」とい う)に7-4条を追加し、かつ、「不動産の領域における借主の情報および保護に関する 1979 年 7月 13日の法律第596号」(以下、「1979年法」という)に9-4条を追加するという形 で導入された。名称を見ても分かる通り、1978 年法はフランスにおける消費者信用規制に 係る法律であり、1979 年法は、1978年法では規制の対象とはなっていなかった不動産信用 規制に係る法律である。両者はともに 1993年に「消費法典(Code de la consommation)」に 統合されることとなり、比例原則に係る条文である 1978年法第7-4条および、1979 年法 第 9-4条もこれに合わせて、消費法典L.313-10 条に統合された(第1編参照)。すなわち、
当時の L.313-10条は「金融機関は、自然人によってなされた本章第 1節および第2節の範
囲に属する信用供与取引に関する保証契約の締結時に、保証債務 が保証人の資産および収 入と明らかに不均衡であった場合は、当該保証契約を主張することができない。ただし、
保証人が請求を受けた時点で、保証人の資産が自己の保証債務の履行を可能とするもので ある場合は除く」と規定していた。その後、同条は、「経済の現代化に関する 2008 年8月 4 日の法律第776 号」第81 条第 5項第 1号、および、「支払サービスの供給を規制する条 件および支払機関の創設に係る条件に関する 2009年7月15 日のオルドナンス第866号」
第 16条第4号によって、「金融機関」の定義についての修正を受けているが、規律 の内容自 体に変更はないまま今日まで存在している554。
554 具体的には、従前「金融機関(un établissement de crédit)」と表記されていた部分が 、まず、
2008年8 月4日の法律によって「金融機関、または、通貨・金融法典 L.511-6条第5 号所定の
組織(un organisme)」へ修正され、次に、2009年 7月15日のオルドナンスによって、「金融機
134 2 適用範囲
同条を見る上で重要なことはその適用範囲である。すなわち、同条が適用される保証契 約は、「金融機関」と「自然人」との間で締結された、「本章第 1節および第2節の範囲に 属する信用取引に関する保証契約」である。ここでいう、「本章第 1節」とは1978 年法の 規律対象であった消費法典第 3編第 1章第1節「消費者信用」を指し、「本章第2節」とは、
1979 年法の規律対象であった同2節「不動産信用」を指す。まとめれば、本条の適用対象 は、「金融機関と自然人たる保証人との間で締結された消費者信用および不動産信用に関す る保証契約」に限定して適用される構造となっていたということである。
第2款 比例原則の民事責任領域への拡張
1 前提
先に述べたように、フランス法の特徴的な現象の 1つに、保証人が金融機関の民事責任 を損害賠償の請求という形で追及することが多分に認められているということがある。そ の責任発生の根拠の大きな柱となっているのが警告義務を中心とした規律であることは先 に指摘した通りであるところ、同じく根拠の 1つとして比例原則を用いることが破毀院に よって認められるようになる。
2 マクロン判決の登場
リーディングケースとなったのが、いわゆる「マクロン(Macron)判決(破毀院商事部 1997 年6月17日判決555)」と呼ばれるものである。同判決を本稿の目的との関係でまとめ れば次の通りである。すなわち、会社の経営者たる Y(マクロン氏)が、自身の経営する A 社のX 銀行に対する債務について、20,000,000フランとこれに対する金利、手数料その 他を含んだ金額を限度とした手形保証をした後、A 社が裁判上の更生手続(redressement
judiciaire:要するに倒産手続)に付されたため、X銀行が保証人たるY に保証債務の履行
を求めたところ、「……控訴院は、Yが、月収37,550 フラン、および、4,000,000フランを 下回る資産と “明らかに不均衡(manifestement disproportionné)”である20,000,000 フラン の手形保証を締結したことを考慮の上、Y が自身の合意を無効に帰すこととなる錯誤を犯 していたわけではないとしつつ、“自然人によって担保された額の大きさ”を理由として、
銀行側の信義則(bonne foi)とは相容れない状況下においては、銀行は手形保証人の資産 および収入とは“無関係”の、かかる手形保証を要求したことにつきフォートを犯したと 評価しえた……」と判断し、15,000,000フランの損害賠償を認めた原判決(パリ控訴院 1995 関、支払機関(un établissement de paiement)、または、通貨・金融法典 L.511-6条第5 号所定の 組織」というように修正された。フランスにおける金融機関の定義は一つの重要な研究テーマ であるため、稿を改めて検討することとし 、本稿では、便宜上、まとめて「金融機関」と表記 する。
555 Cass. com., 17 juin 1997, Bull. civ. IV, no 188.
135 年 2月 8日判決)を支持したというものである。
本件における保証契約は、「金融機関」と経営者たる「自然人」との間で締結されてい るという点では L.313-10条の適用範囲に含まれるものではあるものの、「会社の債務の(手 形)保証」という点では、「消費者信用および不動産信用に関する保証契約」を規律の対象 とする同条の適用範囲からは外れるものである。それにもかかわらず、本判決は、「明らか に不均衡」という L.313‐10 条と同様の文言を用いて金融機関の損害賠償責任を認めてい ることから、同条の適用範囲が拡張されたようにも見える。しかし、本判決が認めたのは
「保証契約の主張ができない」という同条のサンクションではなく、単なる損害賠償であ り、同条が拡張されて適用されたわけではない。すなわち、先に述べたような、保証人に よる金融機関(債権者)に対する損害賠償の請求という一般法上の民事責任の領域に、比 例原則の要素が取り込まれたと評価する方が適切といえる556。
3 2つの比例原則
評価は様々であるにせよ、マクロン判決の登場は、比例原則を 2つの領域に跨る規律へ と変えた。すなわち、L.313-10条が規律する条文上の比例原則と、損害賠償請求の根拠と して用いられる比例原則(以下、便宜上、「一般法上の比例原則」という)である。本稿の 目的に合わせて両者の違いを指摘すれば、概ね以下の通りとなる557。なお、この違いは適 用範囲を除いて、後に述べる L.341-4 条と一般法上の比例原則との関係にも当てはまるも のである。
(i)適用範囲
L.313-10条の適用範囲が、「金融機関と自然人たる保証人との間で締結された消費者信用
および不動産信用に関する保証契約」に限定されているのに対して、一般法上の比例原則 は、まさに一般法を根拠とするため、原則としてその適用範囲に限りはない558。
(ii)効果
L.313-10 条の効果は「金融機関は保証契約の主張ができない559」とされるのに対して、
一般法上の比例原則は損害賠償である。より具体的に言えば、前者が保証債務の全部免責 を認めるのに対して、後者は、保証人が保証を引き受けることができる財産を超える範囲 を損害としてその賠償が認められ560、これと保証債務とが相殺されることにより、事実上 の一部または全部の免責が生じるということになる。
(iii)不均衡の評価時
L.313-10条にいう不均衡は、「保証契約の締結時」と「保証債務の履行時」の 2つの時点
556 第1編第 2章第 3節第4 款参照。
557 両者の関係が一覧できるものとして、 能登・前掲注(86)382頁がある。
558 法人保証との関係につき前掲注(254)参照。
559 これが意味するところは、「失権(déchéance)」であるとされることにつき、第 1編第 1 章 第 4款参照。
560 Cass. 1re. civ., 20 déc. 2007, Bull.civ. I, no 393
136
で評価され、両時点で不均衡の評価を得る必要がある。換言すれば、「保証契約の締結時」
に明らかな不均衡があっても「保証債務の履行時」に弁済能力があれば保証契約は有効な ものとして扱われ、また、そもそも「保証契約の締結時」に不均衡が無ければ、同条の問 題とはならない。他方、一般法上の比例原則については、保証契約の締結時の不 均衡のみ が評価の対象となり、履行時についての評価は問題とはならない561。
(iv)評価の方法
L.313-10条にいう不均衡は「保証債務の総額」と「保証人の資産および収入」とが数値
のみで客観的に評価され、当事者の主観的事情は考慮されない。これに対して、一般法上 の比例原則は、一般法を根拠として責任の有無を判断する以上、数値に加え、当事者の性 質や主観的事情なども考慮されうる。
4 ナウーム判決の登場
評価の方法や効果に差こそあれ、一般法上の比例原則が認められることは、L.313-10 条 が規律する比例原則の本来の適用範囲の制限を、事実上、開放することを意味する。フラ ンス法における、従来の保証人の保護に関する各種規律は、L.313-10条も含めて、主たる 債務や当事者の性質などに応じて、望ましい保護を与えるという特徴を持っていることは 第 1編で確認した通りである。この点からすれば、マクロン判決は、このような規定の棲 み分けを破壊するものであり、保証契約の弱体化を招く懸念があった562。このような中で 登場したのが、いわゆる「ナウーム(Nahoum)判決(破毀院商事部 2002年10 月8日判決
563)」と呼ばれるものである。同判決を本稿の目的との関係でまとめれば次の通りである。
Y1(David Nahoum)とその息子Y2(Marc Nahoum)(以下、「Yら」という)は、他の株 主と共同で A 不動産会社を設立し、A社は不動産の取得のために X 銀行から融資を受け、
その返済について、Y らが23,500,000 フランを限度として連帯保証契約を締結した。A 社 が裁判上の清算(liquidation judiciaire:要するに、倒産手続)に付されたため、X銀行は Y らに当該連帯保証契約の履行を求めたところ、Yらは当該連帯保証契約がY らの資産状況 などを考慮せずに締結されたことなどを理由として、X 銀行の民事責任を追及した。本件 において破毀院は、「……Yらが、Y らの収入、資産および当該不動産会社の取引が順調な 状態において合理的に予測しうる支払能力について、Y ら自身が知らなかったであろう情 報を、銀行が保有していたことを主張も立証もしていない……」と判示し、X 銀行の責任 を認めなかった原判決(パリ控訴院 1999年6月18 日判決)を支持した。
本判決で問題となっている保証契約も、「会社が銀行から受けた融資の返済についてその 経営者が締結した保証契約」であるため、L.313-10条の適用範囲からは外れているものの、
事案の内容はマクロン判決と類似している。それにもかかわらず、本判決で破毀院は、保
561 Legeais, supra note 87, no 172, p. 133.
562 Legeais, supra note 87, no 172, p. 133.
563 Cass. com., 8 oct. 2002, Bull. civ. IV, no 136.